『欠落のまほろば』ーアウトレンジep0ー
わたしは、気配に敏感なほうだと思う。
街に渦巻く音の中から、風が電線を通過する音を聞けるし、隣のビアホールに勤める女性たちが一斉に騒ぎ立てると、一人一人、誰なのかわかる。
また、目覚めは決まって窓の外の鳥だけれど、それは鳴き声ではない。羽ばたく音で、それがカラスなのか、ハトなのか、それとも稀にやってくるメジロが目覚まし時計になってくれたのか、そこまでわかってしまう。
そして今も、ヘッドホンをして音楽を聴いていると、ストリングスの渦の中に、コトリと、外の郵便ポストに手紙が入る音が割って入り、わたしはヘッドホンを耳から外して立ち上がった。
配達員の足音が遠ざかるのを待ってポストを開けると、速達の手紙だった。それを手にとって、わたしは意外だと思った。
差出人は、小さな字で、森宮サリナ。その五倍もありそうな大きな文字で、あて先にわたしの名前、大庭美影様、とある。
意外、というのは正確に言うと、サリナさんからの”手紙”が意外なのだ。
サリナさんは、わたしより一つ年上の二十四歳。三カ月ほど前に発生した不幸な事件で、母親と弟さんを亡くしてこの街を去り、山沿いの村に引っ越してしまった。以来、連絡はいつもメールか電話、写真はシャメである。住まいが遠いとはいえ、いつも連絡し合っているお友達なのだが、”手紙”という通信手段は初めてだった。
「サリナさんって、かわいい字書くのね。イメージにピッタリ」
サリナさんの書く文字を初めて見たわたしは、通信手段が発達すればするほど、人の輪郭が朧になってゆく不思議さを感じる。”目は口ほどにものを言う”というけれど、字だって口ほどにものを言うと思うのだ。
ふと、サリナさんの丸っこい文字の中にある、小さな震えに気がついて、わたしは封を開けた。
『美影ちゃん、元気? あたしは元気。こっちにもだいぶ慣れたわ。近くのお年寄りがとても親切にしてくれて、免許返納したから車使っていいよって。それでね、美影ちゃんとドライブしたいな~ なんて思ってさ。もし時間あったら、来週遊びにきなよ。久しぶりに会いたいなぁ。駅まで車で迎えにいくから!』
と、あった。
「サリナさんったら、いつもどおりメールでいいのに」
今の暮らしは、良い人々に囲まれているのだと安心するとともに、メールで済む用件だとも思った。しかも、文末には記号を使った絵文字でニコニコマークを手書きしている。そもそも携帯電話では絵が描けないため、発明されたのが絵文字ではなかったか?
ますますメールでいい。
思わずクスリと笑った矢先、テーブルにポロリと厚手の紙が落ちた。
見ると、一週間の期限内であればいつでも乗ることができる、列車の往復切符。期間は、来週いっぱい。
つまり、文面には、”もし時間あったら”とあるが、その部分は”なにがなんでも”と、読み替える必要がある、ということ。
そして、わたしの職業、人相占いの来週の予約は…… ゼロ、だった。
※※※
「美影ちゃーん!」
「サリナさん、ひさしぶ……」
挨拶を返すいとまもない。プラットホームに降りると、サリナさんは矢を射るような速さで駆け寄ってきて、次の瞬間、わたしはサリナさんの抱擁の中にいた。
わたしは肉感のある胸部に押し付けられながらも、挨拶の続きをモゴモゴと言う。いつまでも離してくれないサリナさんの顔を見上げると、垂れ目がちの、優しそうな瞼をぎゅっとつむり、わたしの髪の毛一本一本を指先で舐めるように、撫でている。アイシャドウをした目尻からわずかに、涙がにじみ出ていた。
プラットホームを行き来する人々が、わたしたちの様子を見て小声で話している。サリナさんもそれに気がついたのか、我にかえって抱擁を緩めたので、わたしは顔を離して、
「サリナさん、お招きいただきありがとうございます。しかも切符まで送ってくれて…… うれしいです」と、言った。
「あたし、無性に美影ちゃんに逢いたくなっちゃって、ちょっと強引かな、なんて思ったけど、送っちゃった」
3ヶ月ぶりに見たサリナさんは、少しやつれたように…… いや、肉が落ちたというのではなく、潤んだ瞳や、少しぎこちない笑顔からくる寂しそうな印象が、やつれたように見えたのかもしれない。そこには、自撮りやメールの文字では伝わらない、サリナさんの姿があった。
「もっと早く来ればよかった」
罪悪感の一滴が心に落ちて、わたしがそう呟くと、サリナさんは首を横に振る。
「いいの。来てくれたから。車、駅の駐車場に停めてあるの。いこ?」
わたしたちが改札口へ歩きだすと、その様子を見ていたのか、初老の駅員さんがほほえましげな表情を向けている。
わたしは少し気恥ずかしくなって俯こうとした矢先、駅員さんの笑顔の背後に、ベッタリと張り付く、影があった。
「死相っ? あのっ、駅員さん、ちょっとお話が…… えっと、なんて言ったら…… とにかく事故に、気をつけて」
そう言った瞬間、駅の構内放送が叫んだ。
「電車が入りますっ、白線の内側に下がってくださいっ、2番ホームの人っ、内側にっ!」
2番ホームは、わたしが降りた向かいのホームだ。駅員さんが振り向くと、今にも線路に身を投げようとしている女性がいた。でも、その女性に死相は見えない。
駅員さんは慌てて女性に駆け寄った。他に駅員はいない。
そして、女性が飛び込む寸前に駅員さんは追いつき、女性の腕を掴む。すると、
女性が、ニヤリと、薄気味悪く笑った。
女性は、息を切らしている駅員さんの肩にしがみつくと、もろとも線路に飛び降りようとしたのだ。
次の瞬間、駆け出したのはわたしだった。
2番線に入ってきた列車が金切り声のような金属音をたてて急ブレーキをかけるが、間に合わない……と、わたしはえいっ、と二人に体当たり。三人ともホーム側に倒れた瞬間、列車が滑り込んだ。
そのころになって、他の駅員が集まってくる。身投げしようとした女性は真っ先に立ち上がって逃げようとしたが、駆けつけた鉄道警察官に捕らえられた。こうなると自殺未遂ではなく、殺人未遂だ。そして連行されて立ち去るそのまぎわ、
「もう少しで道連れにしてやれたのに……」と、呟いた。
初老の駅員さんは腰砕けに座り込んだまま、立ち上がったわたしの両手を握って、何度も頭を下げる。わたしの手に、彼の涙が落ちていた。駅員さんはふと顔を上げると、言った。
「あなたは命の恩人です。なんとお礼を言っていいのか…… ところで、あの女性が飛び込む前に、わたしに”事故に気をつけて”とおっしゃいましたよね? なんで、わかったんですか……」
わたしは、答えに窮した。
わたしには幼い頃から、人が死ぬ前兆、つまり”死相”を見る忌まわしい能力があるのだ。人相占いとは全く別のチカラで、その論理はわたしにも説明ができない。ただ、死を間際にした人の背後に、影ができるのだ。その影が濃いと、死が迫っていることを経験上知っている。しかし、それを話して理解してくれる人は少ない。わたしの母でさえ理解に苦しみ、わたしを拒絶したくらいだ。
