梟は闇に嘯く 第1話(創作大賞2024/ミステリー小説部門)

あらすじ


高校生の来瀬と姫継は、担任の道長から留年の脅しを受けてフクロウのステッカーについて調査を始める。調査をするうちに、QRコードが浮かび上がる仕掛けや、ステッカーが貼られる場所で起こった殺人事件の噂を知る。さらに情報を集めていくと、地元のハシノ印刷所が関与している可能性が浮上。来瀬と姫継は真相を追い求め、廃墟となったハシノ印刷所の本社工場に潜入することを決意するが・・・・・・。
ステッカー犯の目的は?二人は真実にたどり着けるのか?青春ミステリー小説。

第1話

ある5月、月曜日の朝だった。開けっ放しのシャッターからガレージの中に柔らかい明かりが差し込んでいる。冷凍機能の壊れた冷凍庫に脚を乗せて、次の動画の題材を思案するのに最高の陽気だった。温めていたネッシーの再考察もアリだし、cicada3301をやり直してもいいかもしれない。学校に行かない日の午前は企画を練ることに決めていた。

ガレージの賃料を稼ぐために始めた個人事業は3つ目になっていた。最初にやったのは海外輸出。日本の小物をオークションサイトに出して海外に売る。ビギナーズラックで最初は面白いように売れたが、続かず、残ったのは目も当てられないガラクタばかりになった。ベルトの切れた回らないレコードプレイヤーは安いからって仕入れちゃいけない。次は小物の成型だった。型を作ってコンクリートを流し込んで成型する。ビギナーズラックすらなかった。キリンが逆立ちした植木鉢の注文がたまに入る程度。
そうして、ガラクタとコンクリートの何かに囲まれたガレージで、ぼくはユーチューバーになった。まだ収益化されていないのでお金にはなってないけど。そろそろ海外輸出で稼いだ貯金が尽きかけている。天井をひたすら眺めながら、口座の残高と動画のサムネイル案がぐるぐる回った。
聞きなれない足音があった。砂利を引きずるように歩く音が近づいてくる。貸しガレージは7番まであるけど、契約されているのは自分の5番だけだった。普段なら、賃料の徴収に来る管理人と道を間違えたウーバーイーツ以外は誰も近寄りもしない場所なのだ。
足音は迷うことなく5番のガレージを目指してやってきて、止まった。
若干緊張しながら脚を下ろして目を向ける。
立っていたのは姫継だった。
姫継はクラスメートだ。不良っぽいというか多分不良で、あまり学校で良い評判はない。ぼくが学校に行くのは週に二回だけど、姫継も来たり来ていなかったりするから、あまり印象はなかった。
「暇なんだろ」
姫継は苛立っているらしい。落ち着きなく体を揺らしている。
「暇じゃないよ」
実際に暇ではないのだけど、姫継は無視して話し始めた。
「誰かが学校の駐車場にイタズラしやがったんだ」
「うん」
「道長が犯人に俺を疑って自首するか犯人を連れてこないと留年だって脅してきやがる」
「道長らしいね」
担任の道長は嫌な奴だった。若い教師なのに、親が校長だからって威張って無茶苦茶言ってくる。
「来瀬にも協力してもらえってよ。協力しなかったら来瀬も留年だって」
思わず椅子から転げ落ちそうになる。本当に無茶苦茶言っている。無関係のぼくまで留年だなんて。
「本当に道長が言ったの」
「なあ、手伝ってくれよ」
姫継はガレージの前に立ったまま弱々しくお願いしてきた。断りたかった。第一に暇ではない。動画の企画と台本作成を今日やらなくちゃいけない。だけど留年になるのも困る。脅しなんだろうけど、道長ならやりかねないおっかなさがあった。
しかし、そこに妙案が舞い込んだ。そうだ。これを企画にすればいいんだ。単純なことだった。
ぼくは立ち上がった。
「いいよ。承りましょう。とにかく現場に行こうか」

