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市民文庫書評『新・日本の階級社会』橋本健二著 講談社現代新書 定価972

● 以下は、『ボランティア情報2018年4月号』(とちぎボランティアネットワーク編集・発行)「市民文庫」所収

『新・日本の階級社会』橋本健二著 講談社現代新書 定価972円
評者 白崎一裕(那須里山舎)

 1970年代の高度成長期が終わりを迎えるころ「一億総中流」という時代に、橋田寿賀子脚本の「となりの芝生」なるNHKの人気ドラマがあった。「となりの芝生は青く見える」ということわざをもじった核家族における嫁・姑問題を中心としたホームドラマだ。このドラマに漂っていた当時の歴史的心性は「となりの芝生」程度のささやかな違いに嫉妬をいだき幸福感の自己確認をしていたというようなものに過ぎないともいえる。ある意味、微温的で幸福な時代ともいえるだろう。その後、80年代にバブル絶頂期に至り「消費社会論」が論壇を中心にはびこるようになるが、それも商品のブランド的な微妙な差異に根拠をもった「差異化」こそが消費の本質というたわいもないものだった。そうこうしているうちにバブル崩壊後の日本経済の低迷期から21世紀にかけての時代は、「格差社会」を通り越して「階級社会」へと変貌をとげていた。本書は、このような直近の歴史を経てきた、現代の「階級社会」を社会学的に分析する。


 その階級社会を「新」と定義している根拠は、階級分析の新カテゴリーの提出にある。階級は次の五つに分類される。「資本家階級」「新中間階級」(専門職・管理職など)「正規労働者」「アンダークラス」(パート、派遣など非正規な不安定雇用の労働者)「旧中間層」(自営業者と家族従業者)である。注目すべきは、これまでの階級論で語られてきた「資本家」VS「労働者」という二項対立に、階級論をはみ出してしまうような存在である「アンダークラス」階級を特定したことである。ヨーロッパでは、この「アンダークラス」階級を「プレカリアート」という用語で再定義して、従来の労働者階級とは違う存在であると議論するむきもある。アンダークラスは、資本家階級から労働者階級までのすべての旧来の階級と対立してそこに支配される存在になっている。本書でも「外食産業・コンビニ・流通宅配業、そして安価で良質の製品がすぐに手にはいるディスカウントショップなどの現代社会の快適さ・利便性」が、このアンダークラスの労働に支えられているという。そして、アンダークラスは、低賃金・不安定・長時間労働により、安定した家庭をもてないなどの尊厳ある暮らしを侵食されている。


 この階級の差別的構造を変革するには、政治の役割が大きいが、アンダークラスをはじめ日本では、「自己責任論」が強く、貧困階級に陥ったことが個人的問題に還元されてしまう。その結果、政治的あきらめムードが漂うことになる。また、自民党を支持する資本家階級に労働者階級は政治的に対峙する部分はあるが労働者階級の政治意識(政党)の受け皿がないともいう。それらの分析に評者も同意するが、大きく欠けている論点を指摘したい。本書で分析された5分類の階級のうち、国の議会政党制に参加している「気分」になっているのは、資本家階級の一部と旧中間層の一部までにすぎない。たとえば、自民党支持の一部の資本家階級とリベラル派(旧民主党など)の一部が支持する新中間階級との政治的駆け引きとか、自民党支持の新中間階級と民主・社民・共産党支持の一部労働社会階級の駆け引きというような政治的「演技」構造ともいえるところまでが、政治参加の「気分」となっている。しかし、アンダークラスをはじめ、本書では分析から漏れている、超富裕層(年収1億から5億円未満)と超・超富裕層(年収5億から10億円)は、この議会政党制からは、まったく次元の異なる存在となっている。評者は、上記の超・超富裕層などを「ハイパー資本家階級」と定義するが、アンダーとハイパーは、議会政党政治の課題におさまらない。アンダークラスは、現行の社会保障では救済されず、ハイパー資本家階級は、タックスヘイブンや仮想通貨取引などで租税国家をやすやすと出し抜いていってしまう。


 本書での階級社会の解決策は、累進課税の強化や資産課税およびベーシックインカムなどにおよんではいる。しかし、それらの改革案はハイパーとアンダーを捕捉する現在の租税国家および議会政党制を脱構築するプランを視野に入れてこない限り、有効な解決にはならないと考えている。
評者はベーシックインカム推進論者ではあるが、それは、あくまでも租税国家と議会政党制を超える「通貨改革政治システム」と組み合わせないと実現しないということを、最後に記しておきたい。


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