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『7人の聖勇士の物語』第5章(1)  フランスの騎士聖デニスと従者のル・クラポウが美しい妖精の貴婦人のお仕置きを受けて災難に遭うお話です。

こんにちは。
いつも応援してくださりありがとうございます。

夕方、家の近くまで帰ってくると、まだ明るいのに草むらから鈴虫の声が聞こえてきました。「リーン、リーン」と響く涼やかな声がとても心地良く、足を止めて聞き入ってしまいました。

鈴や鐘、太鼓などの音はその音が聞こえる範囲を聖域とし、邪気を払う力があると考えられ、古くより魔除けとして用いられてきたそうです。神社で参拝のときに鳴らす鈴やお寺の鐘、仏壇のお鈴の音などがその例ですね。

鈴虫の澄んだ鳴き声も、周囲の空気を浄めてくれるのではないでしょうか。誰もまわりを通っていなかったので、今日初めてマスクをはずし、涼しい空気を胸いっぱい吸い込みました。

朝夕は涼風が吹いて気持ちよくなりましたね。
鈴虫も喜んでいるにちがいありません。

『7人の聖勇士の物語』の続きです。
今回と次回はフランスの騎士聖デニスと従者のル・クラポウが遭遇した冒険のお話です。

『7人の聖勇士の物語』
第5章 フランスの聖デニスの冒険(1)

仲間たちと別れると、フランスの勇敢な戦士、名高い聖デニスは、従者ル・クラポウに付き従われ、あちらこちらを旅して、多くの凶暴な怪獣や恐ろしい野獣や巨人を殺したり、何度も馬上槍試合で闘ったり、身分の高い低いにこだわらず多くの乙女たちや美しい王女様方のご機嫌を伺ったりしておりました。ご婦人方にお仕えすることにつきましては、従者も敬愛する主人の手本にしっかりとならっておりました。ル・クラポウは主人のことをおどけて「にこやかに立ち去る陽気な若い騎士」と呼んでおりました。とうとう彼らはアジアの豪壮な城にたどりつきました。その城は、見分けがつく限りの様々な色をした木々が目にも舌にも魅力的な果実を実らせている森に囲まれておりました。
(※聖デニスはフランス風に聖デニスというほうが耳に響きが良いのですが、原文が英語の綴りで書かれているので、ここでは英語風に訳させていただこうと思います。どうぞご了承下さい。)

「外側がこんなに魅力的なら、城の中はどれほどだろう!」と聖デニスはル・クラポウに言いました。「門を叩いて様子をみてみよう。」

そこで従者は城の鉄門にかけてある角笛を吹き鳴らしました。すると、無愛想な門衛や鋼の武具をつけた戦士によって開門されるかわりに、美しい乙女の一群が現われ、うっとりするような微笑みを浮かべて騎士を招じ入れ、「奥方様のところへお連れ致しましょう」と言いました。喜んでついていくと、きらびやかな広間に通され、そこには、象牙の玉座の上に、透き通った水のように純度の高いダイヤモンドを身に付けた輝くばかりの貴婦人が座っているのが見えました。その貴婦人は、彼がこれまで知り合った大勢の女性たちの誰よりも美しく輝いておりました。足取りも軽く、何度もお辞儀をしたり兜を振ったりしながら、彼は貴婦人に近づき、彼女の足元に跪きました。ル・クラポウもいそいそと後に続きました。

「お立ちくださいませ、勇敢な騎士様!あなた様のご令名と勇ましい偉業の数々はかねがねお伺いいたしております。粗末な城ではございますが、喜んで歓迎いたします。」と貴婦人はにっこりして言いました。

その微笑みはとても甘美でしたので、聖デニスの優しい心を直ちにとらえました。彼はお辞儀をしました。従者もそれにならいました。そして貴婦人に言いました。「お耳に入っている話に嘘偽りはございませんが、私たちがこれまでなしたことは、これからなしとげようと考え、きっとなしとげるでしょうことに比べたら無に等しいものです。」

