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男という性の吐きそうなほどの気持ち悪さ~映画『茜色に焼かれる』感想

ユーロスペースで、『茜色に焼かれる』を観る。想像以上にヘビーな映画だった。登場する男がどいつもこいつもクソで、男という性の気持ち悪さに吐きそうになる。弱い立場の女性が、男たちに、社会に搾取され続ける。強者は無自覚に弱者を蹂躙する。映画は、歪みまくった社会の構図を残酷なまでに示している。

尾野真千子演じる主人公・良子は、夫に事故で死なれ、中学生の息子を育てるシングルマザー。夫を事故に遭わせたのは元官僚の老人で、アルツハイマーだったという理由で謝罪もしてもらえなかった。それにこだわり、本来受け取るべきだった賠償金も受け取らないでしまう。コロナの影響で経営していたカフェが潰れ、経済的に追い詰められた良子は風俗の仕事に身を堕とす。

その風俗の仕事というのが、どうやらピンサロみたいなところなのだが、なぜか客も風俗嬢も裸になっている。個室でもないのに全員裸っておかしくない?ピンサロだったら服を着ているし、服を脱ぐなら個室サービスのヘルスとかになるのでは?つまりこれって公然わいせつ罪にあたる。しかもこの店、時給がめちゃくちゃ安い。時給3200円ぽっちなのだ。それってキャバクラの時給でしょ?なぜ性的サービスをしているのにそれしかもらえないの?つまりこの店、そういう知識のない女性を働かせて、搾取している悪質な店なのだ。

貧困状態にある人って、良子のように、自分のやっている仕事の適正価格を知らなくて、いいように使われ、安く買い叩かれている場合が多いと思う。もちろん知っていてもほかに仕事がなくどうすることもできないという場合もあるだろう。本来生活保護を受けるべきなのにそういう制度を知らなくて申請していない、という人も多い。そういう知識がないということは、弱者となってしまうということなのだ。なぜ知識がないかというと、つながりがないからだ。孤立しているから、自分のケースが一般的にどうなのか、どうするべきなのかを知ることができない。

また、良子は、夫の父親の介護施設の費用だとか、さらには夫がほかの女性に産ませた子供の養育費まで払っている。本来払う義務のないお金を毎月払い続け、受け取るべき賠償金を受け取っていない。そして、風俗店の客や店長、夫を事故に遭わせた相手の弁護士、バイト先の花屋の上司、さらには夫のバンド仲間から、一方的にひどい扱いを受ける。なのになにも文句を言わずに我慢して笑っている。文句を言わないと、人は、「こいつはこういう扱いをしてもいいんだ」と思ってしまい、どんどん扱いがぞんざいになる。だから違和感を抱いたら口にしないといけないのだ。

私は観ていて悔しかった。なぜ彼女がこんな目に遭わないといけないんだ。男たちのひどさに吐き気を覚えた。夫のバンド仲間のおっさんが、良子に「ずっと好きだったんだ」とか言って触ってくるシーン、「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!」と叫びそうだった。性的対象に見られて気軽に口説かれる、というのは、つまり「舐められている」ということなのだ。夫のバンド仲間には、良子は「お金に苦労している年のいった気の毒なシングルマザー」であり、ちょっと甘い言葉を囁けば簡単にやれる女、と思われている。良子に近づいてくる中学の同級生もそう。良子は本気になりかけたのに、相手は遊びで、ただやりたいだけだった。ああもうほんとに気持ち悪いんだよ!!男は!!性欲とか向けてくんな!!!

男という性の気持ち悪さは、自分が男であるゆえに無意識に女性を下に見ているということにある。つまり、差別される立場である女性のことがわからない。自分の性欲を女性に向けること、女性に自分のセックスの相手をさせることを当たり前だと思っている。知っていますか?ほとんどの女性は、セックスの最中、早く終わってほしい、早く相手にいってほしい、とだけ思っているのです。

この映画の救いは、良子と風俗店の同僚であるケイとのやりとりだ。良子はケイに本音をぶちまけることで、気持ちがラクになる。ケイもまたまだ25歳と若いのに病気だとか性虐待とかDVとか様々な問題を抱えている。この二人の心の交流は、とても良いシーンだった。たとえ解決できないとしても、誰かに心の内を話すことができるだけで、全然変わるのだ。

また、良子の息子の純平もまだ13歳ながらまっすぐに正義感を持って生きている。この息子の存在を希望として映画は描いている。

終盤、さらにいろいろひどいことが起こるが、良子は最後に振り切って、自ら「芝居」をやってみせる。芝居のシーンは笑える部分もある。

生きていく意味なんて、誰も知らない。意味なんてないかもしれない。それでも人は生きていかないといけない。辛い目に遭いながら、苦しい思いをしながら、それでも楽しいことがときどきあるから、自分から死んだら絶対にダメだ。良子は純平のためにも死ぬわけにはいかない。

いつまでも夜のこない茜色の空は、美しさよりも不安定さを感じる。いずれは夜がくるという不穏な色でもある。最後まで晴れ晴れとした気分にはなれなかった。

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