[西洋の古い物語]「アトリの鐘」
こんにちは。
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
今回は、冷酷な主人に捨てられた老馬を救った鐘の物語です。
ご一緒にお読みくださいましたら幸いです。
※画像はお話とは直接関係ないのですが、フォトギャラリーからお借りしました。どんな音がするのか、心惹かれる一枚ですね。
「アトリの鐘」
昔、イタリアに心優しい王様が住んでおられました。王様は人々の困りごとを哀れに思い、彼らの幸福のために全力を尽くしました。この善良さゆえに人々は王様を「良き王ジョン」と呼んでおりました。
「我が民には皆正しくあってほしいものじゃ」と王は言いました。「そして皆が公正に扱われてほしいのじゃ。」
皆がジョン王ほど善良というわけにはまいりませんでしたから、隣人に不当をなす者も大勢おり、隣人たちはこの善良な王様に訴え出るのでした。
そこで王は言いました。「市場に大きな鐘を設置することにしよう。誰でも不当な目にあった者には鐘を鳴らさせよ。その者は公正に扱われるであろう。」
このようなわけで王は市場に大きな鐘を設置させ、誰でもそれを鳴らせるようにしました。そして王は人々が受けた不当な仕打ちを正すため、有能な裁判官を任命しました。
その後何年もの間に多くの人々が鐘を鳴らし、皆公正な扱いを得て満足して帰っていきました。実に何度も鐘が鳴らされましたので鐘を吊っているロープが少しずつすりきれていき、ついにはあまりに短くなってしまい手が届かない人も大勢でてきました。すると誰かがロープに1本の葡萄の蔓を結わえ付けました。
さて、アトリの町に一人の年老いた騎士が住んでおりました。若かりし頃には狩りを愛し、たくさんの馬や犬を飼っておりました。今ではもう狩りをすることはできませんので、一番お気に入りの一頭を除いて馬を全て売り払ってしまいました。
※アトリ(Atri)はイタリア中央部の古い町で、大聖堂や美術館を訪れる観光客が多いそうです。こちらのサイトに写真が載っていますのでよろしければご覧下さい。
どういうわけだか老騎士はお金のことばかり考え始めました。彼は大金持ちになりたかったのでした。
「この一頭を残しておいて何の役にたつだろうか」と彼は自問自答しました。「食べて寝るしか能がないではないか。飼っておくのは金がかかりすぎる。こいつを追い出して好きにさせよう。」
というわけで、忠実な老馬は路頭へと追い出されました。日照り続きの暑い夏のことで、草もほとんど生えていませんでした。馬は燃えさかる太陽のもとさまよい歩き、ところどころでやっと一口の草にありつく有様でした。
さまよいながら馬はとうとう市場へとやってきました。そして、あの鐘のロープにぶら下がっている葡萄の蔓を見ました。
「あの葉は枯れているけれども、何もないよりはましだ」と馬は考えました。
馬は枯れた葉を引っ張り始めました。最初の一引きで大鐘は大きな音をたてて鳴りました。馬はあまりに空腹でしたので鐘が鳴るのには全く注意を払いませんでした。馬が食べ続けると鐘はさらに大きな音で鳴りました。
裁判官はその音を耳にしますと、一体誰があんなに大きな音で鐘を鳴らしているのだろうと不思議に思いました。彼は法服を身に着けると市場へと急ぎました。
誰が鐘を鳴らしているのかを見ると彼は非常に驚きました。しかし、彼は哀れな馬を可哀想に思いました。
「物言わぬ獣でも」と彼は呟きました。「公正に扱われねばならぬ。これはアトリの騎士の馬だな。」
数分のうちに大勢の人々が集まってきました。人々は裁判官にその年老いた馬の身の上を話しました。しかし、彼らの話すことはまちまちでした。そこで裁判官は騎士本人を呼び出すことに決めました。
冷酷な老騎士は、その馬が彼にとって何の役にも立たないうえに、お金がかかりすぎるのでこれ以上面倒を見ることはできない、と言いました。
すると裁判官は問いました。
「この馬はいつもあなたのそばで務めを果たしてきたのではありませんか。あなたを乗せて狩りに行ったり無事に家へ乗せて帰るのを、この馬が一度でも拒否したことはありますか。」
老騎士は馬がいつも忠実であったことを告白しないわけにいきませんでした。
「ならば、法は次のように決定いたします」と裁判官は声を張り上げました。「あなたはこの馬が生きている限りずっと住まいと食べ物を与えねばなりません。」
この判決に人々は皆拍手し、大声で歓声を上げました。
老騎士は召使いに命じて馬を引かせ、厩へと連れて帰らせました。人々は喝采しながら後をついていきました。だって、物言わぬ動物でもこうして正当な裁きを受けることができたのですからね。
アトリの鐘の名声はイタリア中に広まりました。
今日では、良き王ジョンについては、このことの他は殆ど知られていません。ただ、アトリの町に正義の鐘を設置した王として人々の記憶に残っているだけなのです。
「アトリの鐘」の物語はこれでお終いです。
このお話が収録されている物語集は以下の通りです。
今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。
次のお話をどうぞお楽しみに。
前回のお話「楽園の鳥」はこちらからどうぞ。
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