【鬼凪座暗躍記】-最期の宴-『其の九』(最終話)
――さぁさぁ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! 巷説世間を騒がせた、神出鬼没の夜盗一味【刃顰党】が、ついに捕縛されたよぉ! 影の功労者は『七宝屋』の生き残り! 発狂死したはずの宅守だってよぉ! この宅守、後難を恐れて、気が狂れたフリをしてたらしいんだが、刑部省に匿われ、身の安全を保障された上で、到頭【刃顰党】捕縛につながる重大な情報を明かしたそうだ! ところがどっこい情報に従って、刑部省配下治安部隊と、左衛士府の軍部が共同で向かった『十六夜亭』! ここで見つかった七人は、なんとすでに屍骸だったってんだからぁ、これまた不可解だぁ! 此度の捕物で、指揮を執った左右衛士府【左大臣・竜王】君によれば、酒席で生じた仲間割れが、相対死の原因になったってなぁご推察だが、それにしても奇妙な具合だよぉ! 鬼面一味の正体を廻っちゃ、俗説色々と噂にするが……はてさて、真実はどこにある!? 実は、この瓦版に載ってるよぉ! さぁ、知りたい御仁は、買ったり買ったり! 売り切れ御免! 一枚たったの十螺宜だぁ! どなたさまも、見ないと一生分の大損だよぉ!――
「「「「「唵縛鶏淡納莫……唵縛鶏淡納莫」」」」」
売り手買い手がごった返す、橋の袂の辻番小屋を、足早に通り過ぎる怪しい虚無僧一行。
天蓋に偈箱をかかえた五人組は、六字陀羅尼を唱えつつ虚空蔵門町・吉隠宿をあとにした。
やがて、朝靄に白く烟る冥加山麓の林道までやって来た虚無僧一行は、扮装を解いていつもの姿に戻った。
勿論、【鬼凪座】の鬼業役者五人組である。
彼らは、ねぐらへ向かう帰路、芝居の反省会を始めた。
まずは瓦版を手に、夜叉面冠者が云う。
「しかし、息子たちの遺骸回収に『十六夜亭』へ駆けつけた、【護国団】の驚倒ぶり……あれには、同情を禁じ得ませんでしたなぁ。庭先では山積みの屍骸が死火を上げ、広縁には生首七つがお出迎え……変わり果てた吾子と、対面させられた父親連中の悲嘆は、想像を絶するものだったでしょうね。しかも座長ときたら、物凄い剣幕で怒り狂う左竜王君に対し、またとんでもない悪口雑言を……
――おっ……おおっ! なんたることだ!
――いくら、大罪人とはいえ……酷過ぎる!
――信じられん! これも人のなせる術なのか!?
――癋見の朴澣! 貴様……この人非人め! やはり下賤の殺手になど、始末をまかせるのでなかった! たとえことが明るみになっても、我らがじきじきに処罰すべきだった!
――不服ですかい? 左大臣。俺たちぁ、あんたら莫迦親のメンツに、傷がつかねぇよう、上手くしとげたつもりですがねぇ……今更、阿呆面並べて、なにを気取ってやがるんだか。
――ほざくな、外道! 右判官殿の慟哭が聞こえぬのか! 同様に、彼らの首を持参すれば、嘆き悲しむ親御がどれだけいると思うのだ! このままでは帰さぬぞ! 貴様ら【鬼凪座】は、元より天下の大罪人! 叩けばいくらでも、埃の出る体だろう! 覚悟しろ!
――哈哈哈ァ! こいつぁとんだ茶番だぜ! 俺たちが何故、【刃顰党】の調査報告をあんたの元へ持ちこんだと思いなさるね? それは【劫初内】において、あんたが一番正義感にあふれた義侠の人だと、確信したからさ! あんたなら、事件を闇に葬り去るような愚行はしねぇ……まぁ、白状した翔雲を、自分の手で成敗しちまうたぁ、思いもしなかったがねぇ! けど、どうやら俺たちぁ、あんたのことも買いかぶりすぎてたらしいな、竜王君! 所詮、あんたも高家役人……宮内大臣と、大差はなかったワケか! あ~あ、がっかりだぜ! なにさまのつもりか知らねぇが、言葉に気をつけな!
――なにを、無礼者め! たかが殺し屋の分際で、えらそうな口を利くと承知せんぞぉ!
