2/7 JR大阪環状線京橋駅8時4分発

駅階段付近の扉は混みやすい。私もそれは知っていた。階段へ一メートル、一センチでも近づこうとして人々が密集していくのは蜜蜂の熱球にも見える。乗客が降りるためのスペースは空けられているが、ホームで待つ人は今か今かと乗り込むのを待っている。ホームの彼らが期待に抱くものがある。空席だ。乗客が降りたのだ、当然空いている席がある。朝の十数分の安らぎに渇く人もいる。

一方、混雑を避けるために階段から離れたドアで電車を待つ人たちがいる。私もその類だ。単純に人の密集が苦手なのだ。私も密集の一員であるにも関わらず密集を否定したい。ひどくワガママな話だ。

そして、私の前の扉は簡単に開かれる。降りる乗客も少なく、乗り込もうとする人の圧も軽い。スーツと学生服の流れが過ぎ去ると逆向きの流れになって車内へ入っていく。空気が入れ替わる。明確に。外から内、世界が暗くなって、籠った人間の匂いに包まれる。電車の電動機がたてる音は下から響く振動となって直接体を揺らす。並ぶ吊革はほとんど等しく、わずかに揺れながら乗客の入れ替わりを喜んでいるようだった。
特に考えることもなく、人の少ない扉付近に身の置き場所を探そうとした。その目の前を女性が素早く通り過ぎる。私は咄嗟に彼女の動きを目で追った。
彼女は薄いベージュのコート、紺色のマフラー、まとめられた髪といった格好をしている。勤め人のようだ。短いヒールを素早く運ばせていく。かわすように人を避けながら車内を進む。そうして、隣のドア近くに一つだけあった空席に腰を下ろした。隣の扉ではまだ乗客が降りている途中であった。
すぐに彼女の意図は理解できた。混雑する扉のひとつ隣から乗り込んで素早く移動する。それによって空席を確保するのだ。彼女の動きに無駄はなく、毎日のように繰り返してきた動作であったであろう推測がつく。彼女は静かに本を読み始めた。

効率化されたしばし休息への身の運び。彼女の日常はそうやって始まっていくのだろう。レール切り替えの揺れに足をとられつつ、私はドア横の棒を左手で探す。傘を忘れていた。

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