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【鬼凪座暗躍記】-最期の宴-『其の五』

――皆さまがたには賢明なるご理解とご決断を頂き、あらためて敬服致します。また、かくも長く苦痛に満ちた会合へのご列席を賜りましたこと、かさねて深謝致します。後始末は我ら護国団におまかせください。決して、皆さまがたの名誉と体面、この英断を傷つけるような不手際は起きません。本日中にも、ことの決着がつくでしょう。

――やむを得ません……自業自得です。

――面白半分に殺された民草たみくさの無念を思えば、これ以上……奴らに甘い顔はできません。

――せめて、この失態……秘密裏に処理して頂けるなら、愚息連中も、少しは浮かばれるでしょう。どうぞ、よろしくお取り計らいくだされ。

――しかし……子育てにしくじった父親として、我らの責任はきわめて重い……私は己の身の処し方を、すでに決めております。もっとも皆さまがたに、とやかく指示できる立場ではありませんがね……あとは、皆さまがたお一人お一人の、心持ちの問題でしょう。

――私の心も、貴殿と同じですよ……家名を守るため病死と偽り、不出来な愚息のみ罰し、切り捨て、知らぬ顔は、とても徹せそうにない。

――良心の呵責ですか。この傷は目に見えないものの、相当な痛手です。きっと遠くない未来、我々の命をおびやかし奪いかねない、重傷なのだ……当然の報いかもしれません。

――宮内大臣くないだいじん……残念ですよ。本日の邂逅は必ずや貴殿の政治生命を、縮める悪因となるでしょう。これは脅しでない、貴殿のまいた種なのです……覚悟なさい、光禄王こうろくおう

――れ者め! 戯言はそれで終わりか! わしは帰らせてもらうぞ! 無慈悲で暴虐な鬼畜どもと、莫迦ばか話を続ける意味はない! ご一同に忠告する! 後悔するのは貴様らだ!

 永く険しい父親たちの会合が、ようやく終わりを告げたのは、夜明け間近な五更ごこうなかばだった。

劫初内ごうしょだい】の禁裏府きんりふ天帝廟てんていびょう』から最初に現れたのは、長身の劫貴族こうきぞく高官である。

「それでは、皆さまがた。お先に失礼致します」

 戸口で振り返り、内部の賓客たちへ深々と一礼する紋絽もんろの詰衿式服姿、武礼冠ぶらいかんをかぶった強面こわもての壮年は、それから鶯張うぐいすばり回廊の端に待機する喝食行者かっしきぎょうじゃへ、ゆっくりと歩み寄った。

 涼やかな晨明しんめいの風で乱れた心を洗い、深沈しんちんたる面持ちでうなずく衛士府えじふ左大臣【竜王りゅうおう】。

 彼は懐から取り出した書状に、己の『玉佩五条ぎょくはいごじょう』をそえて、喝食行者へ手渡した。

「お使者殿、待たせたな。これが、我らの下した裁定です。まずはご確認のほどを……」

 喝食行者は、うやうやしく押し頂きながらも、やつれ果てた左大臣の相貌を仰ぎ見、わずかに口端をゆがめた。どこか愉しげな風だ。

「では失礼……左右衛大臣附少傳そうえだいじんづきしょうふ左竜王ひだりりゅうおうぎみ承知、十二守宮太保じゅうにすくたいほう酒司みきのつかさ』君承知、神祇府じんぎふ陵守太鑑みささぎもりたいかん』君承知、同じく養子についても実父より承知得たり、六官吟味方ろくかんぎんみがた隋申忠隊長官ずいしんちゅうたいちょうかん』君承知、刑部大臣附少傳ぎょうぶだいじんづきしょうふ『上位右判官』君承知、同じく婿入り先の秦家しんけ、南方治安部隊『総司令官』君からも承知得たり、禁裏内典薬方きんりだいてんやくがた『侍従長』君承知……これで終わりですかい? 一番大事な御方の名が、ひとつ足りないようですがねぇ……ああ、そういやぁ寸刻前、宮内大臣【光禄王】君は、随分とお怒りの様子で、足早にお帰りになられましたっけねぇ。交渉は決裂ですか? それじゃあ、やりづれぇな」