ガレージから学校に向かうには町を分断するみたいに走る長い坂を10分以上下らなきゃいけなかった。姫継はなぜか隣に来ないで少し後ろについてきて、ぼくが先導するような形になっていた。
ぼくはそもそものことが知りたかった。
「なんで姫継は疑われてるの?」
間があって、背中から姫継の返事があった。
「俺が半年前に補導されたのは知ってるか」
「ああ」
「道長は『前科者は信用できないからね』って嘲笑いやがったよ。くそが」
道長が笑いながら姫継を脅す様子はありありと想像できた。張り付いたような笑顔と強権的な振る舞い。別に嫌ってるのはぼくと姫継に限った話じゃない。道長というあだ名もそこからきている。
「それで僕まで巻き添えか」
道長にとっては前科者と不登校は同じ扱いになるらしい。
「校長が騒いでるんだとよ、生徒が貼ってるなら生徒に剥がさせるって、ハゲ」
校長が騒いでいるから娘の道長が出張ってきているというわけらしい。校長が知っているとなると話が大きいな。誤魔化して済むことはなさそうだ。
「早く自首したほうがいいんじゃない?」
「俺を疑うなよ」
長い坂を下り終えて、それから駅へと続く大通りを進む。道は広くてタイル敷きの地面は綺麗なのだけれど、歩く人はまばらで寂しい通りだった。かつては活気があったのだ、と昔を懐かしむ人がよく言った。学校は郵便局を越えたところにある。学校の横を通りかかると、校舎の窓から風でカーテンが膨らんで出ていた。レースのふわりとした白さに三限の教室の静けさがあった。本当は寂れた通りでなくてあっちの中にいなきゃいけない。
道長からの説明によると、駐車場は新任の先生が校内に駐車するスペースが無かったために外に借りたものであるということだった。今日の朝にステッカーを道長が見つけて、校長が問題視したということらしい。
「新しい駐車場ができたなんて知らなかったね」
「校長が気に入らない先生をえらい数クビにしたらしいんだがな。新任の先生が学校内にとめるスペースが無かったらしい」
学校を通り過ぎて三分ほど歩くと、蔦がびっしりと覆うほどの暗い喫茶店があって、その後ろに駐車場はあった。砂利が敷かれた白い地面で、腰ほどのコンクリート塀が敷地を囲んでいる。十台ほどの車がとまっているが、駐車場の半分も埋まっていない。
「あれだよ」
姫継の指さした先にはフクロウがいた。のっぺりとした凹凸のないフクロウで、色はない。ステッカーには大きくフクロウがプリントされていた。
「フクロウだ」
「フクロウだよ」
フクロウのステッカーが貼られた傍に屈んで観察する。フクロウは枠線のないフラットなデザインで、首は正面を向いているが体は横を向いている。わずかに振り向いた格好だ。羽が折り畳まれているのが線と点で表現されている。両眼は光のない黒丸になっていて不気味。ステッカーは屈んだ自分と同じほどの高さがあった。
まず、ひとつの確信を抱いた。
「まず、姫継がやったんじゃないね。ていうか生徒じゃないと思う」
「最初から俺じゃないんだよ」
姫継は不満を露わに自分が犯人であることを否定した。
「可能性は広く持っとかなきゃ」
「なんで生徒じゃないって」
姫継の疑問に答えてあげるためにパーカーのフードからメジャーを取り出して、ステッカーの長さを計った。
「だいたい80センチ。手書きでもない。こんな大きいステッカー、普通のプリンターじゃ出せないよ」
「なるほど」
「道長先生は警察には通報したとか言ってた?」
「監視カメラも無いから無駄なんだとよ。だからだよ。お前らで犯人を連れて来いって」
「貼られたのはいつ?」
「土曜日に部活に来た先生は見てないらしい。貼られた時間は土曜の夕方から月曜の朝六時の間になるんだろうな」
犯行時刻は広すぎて参考にならないな。ぼくはもうひとつの用を思い出して携帯を取り出した。
「姫継、ステッカーの横にメジャーを垂らして」
姫継がメジャーを垂らすと、ステッカーを何枚か写真に収めた。それから動画にして、道から地面を舐めていくようにしてステッカーにレンズを迫った。
うん。悪くない気がする。これは良い動画になる気がする。
「で、なんかわかった」
写真や動画の出来を確認している間、姫継は塀に座って暇そうにしていた。
「ううん、ぜんぜん」
「なんだと、なにやってたんだ」
「それよりさ、お腹すかない?」
聞いたのとほとんど同じタイミングで、三限の終わりを知らせるチャイムが鳴った。

第2話
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