伝承の山
……人が亡くなると、山にゆく。
そんな伝承のある山があります。
十六歳で病死した弥太郎は、大の釣り好きでした。
母の初代は弥太郎を思い、悲しむあまり、病の床に臥せってしまいました。初代は息も絶え絶えでしたが、ふと目を覚ますと、こう言います。
「今、恐山の山門を通ろうとしたら、弥太郎がいたのです。『わたしもそっちに行くから。あなた一人じゃ母さん心配なの』と言うと首をふって、『お母さんはまだ早いよ。どうしても僕のことを思うなら、そうだ、釣竿と魚籠を忘れてきたから、山にとどけておいて』と言ってわたしを追い返すのです」
看病していた夫は、初代に言いました。
「じゃあ、届けてやろう。おまえ、弥太郎が来るのは早いって言うんだから、心配かけずに元気にならなきゃな」
初代は涙を一筋流すと、にっこりと微笑みを浮かべました。
そして二人は、弥太郎の大事にしていた釣り道具を恐山の湖に供え、山を降りていったとのことです。
昔のお話ですが、今も信じられていると思える光景が、そこにありました。
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