 喝食行者は、端整な眉根を寄せ、書状越しに左大臣の表情を見やった。

 左大臣は、鬱屈と顔色をかげらせ、ため息まじりに返答した。

「あの御方からは……ついに、承知を得られなかったのだ。どうか……お許し願いたい」

「へぇ……あなたは、それで許せるんですか? 実の息子を手にかけるほど、正義感に満ちあふれた、あなたが」

 喝食の鋭い追及に、左大臣は唇を噛んだ。

「許せる……はずがなかろう!」

 心の奥底からしぼり出した、悲痛な父親の叫びであった。

 喝食は微笑を消し、目をむいた。

「だったら答えはひとつだねぇ。あらためて問う。承知か、不承知か。はっきりさせろ!」

 立ち上がり、威圧的な怒声を放った喝食行者に、左大臣・竜王は、身を引きしめた。

 息子を思えば、今更、あと戻りはできないのだ。

 すべての責任を負う覚悟で、竜王は宣言した。

「全員、承知したと……【癋見べしみ朴澣ほおかん】に伝えてくれ! 私もすぐに、そちらへ向かう!」

 その言葉を聞くや、喝食行者は喜悦満面。血判の沙汰へ一筆加え、自ら捺印した。

「そう来なくっちゃ、話にならねぇ! では後刻、『十六夜亭いざよいてい』にて再会しましょうか! 雁首そろえ、お待ちしてますぜ! 竜王君!」

 美貌の使者は、預かった書状と玉佩五条を僧衣の懐に仕舞い、回廊を歩み去って往く。

 左大臣・竜王は、疲弊しきった表情で、力なく回廊に佇み、使者の後ろ姿を見送った。



 夜明け間近の『十六夜亭いざよいてい』は、水を打ったような静けさだ。

 障子戸を開け放した宴席広間には、今や陰惨な死臭だけが漂っている。

「口を開いてはいけないと、再三申し上げましたのに……本当、愚かな人たちですわねぇ」

 嬋娟せんけんたる衣装を着つけ、艶然と微笑したのは、閻浮提えんぶだい女祈祷師【阿礼雛あれびな】だった。雪洞ぼんぼりには再び燈火が灯り、茅の輪内部では異形男が元通り、朱糸で口をふさぎ、端座している。

 だが彼らの周囲には、死屍累々の地獄絵図が展開されていた。

 手足をがれ、面を割られ、内臓をぶちまけた骸で、宴席は血の海だ。

 死んでいるのは、朱茗しゅめい陬慎すうしん彩杏さいあん佑寂ゆうせき隆朋りゅうほうの五人……血刀をにぎり、放心状態で佇む殺人犯は、憐れな傀儡かいらい坊主・榮旬えいしゅんであった。

 鬼憑きのような忌々しい禍力かりきで、仲間を殺戮した彼の空ろな瞳は、生き人形に等しい。

 実は、榮旬を操り、凶行に駆り立てたのは、縹屋はなだやの怨霊でない。

操術屍毒針そうじゅつしどくばり』を彼のうなじに刺し、『惑乱調香術わくらんちょうこうじゅつ』で追い討ちをかけ、知らず知らずの内に、心なき〝木偶でく〟へと堕とした傀儡師は、すぐ背後で傍観していた。

 櫂翔雲かいしょううん夙圭琳しゅくけいりんである。

 そして麻那まな――彼女は圭琳の胸に顔をうずめ、広間で起こった惨劇に震えていた。そこへやって来た料亭主人・瓢馬ひょうまも、驚いたのは一瞬のこと。

 澄ました顔で、こんな軽口を叩く。

「なんと、まぁ! 気忙しい奴らじゃのう! 折角、那咤なたが持ち帰った血判の沙汰を、届けに来たっちゅうに、これでは意味がないわい!」

 血まみれの犯行現場に、巻紙を転がす瓢馬主人――いや、精巧に造られた瓢馬面を外して、真っ先に扮装を解いた男は【一角坊いっかくぼう】である。

 榮旬のうなじに『屍毒針』を打ち、正気を奪ったのも、実は【巫丁族かんなぎひのとぞく】破戒僧だった。

 彼の嘆きに、翔雲が肩をすくめた。

「俺は気が短ぇんだ。大体、こいつらは沙汰に関係なく、皆殺しと決まってたんだしなぁ」

 左大臣・竜王の子息……櫂翔雲に化けていたニセ者こそ、左半身が爛れた悪相琥珀眼の男……【鬼凪座きなぎざ】座長【癋見べしみ朴澣ほおかん】であった。

 彼もまた、櫂翔雲の死相を模写した面で、まんまと青年官吏たちをたばかったのだ。

 頭頂部でまとめた元結髷もとゆいまげを解き、詰衿長袍つめえりちょうほうを脱ぎ捨てた朴澣は、いつもの黒地腹掛け股引に藍染め単衣、派手な大ぶり継半纏つぎはんてんをはおって、悠々と煙管キセルを吹かし始める。