困っていると、
「駅員さんっ、ケガなかった? よかった! 立てますか?」
死相の唯一の理解者、サリナさんがそう言って、座り込んでいる駅員さんに肩を貸そうとする。駅員さんは慌てて立ち上がり、
「いえいえ大丈夫です。自分で立てます。よっこいしょっと」
駅員さんにケガが無いことを確認すると、サリナさんは、「美影ちゃん、行こう?」と言って、わたしの手を握り、改札を出た。
わたしは平静を装っていたが、突然のことで少し足元がおぼつかない。
サリナさんは、わたしの腰に手を回して支え、ぴったり寄り添ったまま、わたしのスピードで駐車場まで導いてくれた。
「サリナさんの家、近いんですか?」
「うん、30分くらいかなぁ。えっと、車どこに置いたっけ…… あったこれこれ。車、コレなの。美影ちゃん乗って?」
「えっ? 確か、サリナさんからの手紙で”近くのお年寄りが免許返納して”って書いてあったから、普通の乗用車かと思っていたのだけれど」
見ると、4シーターではあるが、後席が狭い2ドアのスポーツカー。マニュアル車でしかも、6速である。
「すごいでしょ? FRだから峠のワインディング楽しかった~ 一本道だから、そこ通るしかないのよねぇ。じゃ、約束通りドライブドライブ! はりきっていくぞ~」
サリナさんのハイテンションとはうらはらに、わたしは、すでにイヤな予感がしている。
周囲を見ると賑やかな街並みで、サリナさんから聞いていたような、山沿いの村落ではない。
「サリナさん、察するに、行く方角は東ですね? 東側にしか山々は見えません。また、”峠のワインディング”とおっしゃいましたね。峠というのは、山を越える道のことです。ということは、東の山を越えた向こう側にお住まいがあるということ。民俗学者の柳田国男は”峠を越える道は、野宿を避けるため、急な勾配でも最短距離で作られる”と書いています。つまり急坂であるのが普通です。また、サリナさんは一本道とも言っていたので、迂回路は無く、さらに、ここからあの山を越えるのに30分で到着するとは思えないので、まさか、まさか……」
「さっすが”エデンの人形事件”を解決した名探偵、美影ちゃん。遠慮しないで乗って乗ってホラ」
「わたしっ、駅の近くでホテル探そうかと思って、ちょっサリナさんっ」
さっきまでの優しいいたわりはどこへやら。わたしは助手席に押し込められ、レーシングカーのような、4点式のシートベルトを装着させられた。そして一息つくヒマもなく、サリナさんは突如エンジン全開、車はホイルスピンさせながらロケットのように飛び出した。
「うひっ!」
「どうしたの美影ちゃん、カワイイ声出しちゃって」
「カワイクありませんっ! それより、スピードをゆるめてっ」
「大丈夫よぉ、6000回転ぐらいじゃ壊れないから。8000まで余裕で回るわよ」
「エンジンの心配なんてしてまウグゥぅっ!」
わたしはレカロシートに押し付けられ、左右のGに揺さぶられ、後輪が滑る感覚に手をバタつかせた。
「サリナさんっ! 急カーブですよっ!」
「美影ちゃん見ててっ、ブレーキ、ステア! サイドブレーキ! 逆ハン、これがドリフトよぉっ!」
「ひぃぃぃっ!」
車はスキール音を鳴らしながらその場でターン。そしてコーナーの出口を向くと、急加速した。
「サリナさん、わたしに死相、出てませんか……」
「そういえば少し青ざめてるわね。これが死相なの?」
「それは、キモチワルイだけです」
「そう、頂上に見晴台があるから、ちょっと休む?」
「ぜっぜひ」
そして、車は誰もいない駐車帯に高速で突入し、ドリフトしながら、駐車ラインピッタリに止まった。
「ドリフト駐車大成功っ! すごいでしょ、あたしカッコイイ? あれ? どうしたの、ぐったりしちゃって」
「わっわたし、お手洗いに……」
足のふらつきようは、駅での出来事の比ではない。サリナさんは、また優しくわたしを支え、一緒にお手洗いに入る。ハンドルを握るサリナさんとは別人格だ。
出ると、バス停が目に留まった。
今のわたしには、それが天の助けに思えた。サリナさんが近付いてくる。
「どうしたの? おトイレから出たと思ったら、バス停にしがみついちゃって」
「わたし、ここから先はバスで行きますから」
サリナさんはニッと笑って、時刻表を指差した。わたしは見て、愕然とする。
「冬季運行停止? しかも最終運行日は昨日まで…… まだ12月初めですよ? 運行停止するには早いです、ねぇそうでしょう!」
「このあたりは、もう冬支度なの。諦めて。それにね、あとは下るだけ。楽しいのはこれからなんだから」
「みっ民俗学の権威、柳田国男によると、峠道は野宿を避けるため、急な勾配で……」
「わかってるってば。あたしだって峠道の権威なんだから。さっ、下りは気合入れるぞぉ~」
サリナさんはそこで運転用の白い手袋をすると、その手で優しく半泣きのわたしを支え、また助手席に押し込んだ。
※※※
わたしはサリナさんの肩を借りてやっと車を降りると、そこには杖をつき、白髪を短く刈り込んだおじいさんがいた。
「森宮さん、今帰ったかぁ。大変なんじゃ…… おや、そちらは?」
腰くだけ状態のわたしにかわり、サリナさんが元気よく紹介してくれた。
「おじいちゃんこんにちは! こちら、お友達の大庭美影ちゃん。しばらく泊まって行く予定だからよろしく~ 美影ちゃん、こちら向かいの家……と言っても100メートルも離れてるけど、そこにお住まいの高城さん。この車の持ち主よ。いっつも親切にしてくれるの」
この人が手紙にあった”親切なお年寄り”らしい。わたしは、車酔いを抑え、精一杯の笑顔を作って会釈したが、相手は少し戸惑うような表情を見せたあと、小さく頷いただけ。
一瞬垣間見たその表情から、わたしを歓迎していないことが見てとれた。人相見という職業柄、人の表情に敏感…… と言うのは強がりになってしまう。
正直に言うと、子供の頃に死相が見えたと言い続けたため、わたしは避けられ、叱られ、罵られることが多く、人のネガティブな表情の多様性について脳裏に焼きついている。
それは、相手が表情を取り繕うほど、わかってしまう。
その点、サリナさんは全く取り繕うことをしないので、わたしはかえって気を回すことがない。また、死相も理解しつつも、冗談のネタにするなどサラリと流してしまうので、付き合いやすいのだ。
高城さん、と紹介されたおじいさんの後ろからは、そのつれあいと思われるおばあさんが、やはり杖をつきながら急ぎ足でやってきた。
「おじいさん! サリナちゃん戻ってきたのっ? 伝えてくれた?」
その声でおじいさんはハッ、とした様子で、サリナさんに言った。
「そっそうじゃ、サリナちゃん、あんた、上田さんといさかいあったじゃろ? あの、採掘業者の社長の……」
サリナさんは、声を大きくして言った。
