2023年に出た音楽のなかで、気に入って聞いたもの

光陰矢の如し。恒例となりつつあるディスクガイドである。今年のおれの音楽的教養の発展はそんなにない。モードの制約は中々きびしい。米と魚ばかり食っている人間が、簡単に小麦と肉には切り替えられない。なに、ごたくはいいからさっさと聞かせろって? 熱心だなおまえは。上から順番にいこう。

オブ・ザ・イヤー的な観点においては発表が暮れに迫ってくるほど不利である。時間がなくて見つけてもらえないし、来年の今頃には忘れられている。しかし一年間ぶっつづけで聞いた明確なベスト・バンドが今年はいる。wではなくvふたつ、Alvvays。新譜『Blue Rev』は他を大きく引き離して堂々の首位と言ってよい。

シンプルな楽曲にのせられたボーカルのストロングスタイルなメロディー、存在しない時代へのノスタルジアを大胆に盗用しているシンセサイザー、My Bloody Valentineの正統後継といってよいテクスチャ偏向なギター。サウンドスケープの奥深さがすばらしく、楽曲の枝葉がとことんまで切り詰められていて、時間当たりの無駄がまったくない。ふつうなら五分くらい使ってもいいノイズのアイデアが二分半くらいに濃縮されていて、そこに幼いんだかお姉さんなんだかわからない、声楽的にそんなにたいした工夫はしていないのにミックスのなかをすいすい泳いでいくモリー・ランキンの歌声が朗々と響き渡る。歌詞も仄めかしの案配がちょうどいい。下に挙げる楽曲、『Belinda Says』に登場するBelindaは明確に『Heaven is a Place on Earth』のベリンダ・カーライルのことだろうが、現在進行形な語りに1987年のヒットソングを持ってくるひねりも時代感覚を惑わしてきて上手い。

足首をくじいたらしいけど
そのときは感じなかった
新しい服はきみを振り向かせるけれど
落ち着くまでどれくらいかかる?

楽園でわたしは麻痺した
すべてをよく知りすぎていた

スケートリンクのそばで飲んだブルー・レヴ
ほんとうはそんなにいらなかった
あなたはわたしにコレクト・コールをして
注意深くどうするか聞いた

楽園でわたしは麻痺していた
すべてをよく知りすぎていて怖かった
でもどうにかするよ

田舎に引っ越して
赤ん坊を産むんだ
街の喫茶店のテーブル
うわさになるのはわかってる
田舎に引っ越して
この子を産むんだ
どうなるか見てみよう
どう育つか見てみよう

楽園でわたしは麻痺した
すべてをよく知りすぎていた
でもどうにかするよ

からっぽのポケットでインヴァーネスの町に出て行こう
天国は地上にあるってベリンダは言ってたけど
それなら地獄もあるよね
互いに助けあって楽園にして
あたらしい人生を始めるんだ

よく参考にしている歌詞読解サイト、Geniusのコメントの助けを借りて解説すると、「足首をくじいたのに気づかない」のは妊娠早期の兆候に気づかないくらいにぶちんってこと。「落ち着く」と訳したのはReel it inというイディオムなのだが、このReelは魚を釣り上げる釣り竿のリールで、ようするに赤ん坊が産まれてハッピーな家庭をもつイメージが、海から獲物が釣り上げられるイメージに重ねられているんだな。ブルー・レヴというのはアルバムのタイトルにもなっているが、北米でよくある風邪薬シロップとウォッカを割った、おてがるにハイになれる若者のカクテルの亜種だろう。これにつられてやっちゃったわけだ。そして事後に男からかかってきたコレクト・コールは着払いの電話。つまり電話をかけられた側が通信量を払う。どうしてそんな心象の悪くなるようなことをするんだよ。楽園で麻痺していた、というのはミルトン『失楽園』。インヴァーネスというのはカナダの村で人口1000人、ググるときれいな浜辺の写真が出てくる。「天国は地上にあるってベリンダは言ってた」というのはベリンダ・カーライルの原曲をあたらないとわからなくて、あっちは単に「愛の力で地上は天国になるのでラヴです」みたいな80年代の脳天気な歌詞だったんだけれど、だとしたら愛がなければ地上は地獄になるんだな、と語り手は論理的に考える。つまりわたしたちは誇り高きシングルマザーとして、互いに助け合って地上を天国にしていかなければならないのだ。

デビューアルバムの二曲目『Archie, Marry Me』やセカンドアルバムのトップ『In Undertow』などはずいぶん聞いたが、アルバム全体を通して見たときの質がおそろしく向上している。シングル偏重のこの時代においてほとんど一曲の捨て曲もなく縦横無尽にアイデアを詰め込んだ『Blue Rev』の評価は高い。

明らかに別格なのがEnglish Teacher。まだアルバムも出ていないのに、すでにBBCの長寿音楽番組に出演している。基本的にあんまり動かないボーカルのメロディーがほとんど東洋っぽいなかに、オーセンティックなインディーロックの背骨。「あたしは世界でいちばんでっかい舗装の敷石、足元に気をつけな」という歌詞が詩的にかっこいい。あえてLater… With Jools Hollandのライブを持って来たが、それは演奏がこの若さにして異常なほどタイトであることをわかってもらいたいがためである。全員のComposureが、この道二十年やってきた本物です、まだ売れてませんけどね、みたいな態度、開き直りにちかい逞しさを放っている。しかしみんなどうみても二十歳いってるかどうかくらいだ。やっぱり本場は違うなあ。