「しかし、座長の読み通りでしたよ。殺した五名の父王が捺した、血判と署名がここにある。最後の下手クソな加筆は……那咤の仕業でしょうね。一番の大物からは、ついに承知が得られなかったと見える。愚かしいことです」

 巻物の花押かおうを検分し的確に推測したのは、茅の輪内部でかしこまる、異形男タラク――ではなく、閻浮提『生口いきくち』と縹屋亡霊の二役を演じた面打ち師【夜叉面冠者やしゃめんかじゃ】である。

 茅の輪から出た【緋幣族ひぬさぞく】の赤毛鬼面男は、背負子しょいこを降ろし、不気味な異端者の扮装を解いて、普段の黒地道服へと、素早く着替えた。

 彼は、『幻魔鏡げんまきょう』と『惑乱香粉わくらんこうふん』を巧みに使いこなす幻術師でもある。

 夜叉面が次の間の板唐戸いたからどを開くと、そこにはもう一人男がいた。

 半裸で大黒柱に縛られ、猿轡さるぐつわまで噛まされた男は、広間の惨状を目撃し顔面蒼白だった。

 乱髪、充血した瞳、滂沱ぼうだの冷や汗にまみれているが、彼の顔は夙圭琳と生き写しだった。

「さてと、こちらの始末もつけねぇとな」

 朴澣のセリフに続き、榮旬の凄まじい悲鳴がとどろいた。

 なんと榮旬は、仲間を斬った凶刃をうなじに当て、己の首を刎ねてしまったのだ。

「うぐっ……ううぅっ!」

 酸鼻な地獄絵図に、半裸男は発狂寸前。

 下穿き以外身につけぬ彼は、近づく怪士あやかし一味に恐慌を来たし、慄いて、無様に失禁した。

 不気味な悪相琥珀眼の男、赤毛の醜貌鬼面男、一角生酔い破戒僧、冷酷な美貌の女祈祷師……そして〝夙圭琳〟と、料亭侍女の麻那。怪しい六人組は、次の間へと集結。
 おびえきり、青ざめた白皙はくせきを、完全包囲で睥睨へいげいする。

 半裸男は、血の気が引く思いだった。

 すると、今まで押し黙っていた圭琳が、半裸男の目前へ立ち、乱暴に猿轡をはぎ取った。

「助けてくれぇぇぇっ! 誰かぁ、早く来てくれぇぇぇえっ! 化け物だあぁぁぁあっ!」

 途端に、男はあらん限りの声で絶叫した。容赦なく、男の横っつらに張り手が飛ぶ。

 ビシッと鋭い音を立て、半裸男を黙らせたのは、驚くことに麻那であった。

 彼女のうるんだ瞳には、激烈な憤怒が渦巻いていた。

「ち、畜生っ! 阿婆擦あばずれ女に、ニセ者めぇ! よくも仲間を、騙し討ちにしてくれたなぁ! 貴様ら、俺が誰だか、判っているのか!? すでに殺した六人も、いずれ名のある高家こうけ出身! 貴様らの如き下賤のやからが、敵う相手ではないのだぞ! 貴様らは、もう終わりだ! 劫初内を、敵に回したのだからなぁ! りそこねた阿婆擦れ女も、俺に似せたニセ者野郎も皆、地獄へ道連れにしてやる! 覚悟しろよぉ!」

 縄目に次いで、侍女からの打擲ちょうちゃく、さらに怪士どもの理不尽な暴虐。

 堪えがたい辱めを受けた半裸男は、恐怖を忘れ、悔しまぎれに毒づいた。

 即座に圭琳が拳をふるい、黙らせる。麻那同様、彼の瞳も憎悪に赤く燃えたぎっていた。

 実は、半裸で大黒柱に縛られている男こそ、本物の夙圭琳なのだ。

 麻那を別室に連れこみ、陵辱せんと抱きすくめた直後、圭琳は何者かに襲われ昏倒してしまった。気づけば圭琳は、声も出せず、身動きひとつ叶わぬ状態で、この部屋のわずかな隙間から、信じがたい光景を見せつけられる破目となった。
 宴席に納まった代役、仲間たちをたばかり進行する芝居、奇異な閻浮提祈祷師の登場、不可解な交霊術と縹屋の怨霊、そして仲間六人の悲惨な死、怪士一味が仕組んだ最悪の殺戮劇だ。