その時、突然、豪華なご馳走が現われ、先程通ってきた広間に食卓がととのえられました。そして美しい音楽のしらべが宴の支度がととのったことを告げました。騎士に付き添われて貴婦人はテーブルに近づき、騎士は彼女の隣の席につきました。ル・クラポウは、なすべき務めどおり、主人の給仕をするために主人の椅子の後ろに立ちました。

貴婦人は言いました。「お客様をお招きしておくべきでございましたが、私は一人で住んでおりますもので。あなたがいらっしゃるのをお待ち申し上げていなかったわけではございませんが、少々急なご来訪でしたので。幾人かお客様をお呼びするよう使いをやりましたので、そのうち、舞踏会にはおいでになるでしょう。あなたのお国の方々がお喜びになるおもてなしかと存じまして。」
(※貴婦人は食事の席が寂しいことをお詫びしているのだと思います。自分は一人住まいだし、聖デニスが急に来訪したため、会食のお客を招く暇がなかった、ということでしょうね。それにしても聖デニスの来訪を待っていなかったわけではない、というのは不思議な言葉ですね。貴婦人は彼らがやって来るのを何故知っていたのでしょうか。)

「承知致しました、奥方様。」と叫ぶと、ル・クラポウは喜びを表わしてつま先でくるりとピルエットをしました。「その時がまいりましたら、主人と私の手並みをご覧に入れましょう。」
(※ピルエットは、体を片脚で支え、それを軸に、そのままの位置でこまのように体を回転させること)

このように、感じのよい愉快な会話でご馳走もどんどんすすみました。胃もたれしない、実に美味な肉料理が出ましたので、騎士は故郷を出発して以来これほど美味しい肉を食べたことがないと断言できるほどでした。

味わった口福の記憶にふけりながら騎士が椅子にもたれかかっていますと、晩餐の食卓は姿を消し、絹の衣服に身を包んだ物腰優雅な騎士や華やかな衣装をまとった美しい貴婦人の一団が広間に入ってくるのが見えました。

騎士はさっと立ち上がり、貴婦人に手を差し伸べて、彼女を広間の中央へと導きました。そこで彼は、これ以上のものはないほど見事なメヌエットを踊り、並み居る人々の賛嘆を集め、彼自身も非常に満足したのでした。

一方、ル・クラポウもお相手の乙女を見つけました。お城の貴婦人にはかないませんが、貴婦人の次に光り輝く美しい乙女でした。彼は乙女を導いてうきうきする音楽のしらべに合わせて広間をぐるぐると跳びはねました。ただ一つだけ困ったことに、美しいお相手は全く喋らないのでした。

実のところ、騎士たちも貴婦人たちも皆、2人のフランス人をそっくり真似て実に軽快に踊っているのですが、誰の唇からも一言も発せられないのでした。いろいろな種類の踊りが続きましたが、そのどれにおいても騎士と従者は誰よりも勝っておりました。お楽しみは薔薇色の暁が東の空に現われるまで終りませんでした。お客たちは来たときと同じく物音も立てずに広間から姿を消し、残っているのは貴婦人と騎士、そして従者だけとなりました。ル・クラポウのお相手も一番最後に姿を消しました。ル・クラポウは優しくお別れを告げようとして彼女の後を急いで追いかけましたが、乙女の姿は見えず、そのかわりに鼻が勢いよく柱にぶつかったものですから、腹ばいではって広間へと戻る次第となりました。

「ご心配には及びませんわ。」と貴婦人は言いました。「明日またあの乙女にお会いになれます。たった今学ばれた教訓をお忘れにならず、あの乙女につまらぬことをおっしゃってはなりません。」