「いさかいどころじゃないわよ。アイツ、いっつもあたしに絡んできて困ってたの。お尻は触るし、この前なんてあたしんちの玄関先で郵便ポスト覗いてたんだから。勝手に郵便物開けられたこともあるのよぉ。キモすぎぃ……」
そう言って、サリナさんが身震いして見せたとき、サリナさんの家の影から、ぶっきらぼうな男の声がした。
「ほほう、それが動機ですか」
見ると、ハーフコートを着た男が歩いてくる。
おじいさんは、声をひそめて「実はその上田社長、殺されたらしいんじゃ」と言った。
サリナさんが驚きの声をあげ、わたしの車酔いは一気に覚めた。
「警察のものです」
相手は私服、すると刑事らしい。男は名乗らず、サリナさんの顔をジロリと見てから、すぐに視線を車に移した。
「あんたが、森宮サリナさんね。車のキー、渡してもらえますか。あー、持ち主の高城さんには了解とってありますんで」
そして、サリナさんが差し出したキーをかっさらうように奪った後、サリナさんの手を見て、「手袋、ですか。それで凶器に指紋が無かったと」そう、聞こえるような一人言を呟く。
サリナさんはただ、戸惑うばかりだ。わたしは、その刑事に言った。
「そんな言い方、失礼だと思います。それに、手袋は車に乗ったときにしたもので、その前は素手でした」
「あんたは?」
そう言って刑事は、凄みをきかせてわたしを睨んだつもりのようだった。でも、そんな視線は子供の頃から慣れている。わたしは刑事の瞳孔の奥まで見るような視線を返すと、相手の視線がフイと逸れた。
「わたしは、大庭といいます。サリナさんの友人です」
サリナさんは、わたしの声で落ち着きを取り戻したのか、少し震えた声を刑事に投げつける。
「美影ちゃんはただの女の子じゃないんだからっ、”エデンの人形事件”を解決した名探偵なのよっ!」
すると、刑事は目を見開いた。
「えっ、あの有名な事件を? そういえば、一般女性からの有力な情報と協力によって解決したと内部文書が回ってたな。確か、協力者の名前は”大庭”…… あんたが? すると、そっちの県警とも懇意で…… 探偵だったんですか。いや失礼」
「いえ、探偵ではなく……」と、言いかけたところ、サリナさんが胸を張って言った。
「そうよ、すごいでしょ! あたしの親友なんだから」
「アンタがすごいワケじゃないだろ。いずれにせよ、アンタは限りなくクロに近い容疑者に変わりはない」
「よっ容疑者ってナニよっ!」
刑事は、抗議を無視して車に近付くとドアに見向きもせず、トランクを開ける。そしてサリナさんに鋭い視線を向けて言った。
「トランクのシートの下に血痕あり。また、男性のものと見られる短い頭髪が数本。明らかに持ち主のものではない。高城さんはご夫妻ともに白髪だからな。森宮さん、これ、誰の頭髪なんですかね?」
「あっあたしが知るワケないじゃないっ!」
「まぁ、そう興奮しないでくださいよ。署でお茶でも飲みながら、ゆっくりお話していただけませんかね?」
わたしはたまらず、サリナさんと刑事の間に割って入った。
「トランクの血痕や頭髪だけで、サリナさんを疑うのはおかしいと思います。そもそもサリナさんの車じゃないはずだけれど」
刑事が答える。
「車のキーを持っているのは森宮氏だけなんですよ」
「でも、スペアキーがあれば……」
刑事は、わたしが言葉を終えるのを待たずに言った。
「いや、それも調査済みでね。この車のキーは半電子キーというヤツでして。メインキーは差し込んで回せばエンジンがかかるんですが、スペアキーを使う場合、メインキーの頭についている電子回路を密着させて差し込まないと、エンジンがかからない仕組みなんですわ。紛失したときのスペアじゃなく、メインキーが曲がったとか折れたときのスペアなんですな。つまり、合鍵を作ってもメインキーが無いとエンジンがかからない。よって、エンジンをかけることが出来るのはメインキーを預かっていた森宮氏のみ、ってワケで」
「わたしは、サリナさんに招かれて来たのよ。手紙だってあります。人を殺そうとする人が、友人を呼ぶなんてありえないと思うのだけれど」
「カモフラージュ、捜査撹乱という目的があるかも知れませんな。また、友人を呼んでおけば、嫌疑を受けた際に擁護してもらえる、とか。今、大庭さんがやってるようにね……」
わたしは出かかった言葉を飲み込む。サリナさんに容疑をかけるのは全くの筋違いであることはわかっているけれど、サリナさんを庇えば庇うほど、刑事の疑いが深くなると感じたからだ。
刑事はサリナさんに視線を移し、「では森宮氏、ご同行願えますかね。そうそう、当面の泊まりの用意をどなたか……」
高城のおばあさんが、サリナさんに歩み寄って、優しく言った。
「サリナちゃん、着替えとか必要なものは届けてあげるからね」
半泣きのサリナさんは顔を引きつらせ、小さな声で言った。
「みっ美影ちゃん、こんなことになって、ごめんね…… あっああたしっ……」
わたしは、いつかしたように、サリナさんの背中を撫でながら言った。
「わたし、ここに残ります。警察の方は何か勘違いしているようですから」
サリナさんは顔を上げて、「あっありがとっ、これ家のカギ。渡しておくから」と言ってから、おばあさんに「いつも親切にしてくれてありがとう。でも必要なものは美影ちゃんに頼むから、大丈夫」と伝えている。
刑事が無線に一言呟くと、その合図を待っていたかのようにパトカーとレッカー車がやってくる。
もちろんパトカーはサリナさんを連れて行くため、そしてレッカー車は証拠の車を押収するためだ。それは、わたしにとっても、サリナさんの容疑を晴らすために必要な証拠だけれど、どうにもならない。
わたしに出来ることは…… 今にもパトカーに乗せられようとするサリナさんに駆け寄った。
「サリナさん、すぐに疑いを晴らしますから」
ひきつった笑みを返すサリナさんの頬をつたう涙を、わたしがハンカチで拭いたとき、パトカーのドアがバタン、と閉じた。
※※※
(貸家に一人住まいと聞いていたから、もっとこじんまりしたイメージだったのだけれど)
サリナさんの家は一階建ての古風な日本家屋で、古い農家を改装したものだ。
鍵を開け、アルミサッシの戸を開くと、土間の玄関がある。右手に靴箱があり、土まみれ運動靴と長靴の横に、綺麗に磨き上げられたハイヒールがあった。
(車を降りてからここまで舗装されていなかったけれど、どこで履いたのかしら?)
わたしは、違和感を覚えて思わずハイヒールを手に取った。もし、サリナさんが外で履いたのなら、運動靴のように土が付いているはず、と思った。しかし汚れたところは無く、靴の裏だけが土や髪の毛、小さな紙切れなどで汚れている。ふと足元を見ると、土間にポツポツとハイヒールのかかとの跡があった。
ドアを開いて外を見たが、ヒールの跡は無い。
察するに、玄関でハイヒールを履いては、ビアホールに勤めていた日々を思い出していたのではなかろうか?
