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経営者に必要なのは『自分をズラす力』

[要旨]

迫俊亮さんは、ミスターミニットの業績が低迷していた原因のひとつとして、かつては、ファンドから送り込まれた経営者の方たちが、やる気や能力が高いために、無意識のうちに、従業員の方たちを論破し、空回りしてしまったからだと分析しました。しかし、経営者に求められる能力は、部下たちに寄り添い、信頼を構築し、動いてもらえるようにする能力だということです。

[本文]

今回も、前回に引き続き、迫俊亮さんのご著書、「やる気を引き出し、人を動かすリーダーの現場力」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、迫さんが、ミスターミニットの社長に就任した際、それまで同社の業績が改善しなかった要因として、経営者層に階層意識が大きかった、すなわち、VUCAの時代において、有効な経営戦略を策定するための情報は事業活動の場にあるのに、経営者層が従業員たちを信頼せず、そのような情報を収集してこなかったからと考えたということを説明しました。

これに続いて、迫さんは、同社の業績が低迷してきた別の要因として、やる気と能力の罠について挙げておられます。「基本的に、誰しもが名前を聞いたことがある外資系企業のような、輝かしい、そして、実力主義の会社に所属していた人は、『ウィル(やる気)』と『スキル(能力)』が両方とも最大化されている。(中略)しかも、普通の会社には、『ウィル』と『スキル』が欠けている人がたくさんいる。そして、そういう人たちを盛り上げ、育て、巻き込んでいかなければならないのだ。

それなのに、『ウィル』、『スキル』マックスの人としか働いたことがない『優秀』な戦略家たちは、なぜ、自分の思い描く通りに、つまり、合理的に社員が動かないのかが理解できずに空回りしてしまう。戦略家たちに欠けているのは、一言で言えば、『自分をズラす力』だ。彼らは多くの場合、『自分が正しいと思うことを、相手も正しいと思うとは限らない』、『世の中にはいろんな考え方の人がいる』ということを、頭では理解していても、腹には落ちていない。

だから、自分の考えを相手の考えの方に『ズラす』ことができず、相手を自分のフィールドに引きずり込み、つい『論破』してしまう。でも、残念ながら、それでは本当の意味での『優秀な人材』とは言えない。いくらロジカルシンキングが得意でも、エクセルやパワポづくりがうまくても、相手を動かせなければ戦略は実行できないからだ。リーダーに必要なのは、思考力でもビジネスでもない。自分とは違う考え方や感じ方にも積極的に寄り添い、信頼を構築する能力なのだ」(45ページ)

この迫さんのご指摘は、ほとんどの方が容易にご理解されると思います。また、前回、「階層意識の罠」について説明しましたが、階層意識も、「ズラす」力を持てなくなる要因のひとつではないかと思います。そして、私が、これまで事業改善のお手伝いをしてきた中小企業においても、割合としては低いですが、経営者の方が「ズラす」力が少ないと思われる会社がありました。というのは、中小企業の経営者の方は、会社を起こすまでに、たくさんの修羅場を経験し、高い能力を備えてきました。

そこで、無意識のうちに、従業員の方にも経営者の方と同じ価値観を持って動くことを求めてしまいます。確かに、経営者の方は優秀なので、従業員の方たちも、そのような能力を身につけたり、同じ考え方を持ったりすることは、ビジネスパーソンとしては望ましいかもしれません。しかし、経営者と同じ能力や意識を持っていたり、そのようなスキルを持つことを目指そうとしたりする人は、皆無とは言えませんが、一般的には中小企業で働こうとは考えないでしょう。

そもそも、そのような能力や意識がある人は、雇われる立場になろうとはせず、自分で会社を起こすでしょう。これは当たり前のことなのですが、それに気づかずに、従業員の方に自分と同じ価値観を持って欲しいと考え、空回りしてしいる経営者の方を見ることがありました。とはいえ、私も、クライアントさまと接しているときに、無意識に自分の価値観を理解させようとしてしまっているかもしれません。他山の石にしたいと思います。

2023/10/2 No.2483

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