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わたしのおにいちゃんのはなし 3

第三話

「おじゃましまーす」


ある日、兄の友人たちが三人、家にやってきた。兄が友人を招くのは中学に上がった時以来だ。わたしは部屋にいたが、兄たちの低音の笑い声に惹かれて、そっとドアの隙間から覗いてみた。
女子はいないようだった。
例のフタバさんを期待したのだが、そうはうまくいかないらしい。

友人①はガタイがよく、バスケ部らしくちょい猫背。友人②は小柄・・・と言っても165cmくらいの短髪。そして友人③は・・・

わたしは兄の顔を見慣れていて、ちょっとやそっとのイケメンでは驚かない。
が、友人③は、どちらかというと中性的な兄とタイプの違う正統派イケメンだった。
いかにもスポーツをやっていそうな、しかし友人①ほどごつくない体と、口角が自然に上がった人懐こく清潔感のある笑顔。姿勢が良く、歯並びが良い。
要するに、めちゃめちゃ美青年だ。
兄と並ぶと、ジャ○ーズアイドルグループのよう。


友人たちはどやどやと兄の部屋に入っていった。そんなでかい男たちばかり、たいして広くない兄の部屋はぎゅうぎゅうづめだ。さぞ汗くさいだろうなと、関係ないのにわたしは自分の部屋の窓を開けた。
それとほぼ同時に、兄の部屋のサッシがからからと音を立てた。兄妹、考えることは同じ。

わたしは兄の部屋側の壁に背中をもたれかけ、ベッドに長座して宮ちゃんの貸してくれた二巻を手に取った。
断じて兄たちの会話を盗み聞きするつもりはない。ここが例の漫画を読むにはちょうどいいのだ。万が一母がいきなり部屋に入ってきても、布団の中に漫画を隠せるし、昼寝している体を装えるからだ。
宮ちゃん曰く、この漫画を読んでいることは誰にも知られるな、特に二巻は!と。
そんなにきわどいのだろうか、と思いつつ最初のページをめくった。


二巻は主人公たちがお互いの気持ちに気づいたところから始まる。一緒に登校するふたりは、気まずくて会話もままならない。うっかり手と手が触れて、同時に真っ赤になる。イケメンの方が、「ごめん、俺先にいくわ」と言い残して走って行ってしまう。
それから一週間、イケメンは美少年を避け続け、ある日の放課後とうとう美少年に詰め寄られる。
ちなみにイケメンの名前は透司(とうじ)、美少年の名前は悠希(ゆうき)だ。


(透司!ちょっと待てよ!)


(悠希・・・)


(避けるぐらいなら、はっきり言ってくれよ。お前が俺と居るのが嫌なら、一緒に朝学校行くのやめるから)


(・・・そんなんじゃないって)


(気持ち悪いんだろ・・・男同士なんて・・・)


(悠希!違う、俺は・・・)


(好きになってごめん)


(悠希!)


その場を立ち去ろうとした美少年悠希の腕を、イケメン透司はぎゅっと掴んだ。離せ、と言う悠希を透司は廊下の壁に追い詰める。
と、そこにちょうど良く面倒な先輩が数人通りかかり、透司は咄嗟にふざけている振りをする。透司はよくこの先輩たちにイジられるので、そうするしかなかったのだ。


(なんだお前ら、じゃれてんのか)


(こいつらつき合ってんじゃね?)


(おい、キスしろよキス)


先輩たちのヤジを無視出来ず、イケメン透司は心臓をバクバクさせながら、人に見られているのも構わず美少年悠希にキスをしてしまう。
とうとうやってきた「絡み」のシーン。そこに差し掛かった時、わたしがもたれ掛かっている壁の向こう側、兄の部屋の方から、ドン!と大きな音がした。


「わあぁっ」


あまりのタイミングの良さに、わたしは大きな声を上げてしまった。
兄たちに聞こえてしまったかと思って、漫画を放り投げて口を覆った。そっと耳をすましてみると、ぎゃはは、と笑う兄の友人たちの声が聞こえた。それはわたしの声に笑っているわけではないことはわかった。心臓が飛び出すかと思った。

壁一枚隔てて、兄の友人たちは楽しそうに笑っている。ゲーム音に混じって、野太い声で馬鹿じゃねえの、とか、冗談だって、だとか、聞こえてきた。大騒ぎしてくれていて良かった。
わたしは放り出してしまった漫画を取りにベッドを降りた。肌寒くなってきたので、ついでに窓を閉めようと思った。

閉める前に、何の気なしに窓から顔を出し、兄の部屋の方を見て、わたしは固まった。


兄の友人③が、窓枠に頬杖をついて外を見ていた。端正な横顔が憂いを帯びていて、イケメンは危険だと中学一年オタク女子のわたしですら感じた。
わたしの視線を感じたのか、ふと友人③はこちらに首を回した。ばっちり目が合って、わたしは息を吸い込んだまま動けなくなった。
兄の友人③はわたしが妹なのだと気づいたのか、にこっと笑った。わたしはひきつった顔のまま、会釈をするだけで精一杯だった。夕暮れ時のオレンジ色の背景と絶妙にマッチして、彼の整った横顔は、わたしを非日常に連れて行くには十分だった。
誤解のないように言っておきたいのだが、わたしは彼に恋をしたわけではない。
わたしは、ついさっきまで読んでいた「君僕」のイケメン透司が、紙から出てきてわたしに向かって笑いかけている、と思ってしまったのだ。

窓を閉めて、もういちど漫画を手に取った。
わたしは今までとは違う感覚にドキドキしながら、続きを読み始めた。


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