「この期に及んで、親父の権威を振りかざすとは……いやはや、救いがたい阿呆じゃのう」

「莫迦は、死ななきゃ治らぬようですな」

「この手の人種には、虫唾むしずが走るな! さっさと黄泉路よみじへ赴かせてれ、朴澣! われはもう、斯様な女の姿には、辟易へきえきしているのだ!」

 巫族破戒僧、赤毛鬼面男に続いて、女祈祷師・阿礼雛が、妙に雄々しい口調で云う。

 煙管くわえた悪相琥珀眼男は、圭琳の前へ血判巻紙を広げ、さも愉快げに語り始めた。

「圭琳坊ちゃま。これがなんだか、判るかい? お前らに、死罪の沙汰を下した血判状だ。勘ちがい野郎に、恐ろしい真実を教えてやるよ。お前らが、ここで莫迦騒ぎしてる間、お前らの親父どもも【劫初内】禁裏府『天帝廟』にて、秘密会合を開いてたのさ。【刃顰党はじかみとう】の罪業を知り、処分をどうするかってなぁ。発起人は左大臣・竜王だ。櫂翔雲の親父さ。本物の翔雲は三日前、すでに親父の手で、成敗されてるんだぜ。で、竜王はこの件を話し合うため、召集をかけた。役職上お前らを、問答無用で捕縛するのはたやすかったが、それじゃあ【劫初内】役人の醜聞を晒すことになる。あそこで死んでる莫迦六人の親父連中に、お前の親父【宮内大臣・光禄王】も加え、処分方法を謀議してたってワケさ。つまりは、お前ら放蕩息子の祝宴と並行して、親父どもは苦渋に満ちた選択を迫られてたんだなぁ。不出来な息子の行状をかばって失脚するか、名誉の死罪を与えるか。沙汰が下り次第、署名血判の書状が届き、俺たち裏家業の掃除屋が動き出すと……そういう仕組みになってたのさ。で、これが結果だよ。お前の親父の署名血判も、ちゃんとある。親父連中は、さすがに賢いぜ。己の保身のため、お前らの尻ぬぐいは、御免こうむるってさぁ。お陰で、高家の体面は守られる。今宵ここで死ぬのは、あくまで【刃顰党】の凶悪犯。いずれ名のある高家お坊ちゃまがたぁ、病死ってことで落ち着く寸法さ。要するにだ。お前ら、っくに見捨てられてたんだよ。まぁ自業自得だし、哀れみなんざかけねぇぜ。数多の死者の慰霊にゃあ、お前も逝くんだからな。もう逃げられねぇぞ、夙圭琳!」

 大黒柱にパァンと煙管の雁首打ちつけ、朴澣は琥珀眼へ、鋭利な殺気をみなぎらせた。

 圭琳の頭は真っ白になった。意識が混濁、めまいがする。

〈親父が俺を放逐した!? いずれ正式に『夙家』へ迎え入れ、俺を跡目にすえると明言した親父が、一人息子を……切り捨てるって!?〉

 まさに青天の霹靂……衝撃的な宣告に打ちのめされて、圭琳はワナワナと震え出した。

 証拠の書名血判は、使者として参内した那咤霧なたぎりが加えた細工である。

 よく見れば、実父の花押か否か、判別可能なはずだが、たびかさなる凶事の連続に翻弄され、疲弊しきっていた圭琳には、看破かんぱすることができなかった。

 呆然自失の圭琳を小突き、座りこんだ朴澣。煙管を悠々吹かしつつ、話の先を続けた。

「お前の命終まで、あと寸刻。餞別代わりに、今度の芝居の種明かしでも、聞かせてやろうかい。まずは、奇術絡繰からくり【鬼凪座】のメンツを、あらためて紹介するぜ。俺は座長・癋見の朴澣だ。まぁ、監督兼演出家ってトコかな。もう大体のことは見知ってると思うが、俺たちぁ変装惑乱詐術が得意でねぇ。こちらにおわす『縹屋』の遺児お二人から依頼され、【刃顰党】の……つまり、お前ら八人の始末を、請け負った闇の仕置き人だよ。これから赴く地獄詣で、【鬼凪座】の名を出すといいぜ。獄卒鬼ごくそつき連中の見る目も対応も、ちったぁ変わるはずだからな」