靴箱の上には、小物を掛けるフックがあって、そこに小型のキーがぶら下がっている。
(ん? スクーターのカギかしら)
そう思ってよく見ると、押収された車のメーカー名が刻印されている。
(これ、刑事の言っていた半電子キーのスペアだわ。すると、普段はメインキーも一緒にかけてあった、ってことよね。無用心だけれど、この地域では盗む人もいないのかしら? 家もまばらだし、盗んだらすぐにわかっちゃうものね)
わたしは、一人小声で「おじゃまします」と呟き、靴を脱いだ。まずは、宿泊に必要なものを届けなければならない。
障子を開けると、純和風の古民家という外見に似つかわしくない、ピンク色の多い部屋がある。
しかし、二段のディスプレイラックの上段に、冥界に続く穴のような、小さい仏壇があった。
そこには、サリナさんの母親と、わたしも面識がある、弟さんの写真がある。
わたしはまず、二人に手を合わせて黙祷する。
それから、着替えを用意しようと部屋を見回したが、どこにもクローゼットや箪笥が無い。ところが、押し入れを開けると、そこにプラスチック製の収納箱があった。手前にセーター、奥にブラジャーなどの下着類がある。
以前、わたしはサリナさんに勧められ、寄せて上げるブラを買ったことがある。それと同じものを見つけて、思わず手に取った。
その他パンティ、シャツ、ジャージ、靴下、パジャマ、タオル、スマホの充電器などを袋に詰める。
(枕が替わると眠れないっていうし……)と思って、ベッドの枕を取ると、枕カバーから一枚のポートレイトがこぼれ落ちた。
どこかで見たような人…… と思ったら、それもそのはず、わたしだ。ガード下の占い店の中で、仕事着の黒い衣装姿で座っている。裏返すと、『妹にしたい~』と、例の丸っこい字で書いてあった。思わずクスリと笑ってから、わたしの指先に朱色の顔料がついているの見て(写真のインクが落ちたのかしら?)と、少し焦る。
写真はスマホからプリンター出力したもの、だから染料が落ちた、と思ったのだけれど、どうも違うらしい。よくよく写真を見ると、わたしの姿に重なるように、薄く口紅がついている。
わたしは一人っ子なので、世の姉妹がキスをするのかどうかわからないけれど、とりあえず写真を枕カバーの中に戻し、見なかったフリをしようと決めた。と、それどころではない。
とにかく必要物品を袋に詰めて外に出ると、警察署の場所を聞くために、100mほど山側の、高城家に向かった。
高城家までやはり未舗装で、深く掘られた車の轍に足を取られないよう、注意して歩かねばならない。道路わきには、草ぼうぼうの畑が耕作されないまま広がっているが、家に近付くと、こじんまりと、胸の高さに棚が組んであり、地面には枯れ葉が重なり合うように落ちている。キュウリでも栽培していたのだろうと思った。
高城家はサリナさんの家とは対照的な、今風の二階建て。新築という雰囲気ではないが、大きな家だ。
わたしは、チャイムのボタンを押した。
応対に出てきたのは、おばあさんだった。
「あんた、サリナちゃんの友達の…… まだいたのかい? あたしゃてっきり事件が起きたから帰ったのかと」
おばあさんはそう言ってから、わたしの持っている大袋を見て、合点が入ったように頷く。
「ああ、サリナちゃんへの届け物を持ってきてくれたんだね。預かっておきますよ。用件はそれだけだね?」
「いいえ、それではお手を煩わせてしまうので、わたしが届けます。それで、警察署の場所を教えていただきたいと思ってきたんです。それと、ハイヤーの電話番号も……」
それは、わたしがここに留まることを意味している。
おばあさんの笑顔が消えた。
「いいんだよ。荷物をよこして。あんたはさっさと帰ったほうがいいよ。こんな事件に巻き込まれちゃ、ロクなことはないよ。それに占いじゃ、サリナちゃんがなんで上田さんを殺そうとしたかなんて、わからないだろ。ほれ、荷物をこっちに……」
そう言って、手から強引に奪い取ろうとするところ、わたしは素早く背後に荷物を隠した。
「駐在所で聞いたほうが早いかしら?」
駐在所の場所もわからないが、行き会った人に聞けばわかるだろうと思った。
おばあさんは、一度奥に引っ込むと、ハイヤーの電話番号を書いた紙切れを差し出し、「警察署の場所は、運転手に聞けばわかるだろ。それより、荷物を渡したら帰ったほうがいいよ」と、言った。
「ご好意感謝します」
わたしは、丁寧にお辞儀をする。その頭を上げたときにはもう、玄関のドアは閉まっていた。
(歓迎されていないようね。ムリもないけれど。それにしても、おじいさんはどうしたのだろう。おばあさんは玄関から続く廊下に隣接した部屋から出てきた。もし誰かいるのなら、扉を開けた際にテレビやラジオの音や、『誰だろう?』とか、一言二言聞こえるはずだし、膝をくずしたり腕組みをするのだって着衣がスレて”気配”になるはず。なのに……)
わたしは考えを巡らせながら、砂利道を戻ってゆく。
「きゃ……」轍に足を取られてよろけたとき、ふと地面を見ると、乾燥して干からびた小さな実が落ちている。横を見ると、来るときに見た、キュウリの棚。
わたしは、足元から未成熟で枯れ落ちた実を数個拾い上げると、(今日中にサリナさんの疑いは解けそうだけれど、問題はそれからよね)と、希望を見いだして携帯電話を取り出し、ハイヤーの番号をプッシュした。
※※※
「うわあああぁぁぁんっ!」
サリナさんは、わたしに抱きつくと同時に泣きじゃくった。
その背後には、刑事が観察するような目でわたしたちを見ながら、言った。
「大庭さんの地元の警察に確認入れたところ、”大庭さんの意見は極力聞き入れたほうが、早く解決できる”とのことでして。取り調べの途中で面会を許可するなんて普通、無いんですがね、今回は特別です」
「それはどうも」
わたしは、サリナさんの髪を撫でながら、なるべく優しく、諭すような口調でサリナさんをなだめる。
「サリナさん、疑いは晴れますから、そんなに泣かないでください。でも、家に帰るのが遅くなるか早くなるのかは、サリナさんの落ち着き次第なんです。だから、ね、サリナさん。涙を拭いて」
「うっうっ…… ほんと? 帰れる?」
サリナさんはしゃくりあげながらも涙をこらえて、わたしを見つめている。
サリナさんの涙とアイシャドウ、ルージュ、ファンデーションの混合した液体をハンカチで丁寧にぬぐうと、少女のような顔立ちになった。
わたしは、幼い子供と破ることの出来ない約束をするように、「ええ、必ず」と言う。
サリナさんは、続ける。
「早く帰りたい理由、もう一つあるの……」
そこで声をひそめる。
「駅員さんを道連れにしようとした、女の人、いるのぉ…… 怖すぎるっ」
「同じ警察署の所轄でしょうし、自殺未遂だけじゃなくて、殺人未遂だから連れてこられたんでしょうね。でも警察署内だからヘンなことはできないと思うのだけれど」
「あたしに危害は加えないだろうけど、同じ屋根の下にいるだけでゾッとしちゃって。それにね、あのヒト、警察官に”高城さん”って呼ばれてたのよぉ。もしかすると、おじいちゃんかおばあちゃんの関係者かも」