もともとThe CureのドラマーだったLol Tolhurst、Siouxsie and the BansheesのドラマーだったBudgie、R.E.MだのThe HivesだのTaylor Swiftだの、まあ相当なひとたちのプロデュースをしてきたJacknife Leeが手を組んだ作品『Los Angeles』はほんと最近出たばっかりで聞きこんでいないが、相当パーカッシヴである。アルバムを通して聞くと、つまりドラムとはどういうことなのかがわかる。ワークアウトにどうぞ。

Chinese Footballの新譜『Win & Lose』もよかった。一部界隈ではアメリカンなフットボールより既に強いんじゃないかともっぱらの噂だが、それは好みの問題であろう。七年前のスマッシュヒット『電動少女』から追いかけているが、これで格ゲー三部作(アルバムタイトルがそういう感じなのでおれが勝手にそう呼んでいる)も終わりなのだろうか、まだまだ続くのだろうか? 何となくここらでひとつ方向転換してほしい気がする。夏日限定女朋友(字面を見るだけで意味はわかるよね)みたいな態度って、三十代になって維持できるようなもんじゃないと思うんだよな。与太話はおいといて、やっぱりソングライティングは抜群にうまいですよ。

Wednesdayの『Bull Believer』も出色。一曲のなかで正味三曲ぐらいやるのをボヘミアン・ラプソディ式とおれは呼んでいるが、三曲とも90年代グランジないしはゴスで大変結構。ビデオもよい。やっぱり鼻血出てすぐそばにタンポンあったら代用するよね? 与太話はおいといて、こういうの見たらやっぱり90年代に青春だったひとたちは嬉しいんじゃないかって気がする。

ちょっとジャジーなところもいきましょう、Nubya Garcia。BADBADNOTGOODのメンバーもだいたいそうなんだけど、この子もおれと同い年。ジャズという音楽はプレイヤーと聞き手の年齢が近くないとわからないのかもしれない。つまり、おれにはこいつの言ってることがよくわかる。というかこれで4000回再生なの? ここまでやって? 一体どうすればジャズって売れるの? 三年くらい前のTiny Deskに出たときが一番ポップオフだったわけか。みんなもうちょっとアーティストを継続的に応援しようよ。

これもWednesdayと傾向は近いけれど90年代グランジって感じで大変結構。おれたちがうかうかしているあいだに、存在しない過去へのノスタルジーの矛先も80年代から90年代へ移行していくと思われる。Vaporwaveはもうたぶん息をしていないが、しかしそこからWindows 96のような天才が生まれたりもするわけだ。おじさんになったなあと思う、おれは80年代は生きていなかったけど、90年代は生きたからなんとなく覚えてる。そうそう、たしかにこういう感じだった。

メキシコのインストバンド、Austin TVの『Rizoma』もよかった。なんていうか、まじめに音楽やってるひとっているんだな、って感じ。まじめっていうのはつまり、当然みんなそうだろうけれど、軽音楽だってちゃんとやればクラシックに負けないくらい情感を伝えられるんだって確信してるという意味で。もちろんいちばん伝わりやすいのは人間の声だからみんなそれに頼るし、べつにそれでいいんだけど、彼らの場合はみずから選んで声を使わないことにした、その縛りから創造性が刺激されてるんだろうなと思う。God is an Astronautをはじめて聞いたときの気分に近い。

2023年どころか1960年結成のバンドで、しかも出てたのは2015年だけど、The Sonicsの『This Is the Sonics』も今年見つけてここでくらいしか喋る機会がない。もう聞いてくれたらわかるから音楽性は一々言わないけど、見たところふだんからお医者さんの世話になりまくりなのであろう人生の大先輩たちが、お客さんとすれすれなくらい小っちゃい箱で頑張っているロックンロールのその歌詞が、「医者なんかいらない、病気の原因はわかってる、薬じゃなくておまえがほしい」(意訳)。しかも原曲はレイ・チャールズというね。こういうのはやっぱりアメリカ英語でしか不可能な味だろうな。ほかの言語だと、かっこいい爺さんたちがおなじことをやっても湿っぽくなったり、やらしくなったりして駄目だろう。

出ました大御所、Julian Lage。大御所といってもギタリストたちの間だけのことで、ほかのひとにはたぶんわからない。いろんなギタリストがいるし、みんなそれぞれいいんだから比べたりしてもしょうがないんだけれども、ごめん、いまこの地球上に生きてるギタリストのうちで一番上手いです。そう言うと「何が?」とか言うと思うんだけど、これはもうほんと、エレクトリック・ギターを弾いたことがないとわからないと思う。逆に弾いたことがある人は腰抜かすし、負けましたって言うと思う。「何が?」ええと、ようするに、ダイナミクス。彼が小さな音で弾いたときの声を聞いてごらんなさい。そして大きく弾いたときの、このわずかな歪みを聞いてみなさい。もはや弾いてないところまで上手い。これは冗談じゃなくて、休符まで上手いのね。いいヴァイオリニストみたい。楽器が歌ってる。宇宙人がやってきておまえの星でいちばんギターが上手いやつを出せ、こっちが感動したらおまえの星は見逃してやるって言われたら、おれは人類代表にこいつを推す。

Preoccupationsの新譜『Arrangements』はパンクな感じにカモフラージュされたメロディーの良さというバンドの強みを残しつつ、全体的にメロウになった感じ。このバンドもすごくいいのに楽曲の展開ではなく音符の構造とテクスチャで情感を伝えるからあんまり売れない。ちくせう、若くて音がでかければ何でもいいのか。軽音楽器で丁寧な音楽を作ってなにが悪いんだ。

と恨み節で終わってしまったが、もうすぐ船が出るという声が聞こえてくる。行かなければならない(Stingの『The Last Ship』ばりに)。今年はいい年だった! みんなの来年もいい年でありますように! ピース。

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