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「ボランティア情報・市民文庫書評」 『21世紀の資本』トマ・ピケティ著 山形浩生・守岡桜・森本正史訳 みすず書房 定価5500円+税

「ボランティア情報・市民文庫書評」『21世紀の資本』トマ・ピケティ著 
『21世紀の資本』トマ・ピケティ著 山形浩生・守岡桜・森本正史訳
みすず書房 定価5500円+税

評者 白崎一裕

今回、ご紹介の本。頻繁にマスコミで取り上げられ、経済専門書としては13万部以上を売り上げた異例のベストセラーだ。評者は本書が、ニューヨークタイムズのクルーグマン(ノーベル経済学賞受賞者)の書いたべた褒め批評で大人気になっていることは知っていた。しかし、ピケティの結論は累進課税性の強化が格差是正のカギ、という平凡なもので、おおいに批判的にみていたのだ。現在、翻訳を読んでもその結論は変わらない。むしろ、なぜこんなに売れたのか?ということに興味がある。アメリカでは、自由主義を肯定する思想風土の中で「格差」を社会科学的に問い直すことが少なく、その中で数理統計を駆使して格差の現状を「実証的に」暴いたという点で評価されたのかもしれない。

では、日本ではなぜなのか?前評判がよかったから、というには、こんな分厚く 高価な本にしては疑問が残る。おそらく、それは現代日本の政治経済の現状にヒントがある。20世紀の終わりにベルリンの壁が崩壊して社会主義の終焉が語られた。しかし、それで資本主義について、みんなが万々歳と感じたわけではないだろう。その後、デフレ経済、若者の貧困、災害弱者、リーマンショック、年越し派遣村などなど、経済を取り巻く状況はさえない状況が続いてきた。社会主義・共産主義はだめでも、もっとましな社会はないものだろうか、という漠然とした不満感が後押ししてこのピケティの本が多くの人の手に渡ったのだろう。これが、北欧諸国のように社会民主主義的な福祉国家が充実している国ならば、ここまでの話題にならなかったかもしれない。「格差」、この言葉のリアリティがピケティブームの背後にあることは間違いない。

しかし、なぜ格差はよくないのだろ うか。画一的な牢獄国家でもない限り、人々の生活に多様な差異があるのは自然なことではないかと思うかもしれない。格差がなぜ問題なのかというと問題はその質にある。いまや所得の多寡は多様な差異ではなくて、0.1%の超高額所得者と残りの99.9%の限りなく低所得になっていく層とに分裂しつつある。これは、社会と経済の持続可能性をはく奪するものとなる可能性が高い。超富裕層と貧困層の分裂は、政治や社会への参加・公的な意識がどんどん衰退する事態をも生んでいく。

本書はこの状態を2000年にわたる膨大な数理統計資料を歴史分析に用い、格差が固定し相続されていることを示したのだ。しかし、ピケティはその原因と仕組みについての分析をしていない。あくまでも、現状を統計的に説明してその解決は冒頭に述べたように国際的な累進課税性の強化にとどまっている。だから、何か社会を根本的に変えるような啓示を期待した読者は肩透かしを食うだろう。むしろ、本書の効用は、経済学を勉強することではなくて、あらためて、私たちの社会がどこから来てどこへ行くのか?という歴史のことを振り返ることにある。最後に、評者の私見にはなるが、格差社会の原因は金融資本および銀行マネー体制にあり、解決法は税制改革ではなく通貨のあり方を根本からあらためる通貨改革である ことを述べておきたいと思う。

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