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ことわざ・がたり  " 窮すれば濫す "

" モテ期到来!  パッパパーーン! "
「帰らないで!」と引き留めるランの素敵に潤んだ無敵の上目遣いに、頭の中で魔笛が鳴り響いた。
顔も身長も給料も平均点の七合目、いわゆる中の下、ギリ及第点のキュウ太郎、公務員 29歳。
中部地区最大の歓楽街 錦三丁目の片隅 クラブ『ロウ -弄-』。
この街に染まった困った先輩に捕まって連れてこられたこのキャバクラで、まだ駆け出しキャバ嬢の美しい訛ったランに嵌って半年。
初めてのロウに感じた 仄暗い店のグロい香水の臭いと呪いの光を浴びるエロいドレスのトロい女たち という鎧はいつしか溶けて、天上の光と香りと音楽に包まれた天使たちと過ごす、心落ち着く館になった。
リピートが月一から週一になると、おろすシャンパンがモエ白(1万円)からモエ黒(4万円)に変わり、リピートが 週二、週三、週四へと暴走するとシャンパンも、クリュッグ(8)、アルマンド(20)、ドンペリゴールド(50) へと狂った。600万円あった貯金は疾うに使い果たし、まともな借金は限度を超えて闇金に手を染め初めた頃、同伴でロウに向かう途中にランから「今月、とうとう店のナンバーワンになれそうなの。お願い、ありったけのゴージャスを下さい。そしたら... 」 ... 下心が爆発した!


ナンバーワンが決まる夜、バーニーズに身を包み花束を片手に本重町通を有頂天にロウへ向かっていると、ロウがあるビルの前に一方通行を逆走して軽トラックが止まった。( 活気がある街...ってこと?... ) 軽トラから、僕が注文したシャンパン・タワーの大量のモエシャンとグラスが運び出された。"もう闇金からも借りられない..."  軽トラが走り出した途端、「はーい、そこの軽トラ止まりなさぁーい。」とミニパトから嬉しそうな声。そのサイレンを横目にロウへ入った。( 活気がある街...だな!... )
まさに狂宴。ナンバーワンを掛けた見栄の張り合いは、摩天楼ばりのふたつのシャンパン・タワーの下で、ボトルの入れ合い、ショータイムのお笑い/コスプレ/生バンド、延長延長でオリジナルシャンパンまで飛び出した。
「あと少しなの。ドンペリを入れて、お願い!」とラン、狂乱のあとさきで放心の僕は「嘘だろ、これでありったけだよ、もう何も無い...」
... No.1 になれなくて ...
肩を落とすランの右肩を抱いて下心満開で「もう十分だろ? さぁ行こう」
ランの左手が僕を遠ざけて、「何故、なんで、ドウシテ、」とありったけの罵詈雑言を放った。いつもの笑顔の欠片もなく闇に落ちた顔で「何も無いなら、もう終わり」とゆっくり離れてゆく。掴もうと伸ばした僕の右手をボーイが遮りゆっくりと降ろされる。 ボーイの顔を二度見。首を横に振るボーイ。 "えっ、マジ ?"
そして、ありったけの借金が残った。


部屋に帰っても、やり場のない下心を悪口に代えて吠えつづけていたが、躰の芯から疲れていたのか、いつのまにか眠っていた。
朝、腹が鳴って起きた。枯れた声で「こんな時でも腹は減るんだな」と、財布を持って部屋を出...ん? 財布に...30円 マズイ...給料日までまだたっぷり三週間はある。借りる宛はもう無い。また悪口が喉を駆け上がってくる ...腹が鳴る... "いやいや、今は悪口じゃない" 意外と早く冷静に戻り部屋を見渡し、借金ハイも手伝ってか "よし、売ろう"と切り替えた。
まずから。古着屋に見映えのする一揃えを見せると「うん、三百円かな」 「えっ、いやいや バーニーズだよ! もうちょっとさぁ...」散々粘って四百円で手を打った。はぁ...ひとしきり落ち込んだ後スーパーへ直行。激安でたっぷりと食べられるモノ...見つけた...キャベツひと玉 198円、全財産の半分。部屋へとって返し、塩で,醤油で,味噌で,マヨで,風味を変えて芯まで完食。
ミジメすぎて涙が止まらない。「クッソー、ランめ...」喉を駆け上がった悪口を思う存分撒き散らした。キャベツのミジメさも加えて。
ダークサイドに落ちたアナキンも、きっと腹が減っていたに違いない。
翌日もキャベツひと玉、全財産を使い果たした。
次は家電。先月電気が止まり、どうせ使わない 電子レンジ, コーヒーメーカ, 電気ケトルをリサイクルショップに売った。合わせて 1000円。
"よし、5日もつ!  - キャベツ前提 - "
気が大きくなり、カップメンも買って意気揚々と部屋に帰ったが、コンロの火が点かない..ガスも止まった。しょうがないのでカップメンをそのまま食べた。...結構いける! 情けなくて涙が止まらない。
洗濯機, 冷蔵庫, 掃除機 締めて1000円、命がけの断捨離。十日を野菜で喰いつなぎ、体重が50Kgを切る頃、とうとうが止まった。
部屋を見回し "もう本当に何もない" 「おのれぇー、ランめ...」大量の悪口の最後に正気を吐き出した。


"狙うはランの財布ただ一つ" 臭い始めたスーツを身に纏い、歪んだ眼差しで夜の闇をロウへ向かう。ビルの前に着くと軽トラが一通を逆走で止まった。軽トラから降りた配達員が荷台を開けてケースをひとつ降ろすと、「ランさんの誕生日タワーのシャンパン 20ケースをお持ちしましたぁ。」とボーイへ挨拶をして、ケースを運びながらビルへ消えた。" 計画変更! シャンパン・タワー強奪!" 軽トラの運転席に飛び込み、エンジンをかけ、急発進!
グゥァラガァラガッシャーン シャーン シャーン シャーン ...
開いた荷台からおびただしいシャンパンが飛び出し、道路に弾け飛んだ。
強烈な音と香りと悲鳴が本重町通に溢れた。
「・・・」顔面蒼白でもう逃げるしかないとアクセルを踏み込むと、
「はーい、そこの軽トラ止まりなさぁーい。」とミニパトの声。
ダークサイドから聞く嬉しそうな声は...妙に腹立たしい。

おしまい

おまけ ダジャレ・がたり

チンすれはレンジっす
キュンとすれば恋っす
灸すれば熱いっす
急須で入れればお茶っす
級数と乱数


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