そのとき、取調室から正気とは思えない女性の金切り声があがり、サリナさんの身体がビクンと震える。
わたしは、刑事に聞いた。
「取調室にいるのは、どなたでしょうか?」
「大庭さんには関係ない」
「おじいさん?」
わたしがやや強引に聞くと、サリナさんが「美影ちゃん、例の女の人よ」と訂正するような口調で言ったが、刑事は驚いたように一瞬目を見開き、喉仏がまるで頷くように上下する。が、言葉では何も答えない。しかし、カマ掛けに対する回答としては、それで充分。
わたしは、サリナさんに向き直って聞いた。
「サリナさん、どうしても確認したいことがあるんです。一つは、高城さんにわたしのことを話しましたか?」
「ううん、話したことない」と、即答する。わたしは質問を続ける。
「もう一つ、おじいさんかおばあさんは、サリナさんの家にくるのかしら?」
「うちの前のお庭には時々来るけど、家に入ったことはないわ」
「玄関にも?」
「うん、お茶でもどうぞ、って招いたこともあるんだけど、遠慮してるのか、入ってこないのよ」
「他に入った人はいる?」
「ここ決めたときの不動産屋さんだけ」
「どんな人?」
「40歳くらいの男の人。パンチパーマの面白いオジサンだった」
刑事は、メモを取ってはいるが、さほど重要視していないことは、その表情からわかる。
わたしは刑事に言った。
「サリナさんを容疑者にした根拠は、”犯行に使われた車のキーは、サリナさんのみが使用できる”ということでしたね?」
「そうです。車にかぎりませんが、犯行に使われた物品が犯人しか使用できないものであり、そこに被害者の遺留物があるならば、その物品の所持者が犯人と判断するのは常識ですよ。証拠がある限り、いくら泣いても、同情するほど警察は甘くはない」
わたしは、その言葉に笑顔を返す。わたしだって、ケンカを売られて黙っているほど甘くはないのだ。
「では、今からサリナさんの家に同行願いますか? あなたが確信を持っている、その証拠とやらが本物かどうか確かめに行きましょう」
刑事は眉間に皺を寄せたが、わたしたちの様子を見ていた警官の一人に、「おい、警邏車まわせ」と言った。
※※※
わたしは、刑事と二人、サリナさんの家の玄関にいた。
「刑事さん、そのハイヒール、舗装されていない屋外で履いたとは思えないのだけれど?」
「そりゃそうでしょう」
「刑事さん、ハイヒールの裏に何かついてますよ? あら、髪の毛ですね。しかもストレートの白髪。ヘンですね。サリナさんは、パンチパーマの不動産屋さんしか来なかったって言ってたのに。侵入の痕跡とみていいですよね? ねぇ、刑事さん?」
「そっそうですな……」
「あら、靴箱の上には、車のスペアキーがかけてありますね。すると、同じ場所にメインキーもあったのかしら? ほら刑事さん、教えていただけませんか? どうされました? 黙ってしまって」
「……はいはい、そう考えるのが自然だとおもいますよっ!」
(そろそろカンベンしてあげようかしら)
「そうですか。それなら、サリナさんを解放していただけますね」
「”森宮氏以外に車を使った人間がいるかもしれない”という、可能性を示されただけで、森宮氏が犯人ではないという証拠には……」
呆れたわたしは、考えを変え、トドメを刺すことにした。
「家宅侵入の形跡があるのは明らかです。そこまでして車のキーを盗む理由は? この場合、家宅侵入された被害者はサリナさんよ。加害者より被害者を疑うのかしら。刑事さん?」
「しかし、キーが盗まれた証拠にはならないでしょうが」
「もちろんです。しかし、犯人がこの場所にいて、キーを見たことは事実だと思います。窃盗目的だとしたら、何か無くなっているはずなので、サリナさんから訴えがあるでしょう? でも、一時的に盗み、それを元の場所に返しておけば盗まれたことに気がつかない。そんな盗みをして犯人に得があるモノは? ほら刑事さんの方がプロなんですから、もうわかるでしょう?」
「車のキーを盗んで、ガイシャを殺し、元に戻すことによって森宮氏に濡れ衣を着せる……」
「さすがですね。それで、サリナさんは?」
「とりあえず釈放します……が! 完全にシロときまったワケではありません。なぜなら、力の弱い老人じゃあ無理ですよ。ガイシャはがっちりした体格です。それに刺創は正面から肋骨を通って心膜腔を破り、心臓に達していた。いいですか、よく刑事ドラマで”心臓一突き”なぁんて死因がありますが、心臓は肋骨や筋肉に包まれていて内臓の中でも一番丈夫な臓器でして、現実にはそう簡単には貫けないモノなんです。拳銃自殺で自分の心臓撃った人が助かった、なんてことは昔からよくあるくらいでね」
そこで刑事は、刃物を構えるような身振りをして説明を続けた。
「腕の力だけじゃあ、心臓まで刺さりません。やるとすると、こう、刃物を正面に構え、刃を水平にして、勢いをつけて自分の体重をかけ、ガイシャに体当たりする、って感じじゃなきゃ。しかも、相手は無抵抗で静止している状態でないと難しいでしょうな。だから不意打ちが可能な、ガイシャに警戒されていない成人女性なら可能でしょうが、杖を常用しているお年寄りにはちょっと」
「”お年寄り”、ねぇ」
妙に丁寧な言葉使いになった刑事に、わたしの考えが伝わっていることを感じて、協力する気持ちになった。
「刑事さん、今、”杖を常用している年寄り”って言いましたね」
わたしは、土間を指さして続ける。
「この小さな窪みは、サリナさんのハイヒールです。この土間、土がゆるいのでクッキリと跡が残っています。でも、杖の跡が無いんです。白髪はあるのに」
刑事は土間を見つめたまま、自信なさげな声で言う。
「うむぅ…… それでも、お年寄りの力じゃ、心臓を貫くなんて」
「相手が無抵抗なら刺せる、っておっしゃってましたよね」
「それは、ガイシャが想いを寄せていた森宮氏だからこそ、ガイシャは無抵抗になるのであって」
わたしは、干からびた、二つの実を見せた。高城家の畑の側の砂利道でつまずいたときに、拾ったものだ。
刑事はまじまじとみながら「これは?」と聞く。
「高城さんの畑の脇道に落ちていました。毒物で弱らせたなら、お年寄りでも刺せると思いますか?」
「毒物? それはどんな?」
わたしは、答えるかわりにもう一度、手のひらの実を見せる。
「これ、なんですか?」
「ひとつはキュウリね。もう一つはひょうたん。同じ畑にあったものよ」
「えーと、それはどういう……」
首をかしげる刑事に、わたしは言う。
「あまり知られてはいないと思うのだけれど、ひょうたんは、毒物よ」
「しかし、ひょうたんを食べる人はいないでしょう」
「ウリ科の植物は、異種間で容易に交配して、その特性が遺伝するわ。それを知らずにひょうたんと同じ場所で栽培したキュウリを食べて、病院に運び込まれた人がいる、って看護師をしている母に、子供のころ聞いたことがあるの。そして、高城さんの畑は、まさしくその状態。刑事さん、ご自分の言葉、忘れないでね。”犯行に使われた物品が犯人しか使用できないものであり、そこに被害者の遺留物があるならば” ほら、続きは?」
