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【鬼凪座暗躍記】-最期の宴-『其の七』

劫初内禁裏光禄王家本邸於父子邂逅之段ごうしょだいきんりこうろくおうけほんていにおけるおやこかいこうのだん

――光禄王こうろくおう! 若さまがお戻りになりました!

――おおっ、待ちかねたぞ、圭琳けいりん! 無事でなによりじゃ! しかし寿命が縮んだわい!

――お久しぶりでございます、光禄王君。

――なにを他人行儀な……哈哈ハハ。けどまぁ、此度は災難であったな、圭琳。まさか、悪友どもが夜盗一味として捕縛……いや、すでに処罰されたらしいのう。実は過日、左大臣・竜王りゅうおうから招請を受けてな、例の、愚息連中の父王六名も同席じゃ。愚にもつかん会合じゃよ。まったくもって、莫迦莫迦ばかばかしいの一言! 呼び出した親御衆の前で、次々と胡乱うろんな証拠品やら、生き証人やら提示してはな。わしらの息子たちが共謀して、【刃顰党はじかみとう】なる凶賊に化けた上、恐ろしい蛮行をかさねておったと云うのじゃ! だが儂は信じなかったぞ!

――何故、信じようとなさらなかったのです? それとも、己の地位がおびやかされるような不始末は、信じたくなかったのですか? 光禄王君。

――け、圭琳!? なにを云うか! だが……それでは……お前も【刃顰党】の一味だったと、認めるのか!? 悪い冗談であろう、圭琳!?

――いいえ、これが真実です。【刃顰党】は修得したばかりの剣術を試すため、自分勝手な憂さ晴らしのため、罪なき人々を理不尽に殺戮した鬼畜外道! どんな理由をつけても到底、許される所業ではありません。左竜王君の下した判断こそ、最も賢明でした。

――な、なんという……愚か者めぇ! お前は儂にとって唯一人の跡継ぎ息子なのだぞ! 正妻は女子しか産めぬまま、産後の不手際が祟り、二度と子供が産めぬ体になってしまった! それゆえ妾腹ではあるが、お前を儂の跡目として正式に迎え入れる準備段階だったというのに……いや、しかしお前はこうして生きておる! そうだ……儂が例の血判状に、筆を入れんかったからじゃ! 圭琳……貴様、命拾いしたのう! だが今後は儂の手元におき、今までのような放埓ほうらつなふるまいは、断じて許さんぞ! おおかた悪友どもにそそのかされ、凶行に引きこまれたのだろう? とにかく、ことはすべて片づいたのじゃ! 他の父王どもは早まったな! まことに吾子あこの身が可愛いなら、多少の悪ふざけには目をつむるべきじゃった! 奴らがのちのちどんな脅しをかけてこようと、儂の全権を行使してでも、莫迦親連中を【劫初内ごうしょだい】から叩き出してやるぞ! 所詮、死んだのは、市井しせい民草たみくさではないか! 踏もうが、むしろうが、蹴散らそうが、あとからいくらでも生えて来る雑草じゃ!

――それが、あなたの本心ですか! 民草あっての国家です! 我らをないがしろにするような愚王では、人民の上に立つ資格などない! あなたは遠からず失脚するでしょう!

――き、貴様……云わせておけば、圭琳! 元はといえば貴様が起こした不祥事のせいで、儂らは苦境に立たされたのだぞ! この親不孝者め! ただいまの言葉、即刻撤回せよ!

――今にして思えば、圭琳も憐れな奴だった。かえって私の方が、幸せだったのかもしれない。

――なにを、わけの判らんことを云っておる! 圭琳は、お前ではないか! 大体、先刻から何故、儂を親父殿と呼ばんのだ! しっかりしろ!

――よく見てください。私は圭琳でない。【刃顰党】に……つまり、双子の兄・圭琳が指揮を執る、凶賊一味に斬殺された『縹屋はなだや』の息子・圭旦けいだんです。あなたが、御家騒動を恐れて、生後間もなく引き離した……圭琳の弟ですよ!

――なっ……なにぃ!? そんな……哈哈哈! 真面目くさって、また、いつもの冗談であろう? お前は昔から、人をおちょくるのが好きな悪童だった! お前に双子の兄弟がいるなどと、そんな莫迦な話……聞いたこともないわい!

――では……本当にご存知ない、と?

――好い加減にせんか! 悪ふざけも大概にせんと、儂の堪忍袋の緒も限界だぞ! 此度の件では、それでなくとも辟易へきえきしとるのだ! 儂の顔にこれ以上、泥を塗ってくれるな、圭琳!

――ここの家宰かさいは、確か【漣少傳れんしょうふ】と申されたな、光禄王。まだご健在なら、彼がすべての事情を知っているはずです。お確かめください。

――まさか……そんなこと、あり得ん!

――どうぞ……ご確認を!

――……だ、誰か! 漣少傳をここへ呼べ!

〔寸刻後、渡殿わたどのを鳴らす足音、引戸が開く〕

――王君には、それがしをお呼びとのことで、

――漣少傳か、入れ! そなたに、どうしても確かめたいことがある! 正直に申せよ!

――はっ! 失礼致します!

――早速だが漣少傳。綾音あやねが男児を出産後、最初の報告をしに来たのは、そなただったな。綾音も産婆も死んだ今、当時のことを知る者はそなただけだ。ゆえに聞く! 綾音が産んだ男児は、まこと圭琳一人だけだったのか? よもや……双子の男児ではなかったのか?

――はっ!? 突然、なにを仰いますか! しかも若君の御前おんまえで……綾音さまがご出産なされた男児は、こちらの圭琳若君、唯一人でございます!