 見事、幼馴染みの翔雲役を演じきった怪士は、鬼業きごうに爛れた左悪相の琥珀眼を炯々と光らせ、ニヤリ北叟笑ほくそえんだ。珍しい二重虹彩に金環の黒瞳こくどうと、端麗な右白面との対比が惨たらしさを強調している。

「私の名は夜叉面冠者です。本業は面打ち師でしてね。斯様な鬼面から、生前の形骸模写までこなす『幻魔鏡』の主……実は私の方こそ、真の霊媒師でしてね。あなたたちが面白半分に殺害した『縹屋』の亡魄を、この銅鏡へ召喚し、そのまま、彼の死相を面として打ち出した、と……まぁ、こういう仕掛けですよ。泥梨ないりへ先駆けた櫂翔雲の死相も、同じく私が面打ちし、座長にかぶせた次第です」

 赤毛から、二本の彎曲した角を突出させる道服姿の怪士は、禍々しい鬼面で素顔を伏せた、【死口夜叉しにくちやしゃ】の息子である。今回は逆に、閻浮提巫術師の『生口』として登場した。

わしが扮した瓢馬主人も、同様じゃ。夜叉面のこしらえたヤツで、まんまと顔馴染のお前さんがたを騙してみせたワケじゃ。今頃、顔を盗られた本物の亭主や女将、母屋の給仕一同は、賓客たちも織りまぜて、面白可笑しく、酒宴で盛り上がっとる真っ最中じゃろうて。儂が自慢の『造酒鬼瓢箪さかつきびょうたん』で、蠱惑酒こわくしゅをたっぷりとふるまってやったからのう。なに、心配無用。お前さんがたの始末がつく頃にゃあ、みんな正気に戻って、普段通り活動し始めるはずじゃ。哈哈ハハ。おっと、申し遅れたな。儂は一角坊じゃ」

 瓢馬主人に化けた【巫丁族】の怪士は、酒瓢箪を豪快にあおり、呵々大笑かかたいしょうする。伸びた剃髪無精髭、垢染みた直綴墨衣じきとつすみごろも、朱の胴丸どうまるに十文字槍が、いかにも破戒僧然としている。

「吾は【顰篭しかみごめの宿喪すくも】だ。普段はこんな姿ではないのだが、人鬼交わり産み落とされた忌子ゆえ、体質が月齢に作用されるのだ。今宵の宴席、本来の姿を披露できなかったのが、唯一の心残り……まぁ、貴様らには、いい目の保養となったろう。最期の宴だからな」

 閻浮提祈祷師・阿礼雛に扮した美少女は、男っぽい口調で、驚くべき正体を明かした。

 白装束に瓔珞ようらく、特殊な顔料で全身に綴った呪禁じゅごん、神々しいまでの美貌麗姿……その実体が、黒光る八尺巨体の半鬼人はんきじんだとは、誰知ろう。

 此度の舞台で、ついに姿を現さなかった獰猛な鬼獣は、意外な姿で出演していた。

「本当は、もう一人いるんだが……どこで油売ってんだか、那咤の野郎! まぁ、宿喪にとっちゃあ、好都合だよな。とにかく、にわか座員も加えた【鬼凪座】の死舞台、愉しんでくれたかい? 夙家の妾腹、莫迦息子殿!」

 朴澣の辛辣しんらつ舌鋒ぜっぽうが、屈辱にまみれた圭琳の心を、情け容赦なく引き裂いた。体中の骨がきしむほど、激しく身もだえする圭琳だったが、木蔦状きづたじょうの捕り縄は強靭で、ビクともしない。逆に暴れるごと、木蔦の締めつけは強くなる一方だ。圭琳はあえぎ、顔をゆがめた。

 悪あがきはかえって命取りだと気づき、圭琳は目前のニセ者を、今一度じっくり睨んだ。

 まるで鏡を見ているようだ。

「俺の衣服を奪い、同じ顔を作り、仲間たちを丸めこんだ、貴様は……一体、何者だぁ!」

 目前に佇む夙圭琳そっくりの男は、本物から面罵され、かすれた声でつぶやいた。


ー続ー

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