「その物品の所有者が犯人…… つまり、このキュウリの毒が、被害者の体内から検出されれば…… いやしかし、畑にあったのなら、森宮氏だって入手できる可能性はある」
わたしは、その可能性を消す言葉を投げかけた。
「この地域は12月になったら冬支度だと聞いたから、二期作は無理だと思うのだけれど。つまり逆算すると……」
「冬支度?」
刑事は、不可解だと言わんばかりの顔をしたが、わたしが続きを話そうとすると、慌ててそれを遮った。
「あっ、続きは言わないでください。大庭さんの地元の県警から聞いてますよ。”大庭さんは、一見、事件に無関係のことを言い出すのが、事件の本質を突く前兆”だってね。それに、これ以上言われたら、刑事としての自信がグラついてしまって……いやそんなことはどうでもいい。ちょっと喋らないで下さいよ」
そして、こめかみを押さえながら、一言一言、搾り出すように言葉を続けた。
「大庭さん、”冬支度”って言いましたよね。しかし問題はキュウリの毒。キュウリの栽培、そして収穫…… 今は12月、”逆算”とも言ってたから、えーと、この辺のキュウリの収穫は、確か8月。うぅーーんっ…… あっ、森宮氏は”エデンの人形事件”直後に、ここに来たんですよね。時期は、確か9月。すると、収穫後だから、森宮さんが高城さんの畑に毒キュウリがあることを知る手立ては無く、よって入手する可能性は極めて低い…… そうでしょう? 合ってますよね?」
「さすがですね。わたしのような素人は足元にも及びません」
刑事の表情がパアッと明るくなる。これなら安心だと思い、わたしは、刑事に二つの実を手渡した。
刑事は受け取るなり、わたしを置いてパトカーに向かって走り出した。と、引き返してきて、「森宮氏の釈放と、遺体の再調査、どちらを先にしましょうか?」と聞いた。
「サリナさんは、わたしが迎えに行こうと思うのだけれど」
「そっそうですよね。じゃ、署まで一緒に」
「刑事さん一人で行こうとするから、唖然としました」
「いや手厳しい探偵さんですな」
パトカーはサイレンを鳴らしていないので、今は緊急車両ではない。だから制限速度で走っている。静かな車内で、わたしは今までずっと気に掛かっていることを聞いた。それは、サリナさんのいないところで、どうしても確かめたいことだ。
「刑事さん、証拠としてレッカーしたあの車、本当に高城さんのものなんですか? 見たところ、スポーツカーに乗るようなタイプには見えないのだけれど」
「ああ、あれは息子さんのクルマだったんですよ」
「息子さんいらっしゃったんですね。でも、”だった”ってどういう意味ですか?」
「ええ、実は、1年ほど前に自殺しましてね。今回のガイシャが経営している会社に勤めていたんですよ。高城の爺さんが言うには、息子さんの嫁が経営者と、ま、ガイシャなんですが、不貞の関係にあって、それが原因で自殺したって言うんですな。そんときも調べたのは私なんですが、その嫁は、そうそう、森宮氏みたいな、都会育ちの垢抜けた感じの女でね。違うところは、森宮氏は身持ちが堅いようですが、嫁さんの方はかなり多情でして、けっこうおおっぴらに関係を続けていたそうです。ガイシャが殺されてすぐ、その嫁さん…… そんときには息子さんは亡くなってるんで正しくは未亡人ですが、息子さんのマンションが駅前にあるんで、そこに移ろうとしたんですな。しかし、行ってみると、既に高城の爺さんが売り払った後だった。ま、嫁さんの自業自得なんですが、住む場所が無くなり、高城さんのところに戻るワケにもいかず、思い余って鉄道自殺をしようとして……」
もう、わたしは最後まで聞かなかった。
「刑事さん、サイレン鳴らしてっ! 警察署に急ぐのよっ!」
「えっ? どうしたんですかイキナリ」
「サリナさんの疑いはもう解けたでしょっ、なら、犯人は決まってるじゃない。それに、殺害の動機も刑事さんが今言った通りっ! 高城のおじいさんはその未亡人と一緒にいるんでしょ? 殺されるっ! すぐに無線連絡しなさいっ!!」
「は? なんで、未亡人が爺さんを殺さなきゃ……」
「バカっ、逆よっ!!」
刑事はわたしの叫び声で、ハッとして、無線機を手に取った。
「なにっ! たった今、包丁で? 救急車は? そうか、わかった。今向かってるところだっ。で、命には別状無い? そうか、悪運のつよ……いや、こっちの話だ。とにかく、爺さんを確保しておけ。お年寄りだから丁重にな」
刑事は無線を切ると、サイレンを鳴らし、アクセルを踏んだ。
「大庭さんのおっしゃる通りになりましたよ。でも、未亡人に命の別状は無いそうです。胸を刺されたようですが、肋骨で包丁は止まったそうです。高城の爺さんは刺した勢いで杖を取り落とし、転んだところを取り押さえました。事件は解決したも同然です。ご迷惑おかけしました。森宮氏……いや森宮さんには特に」
最初の殺人事件と、警察署で未亡人が刺されたことは、別件だと思うけれど、わたしは、何も言わない。
別件、ということは、犯人は別にいる可能性を残している。でも仮に別にいたとしても、おじいさんは自分がやったと自供するだろうと思っているし、たとえおじいさんが最初の事件の犯人でなくとも、わたしにはどうでもいいことだ。
なぜなら、わたしの目的は、事件の解決ではない。サリナさんの容疑を晴らせばそれでいい。
でも、どうしても、一言だけ、文句を言いたい。
パトカーの速度はさらに上がる。
わたしは急速に流れる景色を見ながら、「長い夜になりそう」と、呟いた。
※※※
わたしと、わたしの腕を掴んだまま離れようとしないサリナさんに、家まで送ってくれた婦人警官は、丁寧にお辞儀をして去っていった。
夕陽は山影に姿を隠そうとし、あたりが薄紅色に染まるとともに、サリナさんの怯えた表情にもすこし、血の気が戻ったように見える。
「美影ちゃんと楽しく過ごしたかったのに、ごめんね……」
「謝らないでください。一番つらい思いをしたのはサリナさんなんですから。でも、張本人には、わたしからちゃんと言っておきますから」
「犯人のおじいちゃんに?」
「いいえ、犯人ではなく、張本人です」
「ちょうほんにん……?」
サリナさんが首をかしげていると、玄関のアルミ扉を、弱弱しくノックする音がした。
「サリナさん、来たようですよ。”張本人”」
高城のおばあさんだった。
「あら、おばあさん、お待ちしてました」
わたしとサリナさんは、玄関を出ておばあさんを出迎えると、わたしは後ろ手で戸を閉めてお辞儀をした。
「あんたとサリナちゃんが一緒に来たということは、もう……」
「はい、サリナさんは即時釈放。そして、おじいさんは女性への傷害罪で拘留されていると思います。署内の事件ですから、現在警察は大鷺ぎですが、もうすぐおばあさんにも連絡が」
「だろうねえ。でも、ウチのおじいさんが最初の殺人事件の犯人って決め付けるのはどうかねぇ。そんなこと、できる人じゃないよ」
「わたしも、おじいさんには出来ないと思います。女性さえ刺せず、杖を取り落としてよろけて転ぶ人が、男の人を刺すなんて、無理です。たとえ、相手がククルビタシン中毒で苦しんでいたとしても」