――漣少傳殿……『縹屋』の名に聞き覚えは?

――『縹屋』……ですと!?

――私は……『縹屋』の圭旦です。

――圭旦……いや、まさか……そんな!

――漣少傳、はっきり答えよ! そなた『縹屋』の名に、確かに聞き覚えがあるのだな?

――本当に、本当に……圭旦さまで!?

――本人が、そう申しておる!

――おおっ、なんたること! 上! 圭旦さま! どうか……どうか、お許しください! 上の大切な御方といえども、綾音さまはあくまで妾妃……その腹から双子の男児は禍根の源と考え、それがしの一存で、あとから生まれた片方の男児を、里子に出しました! すでにお察しの通り……劫初内出入商人の中でも、とくに裕福かつ信頼のおける、紺屋こうや元締め『縹屋』へ、圭旦さまを預けることと決めたのです!

――漣少傳、それはまことか! うぬ、貴様! この儂をもたばかり続けたわけだなぁ!

――御家大事と熟慮した結果の決断でした! しかし先頃、その『縹屋』が襲撃されたと聞き及び、内心気が気ではありませんでした! 上! 圭旦さま! どうぞ、この愚臣に、存分な処罰をお与えください! すべて浅はかな老爺ろうやの不始末、甘んじて受け容れます!

――では……あ、綾音は、本当に双子を……圭琳に、双子の兄弟がいたなんて……け、圭旦よ! そなた何故、今ここに? 圭琳は一体、どこへ往ったのだ? まさか……お前!

――圭琳は死にました。【刃顰党】の首領として、罰を受けたのです。首を断たれ、体はすでに焼却処分されました。身分は隠し、あくまで下賤の夜盗一味としてね……ですから、あなたの体面が穢されることは、ないかと存じます。それも、現時点での話ですが……。

――ああっ! 上! どうか、お気を確かに!

――死んだ……圭琳が、処罰された……そんな莫迦な! ううっ、おのれ! 竜王めぇ! 裏切りおったなぁ……ゆ、許さんぞぉぉおっ!

――見苦しい! 刀をおきなさい、光禄王!

――き、貴様も一緒になって、圭琳を……自分の兄弟を蹴落としてまで、儂の跡目を継ぐつもりだったか! それとも、財産が目当てなのか! 斯様な仕打ちを受けて尚、この儂が、貴様を許すとでも、思っているのかぁ! ふざけるなぁ!

――斬りたければ、どうぞ私を斬りなさい。私は劫初内へ上がり、あなたと接見すると決めた時から、いつでも死ぬ覚悟はできておりました。圭琳のフリをして近づいたのは、あなたを試したかったのです。もし、あなたが、まことに民草の命を慈しんでくださるなら、私は圭琳の身代わりとして、あなたに成敗されてもかまわないと考えておりました。しかし、こうして逢ってみて、あなたという人間の本質がよく判りました。むしろ、あなたのような人非人にんぴにんの手元で育てられた圭琳の方が、ずっと憐れだった。私は漣少傳殿……ご老人の配慮のお陰で、幸せな人生を送って来られました。心より感謝致します。さぁ、宮内大臣くないだいじん。早く狼藉者を斬り捨てなさい。これでようやく、殺された父のところへ逝ける。死んだ皆にも、顔向けができる。早く……圭琳のニセ者を、殺しなさい!

――圭旦よ……そんなこと、できるわけがない。綾音に、圭琳に、よく似たそなたを……手にかけることなど、儂には……とてもできん!

――若君が亡くなられた以上、圭旦さまは上の唯一人の嫡男です……虫のいいお願いかとは思いますが、どうかこのまま劫初内に留まり、父王を助けて差し上げてください! すべての咎は、この白髪爺にあります! お父上はなにも知らなかった……圭琳若君に対しても、ご公務の忙しさから、なかなかかまってやれず……常に負い目をいだいておられました! その結果、あのように心根のひねくれた青年に、生い立ってしまわれたのです……それはひとえに、傍仕えの侍従が責任……つまりは、私めの責任です! 圭旦さま! 漣少傳、一生のお願いでございます! どうか、どうか光禄王のおそばに……圭旦さま!

――私の父は『縹屋』唯一人です。夭逝ようせいした母も、私を可愛がり、実の娘と分けへだてなく、育ててくれました。この藍染長袍あいぞめちょうほうは元服の折、父がこしらえてくれた物。その時、私は本当の父親について、出生秘事を聞かされました。そして『縹屋』父は、いずれ私が実の父君との邂逅叶う時、粗相のないようこの藍染長袍を着て劫初内に上がりなさいと、私に云ってくれました……優しい父でした。慈悲深く温厚で、誰からも愛される人でした。

――圭旦……儂は今まで、なにも知らず……啊! こんなむごい引き合わせが、あるか!?

――あなたの苦悶も、もっともです、光禄王……けれど、圭琳が犯した凶状は事実。あんな優しい父を、あなたの育てた圭琳が、無慈悲に殺害したのです。だから私は、ここに残るつもりなど毛頭ありません。権威も、財産も、私にとっては無価値なのだ。それより……もっと大切な人が、私の帰りを待っているのです。私を斬る気がないのなら、私は今まで通り市井の民草に戻ります。どんなに踏まれても、むしられても、蹴散らされても、決してくじけず、雑草のように生き抜いてみせます!

――圭旦……待ってくれ、圭旦! 儂にはもう、お前しかいないのだ! 圭琳に代わって、どんな償いもする! だから……頼むから、年老いた父を、見捨てて往かないでくれぇ!

〔追いすがる大臣。引き止める老家宰。だが青年の足取りに微塵の迷いも生じなかった〕


ー続ー

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