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池田敏春「夜に頬寄せ-過去を抱いた女-」

池田敏春「夜に頬寄せ-過去を抱いた女-」 原作・脚本は石井隆。 音楽は本多俊之。

1986年に制作され、1988年にテレビ初回放送された、フジテレビとディレクターズカンパニーの共同制作ドラマで、土屋名美をあの清純派美人女優の紺野美沙子が演じ、彼女にまつわる殺人事件の謎を探る探偵を永島敏行が演じた、石井隆脚本や池田敏春演出では珍しくハッピーエンドで締める、サスペンスとラブストーリーが交差する秀作。

80年代、フジテレビは「面白くなければテレビじゃない」をキャッチフレーズに、ニュース番組などを読むのが本来の仕事なはずのアナウンサーをバラドルのように起用、当時のバブル景気に浮かれる世相をモロに反映した「軽チャー」路線と揶揄された、あのフジテレビである。

それがなぜ、本格的な男女の悲しい別れをスタイリッシュに描く石井隆の世界、情念に満ちたおどろおどろしい演出も日活アクションの系譜も天下一品の池田敏春の演出に目をつけたのか、単なるど素人である私にはさっぱり分からないが、ディレクターズカンパニーは資金的にかなり厳しかったのかな?と率直に思う。

本作が石井隆っぽくないし、池田敏春っぽくない最大の要因。それはハッピーエンドで終わる。いや、本来ならこれでスッキリ爽快のはずなのだが、何か物足りない。サスペンスが「これ本当に、石井隆が一人で書いたの?」と思う位に複雑に入り組んでいて、謎解きとしてはいいけど、映画としての滋味を削いでいる。

そもそも、テレビドラマとして作ったものだし、主演に紺野美沙子を起用したのは、フジテレビの必殺「トレンディドラマ」路線を狙ったのかもしれないが、意外にも池田監督のねっとり暗い演出と彼女の個性がマッチしていて、見ごたえがある。永島敏行は藤田敏八や根岸吉太郎でおなじみ、湿りっけたっぷりの映画にジャストフィット。

ヒロインがモデルからデザイナーへ転身を夢見る夢子さんで、主人公も野球部で天狗になって挫折して今は探偵業。まあ、言ってみれば、すでに挫折済みの男が、これから挫折する寸前で危なっかしい女のことが放っておけなくなり、探偵として本分の仕事より女にのめりこんでしまう、という話。

最大のハイライトは、殺人鬼の大学理事長が、ヒロインの土屋名美を、貨車が止まった車両基地に追い詰める迫力満点の、往年の日活アクション映画を観ているようなド迫力。慌てて車を運転し現場へ急行する主人公のカースタントもカッコいい。明らかに曾根中生「女高生 天使のはらわた」のオマージュと思われる。

でも、天使のはらわたのような村木と名美の物語を期待してしまうと、何かが違うのだ。そもそも、永島敏行の配役を「村木哲郎」でなく「山尾哲郎」とした時点で、石井隆も池田敏春も「これは違うよ」というこだわりがあったと思う。でも、ハッピーエンドで終わる天使のはらわたも、スピンオフ企画としては、一興である。

物語は冒頭、顔が見えない女が手紙をしたためる場面から始まる。「京子が死にました。縄の跡や鞭で叩かれた跡が残って、あなたじゃないんですか?石川さん」石川さんとは、福岡学院大学の理事で、次期理事長候補と目される、42歳の生真面目な男であった。

石川は東京出張中に失踪した。福岡学院大学に石川理事宛で1通の手紙が届く。差出人は土屋名美(紺野美沙子)という女。内容は「私は京子とあなたの関係を全て知っています。あなたはホテトルをやっていた京子の馴染み客だった。彼女に変態プレイを教え込んだ。京子とあなたの変態プレイ中のポラロイド写真を、私は京子から預かっています。一千万、送ってください」というスキャンダラスな脅迫状。

理事長は興信所で働く山尾哲郎(永島敏行)に土屋名美捜しを依頼する。学校の名誉のため、警察に届けず、内々に事件を処理するためだ。山尾は東九フェリーに愛車を乗せ、門司港から東京へと旅立った。

土屋名美は、売れっ子デザイナーの設楽(山田康雄)について、チーフデザイナーをやっていた。でも、次期発表会に採用されたのはライバルのチーフ。打ち上げはあったが、部下の男は名美のことをバカにして去って行く。ここに「土屋名美さんが結婚するんですけど、知ってますか?」とフェイクの質問で聞き取り調査を始める山尾。