「なんだって?」
おばあさんは、少し充血した白目に浮かぶ、敵意に満ちた瞳を、わたしに向けた。
「知ってますよね? ほら、ひょうたんの毒ですよ。キュウリに遺伝させて、被害者に食べさせた」
「なっナニを言ってるんだい?」
「”ナニを”って、おばあさんの畑にあった、キュウリのことですよ。被害者の男性をおびき出して、おそらくは”サリナさんのお誘い”というような口実で…… そして”サリナさんの手作り”とでも言って、毒キュウリをいれたお弁当を食べさせた。そして、計画通り、苦しみだした被害者を刺した……」
「美影ちゃんっ、おじいちゃんよそれ。目の前にいるのはおばあゃん!」
サリナさんがわたしの袖をツンツン引っ張りながら、一生懸命に指摘してくれている。
おばあさんはニコニコしながら言った。
「サリナちゃんのお友達の誤解を解かなきゃいけないねぇ。ちょっと中に入れてもらえないかい?」
サリナさんが扉を開こうとするところ、わたしは、
「ダメです」と語気を強め、言葉を継いで「おばあさん、証拠隠滅なんて無駄なことですよ。既に刑事さんには見てもらいましたが、正式に現場検証が終わるまでは入らないで欲しいのだけれど。特に、その杖で土間に跡でもつけられたら困ります」と言い、扉の前で両手を広げる。
そして、「おじいさんが罪を背負うと決めたことを、わたしは否定も肯定もしませんが、証拠隠滅はダメ。おじいさんの自白と玄関の証拠、警察がどちらを重要視するか、それは警察に任せるべきです。だから、今はもう演技は必要ありません。ほら、杖なんて使わなくてもいいですよ」と、ダメ押しをした。
おばあさんはポロリと杖を取り落とし、「どうする気なんだい」と、唇だけが動く。
その表情は動揺していたが、しっかりした足取りで直立していた。
「おばあゃん、足……」
サリナさんは目を見開いて、一歩引く。
わたしは、庭先にあった縁石に腰掛けた。サリナさんもまた、わたしの腕にしがみついて隣に座る。
そして、沈黙が5分間も続いただろうか。やっと、おばあさんがくぐもった声で話し始めた。
「いつから、疑ってたんだい」
「最初から」と、答えてから、「だっておばあさん、おじいさんと一緒に、あからさまにわたしを邪魔者扱いするんだもの。刑事さんと”エデンの人形事件”を解決したという話をした後には、なおさら」
おばあさんは「それだけの理由かい」と、言う。
わたしは続けた。
「まだありますよ。玄関の靴箱にあった、サリナさんのハイヒールの裏に白髪が付いているのに、土間に杖をついた痕跡が無いことです。でも、その時は侵入したのが、おじいさんかおばあさんかわかりませんでした。でも、おばあさんが言ったことを思い出したんです。わたしに『占いじゃ、なぜ殺したかわからないだろ』と、言いましたよね? 刑事さんはわたしを”探偵”だって思い込んでいるし、サリナさんはわたしのこと話してないって言うし。だから、おばあさんは、サリナさんの枕カバーの写真、見たんじゃないかって思いました。写真には、占い店で、占いの衣装を着たわたしが写ってる。だから、侵入したのは、おばあさん。もちろん、車のメインキーを盗み、犯行後にこっそり返しておいたのもね。侵入したにも関わらず、土間に杖の跡が無いことから、足が悪いフリをしているのは、おばあさん。すると、被害者を刺したのも、あなた」
おばあさんの動揺以上に驚愕したのは、わたしに寄り添っている、サリナさんだった。
「美影ちゃんっ、枕の写真、なんで知ってるのぉ!」
その声に、しばらくわたしは、耳がキーンとする。
「サリナさん、落ち着いて……」
サリナさんは顔面を真っ赤にして、「だって、だって、あたし、あの写真に、何度も、イケナイことを……」と繰り返す。サリナさんにとっては、事件よりもソチラの方がよっぽど重要らしい。
わたしは、「サリナさんの気持ちはわかりましたから……」となだめてから、おばあさんに向き直って訊いた。
「おばあさん、おじいさんと一緒になる前に住んでいた家、ここじゃないんですか?」
おばあさんは一瞬、息を飲んだ後、コクリと頷く。
「だから、合鍵を持っていたんですね」
また、沈黙があった。沈黙だったけれど、おばあさんの表情からは焦りや憎しみが消えて、穏やかに変化するのがわかる。
そして、おばあさんの背中に薄く影が見え、それが濃くなった。それは、すっかり日の暮れた中でも、はっきりと見える。
死相だ。
おばあさんは、力の抜けた声で言う。
「あたしはね、一人息子を失って、どうしても我慢ならなかったんだよ。でもね、もう……」
そんなことはわかってる。
わたしは、おばあさんに死相が出ているにも関わらず、蓄積した怒りを投げつけた。
「それは、刑事さんから聞きました。勤めている会社の社長が自分のお嫁さんと関係していて、息子さんは抗議もできず、それをいいことに、社長もお嫁さんもおおっぴらに関係を続けていた。苦しんだ末に自殺した息子さんの無念を晴らそうとする、おばあさんの気持ちは理解できます。相手を殺したいほどの恨みに同情さえしています。だから正直、殺人事件さえ、わたしにはどうでもいいの。事件の真相を警察に言うつもりもありません。おばあさんの言った通り、わたしはただの占い師なんです。今、容疑はおじいさんにかけられているけれど、それも含めて、刑事さんに任せればいい。それが、おばあさんやおじいさんの意図だったとしてもよ。でもね、わたしの友達に重罪を背負わせる人は、許せないのっ!」
わたしは勢いよく立ち上がる。
「だから、言わせてもらいます」
そして思いっきり息を吸い、「もう、サリナさんに辛い思いさせないでっ!!」と、叫んだ。
隣でサリナさんが「美影ちゃん、うれしい。でも、耳がキーンって……」と言っている。
おばあさんはにこやかだけれど、諦観しきった表情で呟く。
「安心しなさい。あたしはもう、そんなことできないから」
わたしは、深呼吸して気持ちを落ち着かせ、語りかけた。
「それでは、おばあさんはこれからも、元気で暮らしてくれるのね」
首をかしげるおばあさんに、わたしは続ける。
「もし、おばあさんに万が一のことがあったら、サリナさんが辛い思いするでしょう? サリナさんの部屋に侵入したのなら、見ましたよね? 母親と弟さんの…… それは、おばあさんにとって、サリナさんに濡れ衣を着せても家族が騒ぐことは無い……という確信にも繋がったのでしょうけど、ここに引っ越してくる以前、サリナさんはもう充分すぎるほど辛い目にあってきたことも、わかってもらえると思うのだけれど」
「ほんとうに、サリナちゃんには、わるいこと、したねぇ……」
俯くおばあさんの死相が、薄くなってゆく。
「それにね、息子さんの供養も必要でしょう? ”供養”って、亡くなった人を弔う意味で使うのが普通だけれど、残された人も、亡くなった人に囚われすぎずに元気で生きてゆく意味もあるそうよ。だから、亡くなった人も、生きている人もという意味で、”供に、養う”って書くそうです。だから、おばあさんにもしものことがあったら、息子さんの供養にならないわね」
