おもしろくないけど負けない戦略
[要旨]
三菱電機は、かつて、野間口氏が社長を務めていたとき、半導体事業を大幅に縮小しましたが、パワー半導体だけは、不採算部門であったにもかかわらず、残す決断をしました。なぜなら、パワー半導体事業は、エアコンやエレベーターなど、他の事業の基幹部品として使われ、大きなシナジー効果を生み出すと考えられたからです。その結果、同社の業績回復に大きく貢献しました。
[本文]
今回も、前回に引き続き、経営コンサルタントの遠藤功さんのご著書、「経営戦略の教科書」を読んで、私が気づいたことについて述べます。前回は、経営資源の配分にあたっては、対象とする事業が身の丈にあったものであるか、また、自社の組織風土や組織力に合致しているかで判断することが大切であり、例えば、花王は、いったん、情報関連事業に進出し、1,000億円まで育てましたが、自社の組織風土に合わないと考え、参入から12年後に撤退をしたということについて書きました。
これに続いて、遠藤さんは、遠藤さんの古巣である三菱電機のかつての事業の選別について述べておられます。「(2002年に三菱電機の社長に就任した)野間口氏は(中略)、次々と事業の選別を進めて行きました。拡大一辺倒で注力してきた欧州における携帯電話事業から撤退したことを皮切りに、DRAM事業の売却、システムLSI事業の切り離しなど、『捨てる』を断行したのです。
一方、『強いものをより強く』の方針の下で注力したのは、FAやエレベーター、自動車部品などの『強い市場競争力があるにもかかわらず、“スター選手”扱いしていなかった』地味な事業です。これらの事業は、比較的、競争相手が少ないことに加えて、海外で成長する余地が大きい。そこにチャンスを見出したのです。こうした『選択と集中』の実践において、野間口氏の判断が評価されるのは、『儲からないから切る』というような、短絡的な事業撤退はしなかったことです。
例えば、半導体事業は、大幅に縮小しましたが、パワー半導体だけは、当時、不採算部門であったにもかかわらず、『残す』決断をしました。FAや電力関連の製品に組み込まれるパワー半導体、差別化の鍵を握ると判断し、逆に、東芝からパワー半導体事業の一部を買収するなど、強化を進めたのです。このとき、野間口氏の念頭にあったのは、『シナジー効果』です。パワー半導体事業は、エアコンやエレベーター、新幹線のプロパルジョン(推進装置)、鉄鋼プラントの回転機の制御など、他の事業の基幹部品として使われ、大きなシナジー効果を生み出します。
その結果、パワー半導体は、今や、大きな“稼ぎ頭”へと成長しています。こうして戦略的な『選択と集中』を推進し、『総花経営』と決別した三菱電機は、翌2003年から営業利益率が継続的に改善され、2008年3月期決算では、約6.6%と、日本の電機メーカーとしては高い収益性を確保したのです。(中略)派手な事業分野ではないだけに、三菱電機の経営は、時に、『おもしろくないけど負けない戦略』と言われます。しかし、勝てる事業を優先的に育て、確かな算盤を弾くことこそが、三菱電機の『身の丈』に合った経営戦略なのです」
遠藤さんの言う「おもしろくないけど負けない戦略」というのは、派手ではなくても着実に利益を得る事業を選択するという意味だと思います。こういった手法は、三菱電機だけでなく、同業のパナソニックでも行っているようです。具体的には、白物家電が主力製品と思われているパナソニックでは、同社の営業利益に占める白物家電部門の営業利益の割合は、19%に過ぎないようです。一方で、電子部品は23%、電材・照明は16%、電池12%となっており、着実に利益を得る部門を選択していると思われます。
別の会社の事例を見ると、東日本旅客鉄道では、鉄道事業以外の事業(流通・サービス・不動産・ホテル)から得られる利益を延ばそうとしています。具体的には、鉄道事業の営業利益の2026年3月期の目標は2,520億円、2028年3月期の目標は1,780億円です。一方、鉄道事業以外の事業の営業利益の2026年3月期の目標は2,000億円、2028年3月期の目標は2,340億円です。すなわち、鉄道事業の営業利益が、会社の営業利益に占める割合は、2026年3月期目標が約56%であるのに対し、2028年3月期目標は約43%に下がります。
このように、東日本旅客鉄道は、今後、鉄道収入の減少を見込んで、鉄道会社でありながら、鉄道事業以外の事業に資源配分をしていると考えられます。三菱電機の事例に話を戻すと、シナジー効果を狙って事業を選別た結果、「おもしろくないけど負けない戦略」を実践したと言えます。そして、これは、パナソニックや東日本旅客鉄道にも当てはまると思います。事業の選択や経営戦略というと、派手なことをすることと考えられがちですが、「おもしろくないけど負けない戦略」も、会社が確実に発展するためには重要な考え方だと思います。
2024/3/21 No.2654