男の話では、土屋名美という女には全くデザイナーとしての才能がない。設楽に取り入ってポジションを確保しているが、俺はあんな才能のない女についていく気はねえ。そもそも、若い頃、あいつは単なるモデルの一人で「三バカトリオ」って言われてたんだ。

山尾は、名美のマンションに張り込みを始める。まず、郵便物を届けるふりをしてドアに盗聴器を仕掛ける。でも、名美はこれに気がつき、張り込み中の山尾に返しに来る。そして去り際「あなた、私の周囲の何を探っているの?」山尾は叫んだ「コールガール!」

名美は山尾を自分の部屋に入れた。「なぜ?私のことを調べるの?探偵さん」山尾は土屋名美が西川理事に当てた脅迫状を、見せた。名美は「この字、私じゃないから」でも、別の手紙を取り出し「ひょっとしたら」その筆跡は合致していた。かつてモデル仲間だった、浅野ひろみ(三原じゅん子)の筆跡と全く同じだったのだ。

すかさず山尾は「三バカトリオの一人?」名美は「あなた、探偵さんですもんねw」と笑いながら、過去を語り始める。彼女は生き馬の目を抜くような苛烈なファッションデザイナーの競争に、汚い手を使わず、生き残って来たつもりだった。でも、ひろみと京子は違った。枕営業を繰り返し、堕ちて行ったのだ。

名美は「その手紙、見せてよ!」読み始めると、顔色が変わる「京子、死んだの?」京子とは山崎京子(菊島里子)のこと。彼女も三バカトリオの一人だった。かつては仲良くデザイナーとしての成功を目指していた中で、名美だけが成功のチャンスを掴み、残る二人は脱落した。

名美は、山尾が何者なのか、良く分からなかった。でも、不器用な彼にイラつき「この田舎者のでくの坊さん。タコさん」お願いだから、この部屋から出てってよ。山尾は仕掛けた盗聴器で名美の部屋の様子を伺いながら張り込みを続ける。ここに「宅配便でーす」名美が一階に受け取りに降り、部屋に戻るためエレベーターに乗ると、マスクをした男が乗っていた。「6階、お願いします」でも、マスクの男はノンストップで名美と一緒に屋上に昇った。

マスクの男は刃物を手に持ち名美を脅す「浅野ひろみの居場所を言え!」揉み合いになる二人。名美が殺されてしまう!慌てて山尾がビルの屋上に駆け付けると、マスクの男は入れ替わるように立ち去っていた。名美と山尾は、ひろみの安否が心配になり、現住所を聞いて回り、横浜の黄金町にいると分かった。

大岡川商店街、元ちょんの間のスナックで、ひろみはママをしていた。ひろみには若いヒモ(本間優二)がいて、遊ぶ金欲しさに現金をひろみにせびると、2万円をもってそのまま出て行った。ひろみはデザイナーの夢を叶えるべく、仕事を紹介してもらっていたが、それはアダルトビデオだった。

ひろみは堕ちていく中で、赤坂の秘密クラブで売れっ子になり、そこで西川理事と知り合った。いや、正確には名前と顔を知っている程度だった。この秘密クラブでは、殺された京子も働いていた。西川理事は京子の客で、ひろみは可哀想な最期を迎えた京子のために、香典代を頂戴しようと、脅迫状を思いついたのだ。

ひろみは悪びれずに、名美に言う「これ、脅迫っていう罪になるんだよね。人の名前を騙るのは、何て言う罪だっけ?」ひろみは名美に「あんたに私たちの分まで夢を託してたの。でも私は京子ほど優しい女じゃない」山尾は名美の手を引っ張り「出よう」「勘定はいくら?」ひろみは「飲み物が5千円、修羅場を見せたのが1万円。借りた1万円は返さない。京子の香典代にするから」

山尾は福岡学院大学に電話し、名美の居場所が分かっただけでなく、本当に脅迫状を出したのはひろみという女で、彼女の居場所も分かったこと、全てを報告する。一方、名美はひろみの安否が心配だった。私のように襲われなければいいが・・・そして、悪い予感は当たった。ひろみは何者かに殺害された。名美には、ひろみの死体が回転すると、京子の死体のように見えるのだった。

名美は、京子だけでなくひろみも亡くなったことで、意を強くする。私だけは、何が何でも成功を掴んでやる!設楽に「私、何でもしますから」と電話した名美は、西麻布のクラブ「プチシャドー」で派手に開催される設楽の新作披露パーティーに出席、設楽との関係修復に挑戦する。

でも、設楽の回答は「土屋名美さんが、パリはクレイジーホースのストリップティーズを皆さんにご披露します」やんやの拍手と歓声の中、突然の屈辱に耐えながらステージに上がり、服の上下を脱ぎ捨て、下着姿になった名美。ここに、盗聴器で名美の居場所を把握していた山尾が飛び込む!