「そうだねぇ…… 息子のことを想う人がいなくなったら、哀れすぎるしねぇ…… 美影ちゃん、だったね。あんたの言葉、よくわかったよ。これからは、恨みつらみ忘れて余生を過ごしながら、一人で罪をかぶるって言ってくれたおじいさんを待つことにするよ。まぁ、あの嫁も許すことにしようかね。さすがに懲りただろ」
わたしは、それを聞いて思い出した。今度はわたしが謝らなければならない。
「ねぇおばあさん、そのお嫁さん、というか未亡人? 駅で助けたの、わたしなのだけれど…… でも、死相は無かったから、飛び込んでも駅員さんだけが亡くなって、未亡人さんは助かったと思うし……」
そう、もごもごと言った。
おばあさんは笑って、「死相? ナニ言ってんだい。まぁともかくそうだったのかい。それはいいよ。自殺なんてされたら、恨みを晴らしたことにならないさね。おじいさんも悔しがったろうね。それに、駅員さんも助けてくれたんだろ? もし亡くなってたら、坊主憎けりゃ袈裟までって、そのご家族から、嫁の身内のあたしらまで恨まれてたかもしれないしね。礼を言っとくよ。ありがとさんね。じゃ、あたしはこれで。また遊びにおいで。あたしがタイホされてなければ、だけどね」
そう言って背を向けたおばあさんに、サリナさんが「おばあちゃん、杖、忘れないで」と言って、手渡した。
「もういらないよ」というおばあさんに、サリナさんは「ダメよ、刑事さんに疑われちゃう」と言う。
おばあさんは、「こんないい子に、あたしは……」と呟いて受け取ると、杖を支えにせず、手に持って、帰っていった。
※※※
……翌日。
わたしは、現場検証を終えた玄関先で、サリナさんにお辞儀をして、別れの挨拶をした。
「サリナさん、では、お元気で」
「お元気で?」と、サリナさんは言った。
「サリナさん、たまにはお手紙くださいね」
「たまにはお手紙?」と、返ってくる。
「健康に気をつけてください。こちらは冬支度、と言ってましたよね。寒いでしょうから」
「こちらは冬支度?」と、オウム返し。
サリナさんの言動だけは、先が読めないわたしなのだ。
わたしは目をパチクリさせて、瞬きひとつしないサリナさんの瞳を見た。
「あたしの推理によると、美影ちゃんはあたしをここに一人置いて、自宅に戻ると」
「えっ? ええ。だって……」
わたしの言葉が終わらぬうちに、サリナさんはマシンガントークを返してくる。
「だってもへったくれもないわよぉ、本気であたしを置いていくの? 昨日、”サリナさんの気持ちはわかりました”って言ってくれたのウソ? あたしを弄んだの? いいえ美影ちゃんに限ってそんなコトない。あ、わかった。来るとき、峠道で飛ばしたことまだ根に持ってるんでしょ! もうクルマもないし、そんなことしないわよぉ~ それに、ここは同い年の人がいなくて、オシャレにも身が入らないのよぉ。女子力が遠ざかるの。ハイヒール履けないだけじゃないのよぉ? メイクも手抜きになるし眉も描かなくなるし、腋毛の処理もしなくなるのよぉ。ホントよ見る?」
「遠慮します。でも、そんなこと言い出すということは、女子力が遠ざかっているのは事実のようですね。でもわたしの部屋、ワンルームだから二人はちょっと。シングルベッドですし」
「ワンルームでもいいから! ベッドなんて一緒に寝れば解決するじゃない。ねぇ美影ちゃん、殺人事件が起きた場所に居たくないのよぉ。わかるでしょ?」
「でも……」
サリナさんの気持ちはわかるけれど、わたしは祖母の家を出て以来ずっと一人暮らしなので、友人と暮らすなど考えたことも無い。お友達としてのお付き合いは出来ても、ルームメイトとして上手くいくのか、不安ばかりが脳裏をよぎる。
わたしが考え込んでいると、サリナさんが、何か思いついたようにニッコリ笑い、こう言った。
「美影ちゃん、今週の占いの予約は?」
「ゼロです。ちなみに、来週も」
「あたしを連れていってくれれば、家賃半額になるわよぉ? 美影ちゃんも言ってたでしょ? ほら、”供に養う”よぉ」
「ゼンっゼン、意味が違うのだけれど……」
しかし、家賃半額という言葉は脳裏に残った。半額になれば、つぎはぎだらけの占いの衣装を新しくできるし、店のカンバンも板にチョークで手書きじゃなく、ちゃんとしたものにできる。それに、店の扉はブルーシートなのだが、耐水性のあるオシャレな幕に変えることができ…… いや待て。問題はサリナさんと上手くやれるかだ。
わたしは、改めてサリナさんを見る。
明るい性格。美人。ひとつ年上。オシャレ好き。クルマの運転は乱暴。慌てやすい。泣き虫。わたしに死相を見る能力があることを知っている。
そして彼女は、そんなわたしのことが、好き。
サリナさんのことを考えれば考えるほど、”この人と上手くやれなければ、誰とも人付き合い出来ないのではないか”と思えてくる。
つまり、ひらたく言えば、わたしだって、サリナさんが大好きなのだ。
そう意識してしまったわたしは、自分の頬が紅潮する前に携帯電話を取り出して、大家さんに電話を入れた。
大家さんの答えは、こうだ。
「角部屋なら、二人で住めるわよ。でもね、そこ2部屋だけど、仕切る扉が無いのよ。そのかわり、家賃据え置きでいいから」
「ちょっと待っていただけますか? 確認しますので…… サリナさん、部屋に仕切り扉が無いけど、いい?」
「もちろんっ!」
「お願いします。はい、到着したらすぐ引っ越しします。本当にありがとうございます。名前は、森宮、サリナです。下の名前はカタカナで。はい、帰ったら早速ご挨拶に。では、失礼します」
電話を切ると、もうサリナさんは出発の準備万端だった。とはいっても、ハンドバッグひとつと、わたしが警察に届けた大袋を担いでいるだけ。
後は引っ越し業者にお任せするつもりのようだ。
頬にサリナさんの唇を受けながら(同性のキスってもっとキモチワルイものかと考えていたけれど、サリナさんのはそうでもないわね)と、思った。
「あたしの心のよりどころって、美影ちゃんだったのね。これからもよろしくね」
わたしは何か言おうとしたが、自覚できるほど顔が火照るのがわかり、適当な言葉が見つからずにいると、サリナさんが言った。
「いいのいいの。もう、その表情で美影ちゃんの気持ちは伝わってるから」
サリナさんを家に受け入れるのはわたしだけれど、わたしという、人そのものを受け入れてくれたのは、サリナさんだと思った。
「あっありがとう……」
わたしは、それだけ言うのが精一杯。
わたしとサリナさんは、一緒に歩きだす。
当初、歩きにくいと思っていた未舗装路は、とても柔らかく、やさしく、わたしたちの足取りを支えてくれている。
そして、始まる。
話し合ったり、折り合ったり、支え合って、惹かれあう、
わたしたちの、新しい生活が。
『欠落のまほろば』ーアウトレンジep0ー 終
『アウトレンジ ガード下のヘブン』に続く
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?