――なるほど、ついに本音が出たな! だがよ、それはこっちのセリフだぜ、おっさん! 【劫初内】のお歴々にゃあ、情の通った人間は皆無と見えるねぇ! てめぇら莫迦親の産んだクズ連中が、これまで殺した百余の人命なんぞ、チリに等しいってのかい!? 高家のお坊ちゃま八人の命に比べたら、物の数じゃねぇってのかい!? ふざけるねぃ! この唐変木めぇ! 本当ならな、てめぇらにも責任取らせ、ぶっ殺してやりてぇトコだぜ! それを阿呆息子の命八つで、勘弁してやったんじゃねぇか! 感謝もせず、逆恨みするたぁ、救いがたい下衆だな! それとも、人民の前で真実明かし、一命をもって謝罪するだけの度量と根性が、てめぇら役人にあるってのかよぅ! 大体、てめぇらの苦しみなんざ、理不尽に殺された民草の前じゃあ、犬のクソ以下だぜ! 堪えられねぇなら、莫迦息子追って自害しな! もっとも、そんなことしたって、民草の怒りが収まるはずがねぇ! いいか、能なし役人! 人民を甘く見てっと、【劫初内】なんざぁ、あっと云う間にブッ潰されるぜ! 判ったら、その醜い鬼畜の首持って、さっさと帰参するんだなぁ!
……内心、冷や冷やものでしたがねぇ。でも、胸がスッとしましたよ、座長。さすがの左大臣・竜王君とて、返す言葉もありませんでしたからなぁ。まぁ結局はこのように、瓦版で市井へ出回り、父王たちも無傷ではおれなくなったワケですがね。これもひとつの天譴とおぼし召し、【劫初内】も精々自戒することでしょう」
夜叉面が持つ瓦版には、【刃顰党】事件の真相が、詳細に刷られていた。
どんなに隠そうとあがいても、悪事は必ず露顕するものだ。
朴澣は、興味なさそうに鼻を鳴らした。
「いやはや……お前さんは、ホンに怖い物知らずじゃのう! 【護国団】の精鋭部隊を前に、あのような大見得を切るとは! そばで聞いとる儂らは、だいぶ寿命が縮んだぞ、座長!」
珍しく神妙な顔つきで、濁声を震わす一角坊だ。
瓢箪酒も、常より効果が薄く感じる。
『なにせお前の心臓には、毛が生えているのだろうからな。だがな……ああいう啖呵は時と場所と相手を見きわめ、よくよく考えて吐かねば、やがては命取りにつながるぞ、朴澣』
毛深さでは負けなしの宿喪ですら、思い返すたび、興奮して逆毛立つ修羅場だったのだ。
「それに、このまま縁切りにしてしまうには、なかなか惜しい人材でしたな。麻那はとにかく、圭旦の方ですよ。演戯力もさることながら、あの度胸……座長が、此度の芝居に彼を加えると云い出した時は、正直不安でしたが……なるほど、大した役者ぶりでした」
煙管の吸口で頭をかきながら、朴澣が答える。
「俺だって、気が気でなかったさ。だが、いくら説明したところで、圭旦も麻那も信じようとしねぇ。そんなら百聞一見、いっそ芝居に加えて、真実を己の目で確かめさせようと、考えたワケさ。かなりの大博打だったぜ?」
「確かにのう。万一奴らがしくじって、ボロを出したら即座に終幕。逆にこちらの身も危なかったろうな。だが奴らは見事、演じきった! 天晴れ、天晴れじゃ! 哈哈哈哈哈ァ!」
いつもの能天気さを取り戻し、呵々大笑する一角坊だ。
彼の隣では、那咤霧が不服そうに唇をとがらせている。最初の脚本では圭琳役を演じるはずだった那咤霧、にわか役者に出番と賞賛を奪われ、面白くないのは当然だろう。
だが、それ以上に彼をイラ立たせている原因は、まったく別のところにあった。
「あ~あ! いくら女客をもてあそんだところで、さっぱり愉しくねぇ! 役を譲るのはこの際、大目に見たとしても、せめて阿礼雛に一目逢いたかったぜ! あんな絶世の美女と姦れるんなら、他の女どもなんざ、もう要らねぇよ! なぁ……朴澣! 頼むから、彼女の居場所を教えてくれ! 早く想いをとげなきゃあ……つらくて、苦しくて、恋い患って、死にそうなんだ! 助けてくれよぉ!」
そう云うなり突然、朴澣の前へ土下座する那咤霧だ。憐れな泪目で、必死に哀願する。