山尾は「お前、せっかくストリップが見られるのに邪魔すんな!」とチンピラ風の出席者に殴られ、喧嘩になる。元野球部の山尾は腕っぷしが強かったが、多勢に無勢で、ボコボコにされた。名美は、傷ついた山尾を家に上げ、手当てしながら、初めてお互いの本当の身の上を明かす。

山尾は高校球児だった。センターを守り、肩が強く「九州一の鉄砲肩」と言われ、プロからも注目される存在だったが、一番大事な3年の夏の福岡県大会決勝、9回の裏、2アウト2塁の場面で、浅いセンター前ヒットで本塁を狙う走者を刺そうとして、これまでの無理がたたった肩にピキッと激痛が走り、試合はサヨナラ負け。肩痛を隠して東京の大学に進学したが、2年で退学した。

名美は、設楽に身体を提供し、公私ともにアシスタントする格好で、デザイン事務所のチーフの座を射止めた。ひろみや京子と違っていたこと、それはオトすターゲットが的確だっただけ。ぶりっ子で清純派を気取る名美だったが、成功するための武器は、枕営業でしかなかった。

山尾は探偵として、西川理事をどうしても探し出さないといけない。そこで、名美と約束する。君は設楽のデザイン事務所で8時まで裁縫の仕事をする。俺は、夜の8時にその事務所を訪れ、ポラロイド写真を受け取る。それまで、絶対に部屋から出ちゃいけない。

名美は初めて、山尾に心を開く。「お願い、今日は一緒にいて。車の中で張り込むの、辛いでしょ。ソファで休めばいいわ」そして、別室で山尾が寝ていると、名美がフーと近づいてくる「ねえ、山尾さん。私を買って。1万円でいいの」ここにフラッシュバックする、名美が身体目当ての設楽にピタッと身体をくっつけ、仕事を依頼した過去。水槽越しに見える彼女の姿は、汚れた心であった。

山尾は、福岡学院大学に報告の電話を入れた。すると、秘書室長が電話に出て「理事長は東京に出張中です」これで、山尾には全てが分かった。名美の命が危ない!慌てて設楽のデザイン事務所に向かう山尾。でも、名美は裁縫の途中、部屋に入って来た猫が気にかかり、部屋を出てしまった。

窓の外に、あのマスクの男がいた。名美に止めを刺しに来たのだ。「あなた、誰なの?」男がマスクを取ると、その顔は果たして、理事長であった。必死で走って逃げる名美。電車の車両基地に、貨物車がいっぱい停まっている中を、必死で逃げる。しかし、理事長は名美を追い詰めると、首に手をかけ、絞め始めた。ああ、名美は絶体絶命!

ここにやっと、山尾が間に合った。彼は線路に敷いてある砂利を手に持つと、痛めたはずの肩もなんのその、全力で理事長に投げつけた。でも一投目は逸れ、貨物車に当たり、驚いた理事長は名美の首を絞める手を放し、逃げ出す。山尾は再び砂利を拾って二投目、今度は当たるのか?

慌てて逃げ出した理事長は、走って来るディーゼル機関車に轢かれ、即死した。車に戻った山尾と名美。山尾は「一緒に九州に来ないか?」「それってプロポーズ?」「いや、気分転換になると思って」「ダメ、私、まだ東京でやりたいことがあるの」山尾は最後に一言「君は才能があると思うよ!」

山尾は警察の最後の事情聴取を終え、公衆電話から名美に電話をかけてみた。留守番電話で「今、旅行に出ています。すぐに帰ってくるかもしれないし、しばらく帰ってこないかもしれません。名前だけ、名乗ってください。折り返し、お電話します」

山尾が名美の思い出を振り切るように、東九フェリーに車で乗船すると、背後に見覚えある人影が!慌てて車をバックさせると、立っている女性は、旅行カバンを手に持つ名美であった。名美は運転席の山尾に向かって叫ぶ「タコのお嫁さん!」

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