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[西洋の古い物語]「熱々のオートミールの鍋」

こんにちは。
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
今回は、争いごとをいかに平和裏に解決するか、わからずやの相手をいかに説得するか、についての知恵を教えてくれる物語です。
ご一緒にお読みくださいましたら幸いです。

お話の舞台はスイスのチューリッヒです。画像はスイス北部、ライン川の支流リマト川に臨むチューリッヒの景色です。チューリッヒは古くから商業で栄え、現在も金融、貿易、交通の要衝としてスイス最大の都市ですが、このお話の頃にはまだ小さな町だったようですね。


「熱々のオートミールの鍋」

 美しいスイスの地にはチューリッヒという名の小さな町があります。そこからさほど遠くないところに大都市ストラスブールがあります。チューリッヒの人々は長い間大都市ストラスブールに羨望の眼差しを向け、その一部になりたいものだと願っておりましたので、ついに彼らはストラスブールの高官たちにその旨の申し入れを行うことにしました。しかし、ストラスブールのお偉方たちはせっかくの申し入れを無礼にも拒絶したのでした。
「チューリッヒなど何の価値もない」と彼らは言いました。「それに、チューリッヒは遠すぎて、いざという時に何の助けにもならん。」

 この返答を聞くとチューリッヒの議員たちはとても腹を立て、ストラスブールの高官たちに挑戦しようとまで言い始めました。
「いけません」と一番年若いチューリッヒの議員が言いました。「私が彼らに前言撤回をさせましょう。私の名誉に賭けて、近いうちにストラスブールから違う返答をもって参りましょう。」

 他の議員たちはこの問題から解放されたので喜びました。そして彼らは最年少の議員に賛成し、のんびりと住まいへと帰っていきました。若い議員はというと、大急ぎで帰宅すると、すぐさま台所へ行き、そこにある中で最も大きな鍋を選び出しました。
「そのお鍋で何をなさるの?」と彼の妻は尋ねました。
「まあ見ていてごらん」と彼は答えました。「この鍋をオートミールでいっぱいにしておくれ。なるべく早く料理しておくれ。」

※オートミールはオート麦(燕麦[えんばく]とも)を水や牛乳で煮て作るお粥のようなもので、ポリッジともいうそうです。消化がよく栄養価も高いそうです。

 妻はこの不思議な言いつけにびっくりしましたが、召使いたちに命じて火を盛んに起こさせました。するとすぐにオートミールの大鍋は煮え立ちました。そして彼らはオートミールが焦げないよう長い間ずっとかき混ぜ続けました。

 その間に最年少の議員は波止場まで走って行き、一番速い舟を準備しました。彼は最も熟練した漕ぎ手を集め、全ての準備が整いますと、集めた漕ぎ手のうち二人に彼の家まで一緒についてくるよう命じました。
息せききって台所に飛び込みますと、オートミールは出来上がっておりました。
「君たち、こちらへ」と彼は大声で言いました。「鍋を火から上げて、舟のところまで走って運んでおくれ。」
彼らのすぐあとから議員も走って行き、鍋が舟の中に置かれるのを監督しました。そして、漕ぎ手たちの方を向くと、彼は叫びました。
「さあ、諸君、全力で漕いでくれ。ストラスブールの馬鹿な年寄りたちに証明してやるのだ。いざとなったら熱々の夕食を彼らに届けることができるぐらいチューリッヒは近いということを。」

 この言葉に奮い立った若者たちは一心に櫓を漕ぎました。舟はリマト川、アーレ川、そしてライン川を矢のように下り、町や村や農園を通り過ぎました。ストラスブールの波止場に着くまで一度も止まることはありませんでした。

議員は川岸にとび降りますと、二人の若者に大鍋を持ってついてくるようにと言いつけました。彼はストラスブールの議場に大股で入っていき、若者たちに大鍋を参集している高官たちの前に据えるよう命じました。

「皆様、あなた方の冷たい拒絶に対してチューリッヒは温かい返事をお届けしました。」と彼は大声で叫びました。

ストラスブールの高官たちは口をあんぐりと開けて、まだ湯気のたっている鍋を見つめました。若いチューリッヒの議員がこの鍋がどうやってここへやってきたのかを説明しますと、彼らは心の底から笑いました。この機知に富んだやり方と隣人であるチューリッヒの機敏さにとても愉快な気持ちになりましたので、彼らはすぐその場でチューリッヒの要請を認めると票決しました。

同盟のための書類に署名と封印がなされました。それから高官たちはスプーンを所望し、オートミールを一口残さずすっかりたいらげました。彼らは素晴らしいオートミールだと言いました。まだ熱々だった証拠に、口の中を火傷した議員は一人や二人ではありませんでした。

それ以来ずっと、この鉄の大鍋は「同盟の鍋」として知られています。それはストラスブールの市庁舎で大切に保管されていて、今でも見ることができるのですよ。

「熱々のオートミールの鍋」の物語はこれでお終いです。

自分の意見や願望が相手に拒絶されると腹が立ちますし、つい喧嘩腰になって相手を非難したくなりますよね。たとえ力に物を言わせて喧嘩に勝ったとしても、相手の心の中にはしこりが残り、本当の解決には決してなりませんよね。冷たい塩対応の相手を熱々の熱意と誠意で説得するにはどうしたらよいのか、知恵と工夫をしぼることが大切なのだなあと、あらためて思いました。平和な未来のために、日常の小さな事から心がけていきたいものです。

今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。
次のお話をどうぞお楽しみに。

このお話が収録されている物語集は以下の通りです。

次回のお話「銀の鐘」はこちらからどうぞ。


前回のお話「アトリの鐘」はこちらからどうぞ。


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