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前ならえ。



冷蔵庫をおもむろに開けるように僕のマリさんのブログのページに飛ぶ。新着順に並ぶ記事を少しずつ遡り文章から栄養をもらう大切な時間。冷蔵庫のなかを傍観するかのように眺めて記事一覧から開く記事はどれも良い。僕のマリさんの私生活の事を通して触れる僕のマリさんのあらゆる事象の言い回しが好き。ここがミソだというところへの前置きが丁寧で、折り込まれるギャグセンに惚れ惚れする。こうして好きな人の言葉に心をほぐされて眠ることは、子どもの頃眠れない夜に母がレンジで温めてくれた牛乳を飲めば心も体も温かくなって安心して眠れたことと似ている。



社会人一年目の頃は不安で、毎日なんとなく目の前が霞んで、どうしようもない一年間だった。現場仕事というのもあり毎朝5時に起きて仕事に行き、夕方の6時に仕事を終え2時間かけて帰ってくるという生活を週に6日で送っていた。その生活は一年しかもたなかったからあんまり胸を張って言えたものじゃないけど石の上にも三年というのにこの石であっているのだろうか?というような気の迷いを抱きやすい一年だった。気が確かじゃない日もごはんだけはしっかり作りたべて、職場ではいつもしっかり笑うようにしていた。そうしていたらきっと大丈夫だと思っていた。そのおかげで現場の人たちにたくさんあだ名をつけられて、たくさんの物をもらった。職人さんたちは長い時間をかけて習得した知識や技術を、ちんちくりんなわたしにたくさん教えてくれた。現場の仕事は、現場監督、設備屋、削り屋、とびさん、左官屋、塗装屋、パネルを貼る人、クレーンの操縦士さん、なんかわからんけど他にももっともっと色んな職種のひとがたくさんいて、みんなで一つの建物を作る仕事だったからそれ特有のやりがいがあって、その分色んな人がいる。親切な人もいれば下品なことを言う人もいたけれど、笑って返す術だけは上等に身についたし、小汚いじいさんに抱きつかれても笑って振り払えたし、色んなことがままならない私を先輩たちは大目に見てくれてた。だけどセクハラに値する誰かの言動には日々怯えていたし、誰かに助けてもらいたかったけど女だからと散々言われる男社会の風潮に馴染もうとしてたのと、当時はどれがセクハラに値するかという認識や線引きができなかったから引っかかるなと思う事も笑って我慢してた。嫌ならどつき回しても良いほどの事も40キロのモルタルをかつげる体になっていた私は、自分の状況についていくことで精一杯で何も出来なかった。


だから漠然とした不安の中で仕事の帰りは意味もなく泣いてしまう日が多かった。ハタチだぜ?社会人一年目だぜ?右も左もわかるかいな。。と今なら思う。帰ってから涙をすすって近所の中華屋さんに行った。行ったというかそこでバイトをしてた。ほんとは副業なんてしちゃいけなかった。だけど、あたたかい場所で、あたたかい人たちがいるところで夜を過ごしたかった。バイトじゃなくても客として行けばよかったのかもしれないが。
"おつかれさまです"と入れば、それを合図にマスターが先に賄を食べさせてくれる。おかずが三品にごはん、いつもの卵スープ。毎日おかずは変わるがどれも絶品だった。"おつかれさまです"の中に、ただいまー!おなかすいたー!という下心を忍ばせていた。卵スープにありつくとき、キラキラしたスープの水面を眺めてうっとりした。今でもあの中華屋の卵スープのたまごのきいろはわたしの世界でいちばん温かなきいろ、優しいきいろ。賄を食べたら店内の隅にあるテレビをぼーっと眺める。来るのが常連さんばかりの店内では穏やかな時間が流れてて居心地が良かく、バラエティー番組の賑やかな音が少し遠くに聞こえる。坂上忍が笑ってる。



ハタチのころは自分の機嫌を自分でとる方法を、人に手助けしてもらいながら身につけてたんだと今なら思う。それはかなり迷惑なものだったかもしれない。だけどそれと似たことが今の私にもあって、それはだれかの "いいよ" に心底救われるということ。許しを乞うときも、誘うときも、断りを入れるときも、"いいよ"と言ってもらうとホッとする。いつでも誰かにこうして"いいよ"と受け入れてもらえることが今は本当に救いで温かい。黄色い。



自分の心が知らない間にすりきれ一杯分になっていて、ふとしたときに溢れてしまいそうになることがたまにある。ほんとうはいつでもこぼれ落ちてしまいそうな程なのだろうけど、とどめの一撃が来るまで気づけないから溢れてしまって駄目になる。駄目な時にはどんな心でいたらいいのかわからなくて、検索をかけるみたいに夜道に走りに出る。まあまあな速度で走る、誰も見てない。走ってる顔を誰にも見られない暗い道は安心して走れる。しんどいときにしんどいと叫ぶことが人の為にも自分の為にもならない気がしてたまに迷子になる。この心をどうすればいいのかどうしたいのか、どうゆう形にして自分の中から放り出したら面白いのかまだわからない。部屋の空気も私の中も一度入れ替えたいから、窓を開けてから夜道に出る。部屋と私の協力プレイ換気。いつも結論として、"きょうはもう寝てしまいましょう。やらなければならないことを落ち着いた心で明日やればいいのです戦法"におちる。

だめな夜を何度も繰り返して生きていたら、"やり直せたり続きができる明日"が来るのだから夜は考えるのをやめて眠りましょうと思えるようになったのはここ数ヶ月のこと。肩の力を抜かせてもらおう、世界が重たい、向上心はもてるときに持てたらいいし、げんなりする日はげんなりした世界をげんなりたのしめばいい、地獄のダンスとか開発したりして適当にやっていこう。強すぎない活力で生きてられてる気がする。見えてる世界も抱えてる世界もみんな内面でしかないからなにもかもギャグでいい。





日々のことを文章にすることで頭が整理される。私は寂しいから、人目につくこの場所で文章を投稿することで寂しさが紛れる。いつも誰かが付き合ってくれているから見てもらう限り言葉にも、生活の中での感じ方から気をつけようと思うことでバランスを取れる。私の道徳は他人からの既視感で質される程度のもの。

自分の機嫌の取り方はハタチの頃も今も変わらないままこうして誰かに手伝ってもらっている。あれからの日々をふりかえられる分だけ前を向いて歩けているのかは今はまだわかりにゃせん。うしろむき、まえむき、ひたむき、皮むき、豆まき、真木よう子。

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