手に松明を携えた12人のとても醜くて肌の色の黒い侏儒が姿を現し、騎士を彼のために用意された豪華な寝台へと案内しました。一方、ル・クラポウが主人の衣服を脱がせる勤めを終えると、別な12人の侏儒たちが次の間で控えて立っておりました。侏儒たちはドアのところに立ち、客人たちが眠っている間ずっと見張りの番をする様子でした。

朝食に並んだ珍味の数々は、騎士も聞いたことがないものばかりでした。朝食が終ると、貴婦人は騎士を案内して城内をめぐり、彫像や絵画やとても希少で美しい宝石を見せてくれました。それから貴婦人は、珍しい形や美しい色合いをした香りも甘美な花々や灌木、木々でいっぱいの庭園を案内してくれました。そうこうしている間に晩餐の頃合いとなり、それが済むと昨晩のような舞踏会が続きました。

気の毒に、ル・クラポウは貴婦人の警告を忘れて昨晩のようにお相手の乙女の後を追ったものですから、壁から突然突き出てきた手に強烈な平手打ちを頬に食らわされ、何分間も動けずに横たわっておりました。そして、ようやく、大いにしょげかえって、のろのろとはいながら主人の後ろの自分の持ち場へと戻りました。

こんなふうにして日々は過ぎていきました。ときには、貴婦人が先に立ち、クリーム色の馬に乗って出かけることもありました。また、20羽の美々しい孔雀が引く車に乗ったり、ミルクのように白い30羽の白鳥に引かれた平底船で湖の水面を滑り、美しい景色を見に訪れたりもしました。

しかし、ついに騎士は、同じ所にずっといることに飽き、新たな冒険や心躍ることを求めてため息をつくのでした。従者も変化を求めていました。彼は毎晩舞踏会の終りに決まって痛い目にあうことが全くもって気に入らなかったのでした。

「別れの場面はいつも辛いものだね。」と騎士は声を上げて言いました。
「さようですね。」と従者は答えました。「御意をうけたまわりました。馬をご用意いたします。明け方早くに出立いたしましょう。奥方様に宛てて、おもてなしに感謝し、我々の出発をお知らせするため、良い香りのする短い手紙を残しておきましょう。」

案ずるまでもなく、厄介なこともとくに起こらず、計画は実行にうつされました。騎士と従者は自由の身になったことを喜びながら、アルメニア国との境界目指して陽気に進んで行きました。

「それにしても、うまく逃げられましたね。」と従者は主人に言いました。「実のところ、もっと活気があって、形式ばっていなくて、いろいろ楽しめるほうが、私としては好みですね。」
「お前の言う通りだな、ル・クラポウ。でも奥方は素敵なひとだったね。」と騎士は言いました。

さて、実は、お城の貴婦人は強力な魔力をもった妖精だったのです。貴婦人はとても優しい淑女でございまして、フランスの戦士が彼女の領地を旅しているのをたまたま見かけたとき、彼に好意を抱いたのでした。でも、いくら善良な妖精でもお仕置きはするものです。

どういうわけか、騎士と従者は道に迷ってしまいました。丘や森をぐるぐるさまよった挙句、二人は空腹のあまり半ば絶望し、木々や茂みから摘んできた草の実や木の実、それに剣の切っ先で掘ってきた草の根で生命をつながねばなりませんでした。何ヶ月もこんなひどい食事が続いたあと、おいしそうな実をたわわにつけた桑の木が彼らの前に現われました。

「ああ!」聖デニスは声を上げました。「この実のおかげで楽しくご馳走を食べられそうだ。」そして、兜の中を桑の実で満たしました。ル・クラポウも主人の手本にならいました。そして、二人は兜を脚の間にはさんで腰を下ろし、思いがけないご馳走を心ゆくまで頬張りました。

今日はここまでです。
好意を寄せてくれる優しい貴婦人からこっそり逃げだすなんて、聖デニスとル・クラポウはお仕置きされて当然(?)ですよね。桑の実で空腹を満たした二人はこれからどうなるのでしょうか。

お読みくださりありがとうございました。
次回をどうぞお楽しみに!


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