自尊心の高い美男色悪が、まさかここまでするとは……よほど、想いつめているらしい。
朴澣と一角坊は驚き呆れ、互いの顔を見合わせた。
ヤレヤレと、頭をかかえるのは宿喪だ。
「つまり、阿礼雛が手に入るなら、もう他の女性には一切手を出さぬと、ふむ……どうでしょうね、宿喪。これも人助けと思い、那咤の宿願を叶えてやっては」と、含み笑う夜叉面の悪意に、宿喪がすかさず、辛辣な怒声を返した。
『勝手に死に晒せ! 放っておけば、想い患い死んでくれるのだろう! 女の敵が一人減るなら万々歳! それより夜叉面、余計なことをしゃべったら、貴様の首が先に飛ぶぞ!』
黒光る八尺巨獣の獰猛な半鬼人に、強烈な禍力邪眼で凄まれて、夜叉面は首をすくめた。
「うるせぇ、宿喪は黙ってろ! 醜い鬼畜の分際で、人の恋路に口をはさむなってんだ! 大体てめぇだって今回は、用なしの役立たずだったじゃねぇか! 俺を罵れる立場か!」
那咤霧の的外れな罵声に、四人は思わず失笑した。笑い上戸の一角坊に到っては、大袈裟に腹をよじる。普段は寡黙で無表情な宿喪も、今度ばかりは怒りもせずに笑い転げた。
「喂! 俺は真面目だぞ! てめぇら、みんなで俺を虚仮にしやがって! なにがそんなに、可笑しいんだよ! 朴澣! はっきり云え!」
朴澣は笑いを噛み殺し、激昂する那咤霧をなだめた。ニヤけ顔で、芝居の総括に入る。
「まぁ、とにかくだな。【刃顰党】は捕縛され、莫迦息子八人の病死届けも出たし、一件落着だよ、那咤。これで天凱府も、少しは平和になるだろうぜ。圭旦も光禄王との邂逅で、生き抜こうと決意したようだしな。麻那と夫婦になり、市井の片隅で幸せに暮らすだろうさ。奴らが惚れ合ってるのは、誰の目にも明らかだったモンなぁ。めでたしめでたしだ」
「そういうことですね。宮内大臣・光禄王の政治生命も、そう長くは続かないでしょうし、圭旦も情を断ちきり、市井に戻ったのは、賢明な判断でした。唯一の難点は、手間賃の少なさでしょうか……これも、致し方ありませんが」
「へっ! 金なんざこの際、どうだっていいぜ! 麻那か……あいつも結構、いい女だったよなぁ。歳のワリに、初心で、童顔で……奴らは今頃、閨の中か……啊っ、クソッ!」
那咤霧は、淫靡な閨事の想像を勝手にふくらませた挙句、恥知らずな雄叫びを放った。
「阿礼雛の裸踊り、見たかったぜぇぇえっ!」
「儂だって、見そこなったんじゃぁぁぁい!」
『黙れぇ! 二人まとめてひねり殺すぞぉ!』
那咤霧に続き、一角坊、宿喪の叫哭が、木霊と化して深山渓谷に反響した。
朴澣と夜叉面は、こみ上げる笑いを抑えられなかった。
やがて奇妙な木霊だけを残し、【鬼凪座】五人組の姿は、濃密な朝靄の中へと消えた。
さて、後日談である。
朴澣が示唆した通り、圭旦と麻那は一年後、晴れて夫婦となった。
取り壊された大店跡地に、小さな商家をかまえ、再び働き始めたのだ。
二人で力をたずさえれば、『縹屋』を再興させる日も遠からず訪れるだろう。
一方で、夜叉面が予測した通り、宮内大臣・光禄王は、部下だった十二守宮太保『酒司』の告発で、不正の数々が露顕。政局は乱れ、ついに失脚、【劫初内】から追放された。
それから三年後……天凱府外れの古びた草庵で、ひっそりと余生を送っていた老大臣は、誰に看取られることもなく、七十年の生涯を終えたという。寂しく憐れな末期であった。
また、夜盗【刃顰党】事件に端を発し、市井のあちこちで頻発していた暴動一揆も、収束へ向かいかけた頃、凶賊の正体を知る高官たちが、【劫初内】で相次ぎ謎の死をとげた。
高家貴族だった真犯人をかばったため、数多の死霊に祟られたのだと一部ではもっぱらの噂だったが……その裏で暗躍した【鬼凪座】の存在は、誰にも知られることはなかった。
ー完ー
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