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神はサイコロを振らない

表題はアインシュタインの有名な言葉である。相対性理論はアインシュインが信奉していたスピノザの哲学から生まれたという。

アインシュタインは世の中の物事には全て法則性があって、それに則ってすべてが動くと考えていたため、このような比喩を使い彼に反論を唱える学者に対抗しました。このような間接的表現こそ、彼の生涯の哲学的な姿勢を表しています。

ユダヤ人であったアインシュタインは、航海中にユダヤ教の宗教指導者(ラビ)から電報で、「あなたは神を信じるか?」と質問されました。この時彼は、「私はスピノザの神を信じている。それは、この世界の秩序ある調和の中に自身をあらわされる神であって、人間の運命や行動にかかわる神ではない」と返信しました。

哲学者スピノザは、汎神論を唱え人格神を否定しました。万物は、「神の本質的な性質」があらわされたものであると考え、自然界を支配している法則の美しさと合理的な統一性の中に神があらわされていると唱えたのです。

このように、万物に神を認める汎神論的で審美的なスピノザの哲学を受け入れていたアインシュタインは、自然を支配している物理法則の中に統一的な調和を見出すことを目指していました。

哲学徒でも物理学者でもないごく一般の歴史に関心を抱く一市井人の私としてはこの概念はとても大事だと思われる。

19世紀末には、すべての物理的現象は、物体の運動を扱う「ニュートン力学」と光(電磁波)を扱う「電磁理論」によって完全に説明できるはずと考えられていました。ところが、力学と電磁理論は互いに矛盾し、両者が調和していないことが問題視され、謎とされていました。アインシュタインはこれを解決して、自然界に統一的な調和をもたらすために相対性理論を作り上げたのです。

アインシュタインは、16歳の少年時代から、力学と電磁理論の間に矛盾があることに気付いており、この問題を10年間熟考したことによって相対性理論が生まれたと自ら語っています。

理論が観測データに先行する

その後、英国の科学者が計画した皆既日食に関する観測を通して相対性理論の正しさが証明され、アインシュタインは一躍世界的な有名人になりました。観測データから理論が作られたのではなく、理論からそれを支持する観測データが集められたのです。

ところがアインシュタインが相対性理論を作ったのは、「マイケルソン・モーリーの実験」と呼ばれている有名な実験によって得られた「謎の結果」を説明するためであったと多くの書物や教科書に書かれています。

確かにアインシュタインはこの実験結果を知っていました。しかし実際には、彼は審美的な哲学に基づいた動機から相対性理論を作り上げ、その結果としてこの「謎の実験結果」が説明されたのです。

事実(データ)から理論が作られるという常識的な科学観は、少なくとも相対性理論のケース(哲学→理論→データ)では通用しません。

「懐疑主義」哲学からも触発された相対性理論

相対性理論は、人類の自然観を根底から覆しました。相対性理論によって、空間と時間は絶対的なものではなく、それを観測する人の場所と運動状態によって変わる、つまり相対的であることが示されたからです。

ニュートン力学では、宇宙は観測者がどんな状態にあっても変わらない「絶対空間」が存在し、その中に永遠に不変な「絶対時間」が流れていることが前提とされています。

アインシュタインの時代には、私のような無学なものでさえ、リンゴの落下から万有引力の在り方を証明したニュートンは子供時代から尊敬すべきす偉人でした。

当時からニュートン力学は、絶対空間と絶対時間は自明の真理とされていました。当時のこのような常識をアインシュタインが超克できたのは、彼が学生時代から、伝統的な観念やドグマ(教条)を批判したライプニッツ、ヒューム、マッハらが唱えた懐疑主義的な哲学に傾倒していたからでした。

特に物理学者であったマッハは、経験(実験、観測)や感覚で確かめられないものを排除すべきであると考える実証主義哲学の先駆者でした。

彼は、絶対空間と絶対時間は存在することを実証できないので、これらを排して力学を構築すべきだと主張したのです。

このような懐疑主義や実証主義哲学に触発されていたため、アインシュタインは、当時広く受け入れられていた空間と時間の概念を打破して画期的な相対性理論を打ち立てることができたのです。


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