呼出し山

表題

呼出し山の事

概要

 神隠しにあった子供を捜して八王子の「呼び出し山」に祈願しに行った男の夢に老翁が現れお告げをした。そのお告げの通りに男が出会った老僧に子供の事を聞くと、子供は数日後に帰って来ると言われた。まさしくその通りの日に、無事子供は帰って来た。

訳文

 上野(東京都の上野寛永寺)の楽人(がくじん)に東儀右兵衛という人がいた。その息子は6歳だったが大変賢く、両親からことのほか大事にされていた。その子が文化11年(1814年)の初午の日、どこに行ったのか、行方不明になってしまったので鉦や太鼓を叩いてあちらこちらを探したが見つかることはなかった。するとある人が、
「八王子に呼出し山という山がある。その山へこのような神隠しにあった人間の発見を祈願すれば、必ず見つかる」
 と言うので、早速八王子の「呼出し山」に行き、子供の名前を呼んで探したが、なんの効果もなかった。宿に泊まると、その夜の夢に老翁が現れ
「子供に別条はない。何日後にお前は家の近くで老僧か山伏に会うだろう。その人にお前の子供の事を尋ねてみなさい」
 と言ったのでその日が来るのを待っていると、老翁の言った通り老僧に出会った。事情を話すと老僧はこう言った。
「何も別条はない。まだ4、5日は帰ってこないだろうが、何日頃には帰ってくる」
 老僧の言った通り、子供は無事帰って来たという。

原文

 上野の楽人に東儀右兵衛とか云へる、倅は年六歳に成しが、甚発明にて両親の寵愛殊に勝れしが、文化十一年の初午の日に、いづれへ行しや行衛不知故、鉦・太鼓にて所々を捜しけれ共験なし。或人の云へるは、「八王子に呼出し山と言る山有り。是へ右体の神隠し類を祈念すれば、出ずと言ふ事なし」と語りし故、早速右山へ参りて、其子の名を呼て尋ねけれど、何の印もなし。旅館に泊りし夜の夢に老翁来て、「汝が子別条なし。来る幾日汝が家最寄にて老僧か山伏に可逢。彼れを止めて尋ねてみよ」と言ひし故、其日を待しに、果して老僧に逢ける故、云々の訳を語り聞しに、「随分別条なし。未四、五日は帰るまじ。幾日頃可帰」と言しが、果して其日恙なく戻りしとや。

出典

『耳袋 巻之九』天明2年‐文化11年(1737‐1815年)刊(『耳嚢 下』、岩波文庫、1991年)

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