恋する惑星

 仮面をつけたひとりの少年が、人も通わぬ山奥から降りてきた。それが始まりだった。
 汚い身なりの彼は、辺境の奥地で両親と住んでいたが最近死に別れ、途方にくれて里に降りてきたのだという。自分はその部族の最後の一人であると。
 彼は部族の言い伝えということで仮面を外そうとしなかった。しかし、病原体を持っていないかなど様々な検査をする必要があり、仮面は邪魔である。説得の結果、彼は渋々仮面を外すことを了承した。

 そして彼が破面を脱ぎ捨てると。彼の世話をしていた若い女性看護士が突然身体を硬直させて倒れてしまった。医師があわてて駆け寄り彼女を抱き起す。彼女は紅潮した顔で苦しそうにハァハァと息を荒くしている。この症状は、まさか…。
 その症状は「恋煩い」だった。仮面を外した少年の素顔は、とんでもない美少年だったのである。そして、その症状は他の数人の女性看護士にも発症した。
 そのときは、笑い話だったのである。それほどの美少年ということで、テレビやネットで紹介されるくらいの。

 それが笑い話ではないとわかったのは、最初に発症した女性看護士の変化からだった。彼女は、その後急激に綺麗になった。恋をすると綺麗になるというが、本人だとわからないくらいに綺麗になってしまった。そして、その彼女を見た男性達が、恋煩いに陥ってしまったのである。さらに、その男性達も美男子になり、彼を見た別の女性が恋煩いに…。

 つまりは、恋煩いが伝染していったわけである。そして最初にテレビで紹介された段階で、すでに感染は始まっていた。すさまじい勢いで。「視覚感染」である。そしてそのうちに、見るだけでなくその甘い声を聞くだけでもその熱い肌に触れるだけでも、感染するように性質が変異してしまった。「全感覚感染」である。
 当初、既婚者や老人子どもなどにはある程度の耐性があったようだが、この恋煩いにはその耐性を上回る伝染力があった。そしてみんなが美男美女になっていった。

 そこまでであればハッピーなのだが、これには大きな問題があった。そう、美人薄命というやつである。感染者は、著しく寿命が短くなってしまうことが判明したのだ。
 一部には「美しく短く生きたい」という者もいたが、やはり大半の者は長く生きたい。感染を抑えるために感染者を完全隔離するということも考えられたが、人道的な理由などでマスクをすることが推奨された。装着するとブサイクに見えるマスクである。これは感染者がすることで効果を発揮するものであって予防には効かないわけだが、世界的にマスク不足になったりもした。

 そういった騒動の挙句、結局なす術なくほぼ全ての人類が感染して美男美女になってしまった。このままでは、すぐにこの星の人間は全滅してしまう。未感染者を別の星に移住させ、なんとか遺伝子を残さなければ。
 懸命の探索の結果、未感染の夫婦が未開の地で奇跡的に見つかった。そして惑星代表が自らブサイクマスクを装着した上でブサイク変声機を使って事情を説明し、夫婦に移住を承諾してもらうことに成功した。

「タイヨウ」と名付けられた星系の第三惑星に向けて、アダムとイヴという名前の二人を乗せたロケットは飛び立った。外見は美しくなくても、清く美しい人間にあふれる星になってもらいたい、という願いを乗せて。


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ちょっと前に書いて新潟日報読者文芸コント欄に投稿していたもの。
もちろん今回のウイルス騒ぎをネタとしたものだけれども、騒ぎがここまで広がる前に書いていた。

新潟でも感染者が続出してきているようだしこれを掲載はしないだろうなぁ、と思ったり、これからさらに騒ぎが拡大したり終息したあとに載せてもなぁ、と思ったりもするので今のうちに自分であげとこう。かと。

水準的にももともと選出はされないかもだしな。
オチはボトムズかと思うし、タイトルも「恋する小惑星」というアニメが今やってるというのを最近知ったのでなんかいろいろと、うーんな感じの作品ではある。

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追記。その後、3月30日の新潟日報で「選評」が載った。フライングであったか。「選評」はあらすじのあと「恋わずらいの設定の行方は?」と書かれていて、そこ気になるのかなと思ってしまったけども、目にとめてもらえたならありがたい…かな。と。

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