竜を捕る

表題

竜を捕るといふ説の事

概要

 佐州(佐渡)や越前・越後(現在の福井県と新潟県)では、龍の昇天に伴って発生した暴風雨で家屋や田畑が壊れることを「竜損(りゅうそん)」と言う。また清では竜損を防ぐために龍を殺すことがある。

 地中に龍が居る地点には雪が積もらないのでその地点の地中深くまで檜の材木を打ち込めば竜損は起こらないのだという。

訳文

 江戸は賑やかで人も多いため、龍の昇天などを見たというのもまれにあることである。江戸以外の国ではこのようなことも度々あることだ。私(耳袋の筆者、根岸鎮衛)が佐州に居たときは龍の昇天というものを見たことがあった。また佐渡では「竜損」と称して風雨の被害のほか、田畑の被害、家屋等の被害を記録することがあったが、越後や越前でもまた竜損と言うそうだ。
 このことを山崎宗篤に話したところ、宗篤が言うには、
「最近清から入ってきた書物の中で、『刑銭新語』(1795年渡来の『刑銭必覧』のこと)というのを読んだ。主に経世済民けいせいさいみん(政治、行政全般のこと)について書いてあったが、その中に、龍の動静によって田畑や家屋が壊れるため龍を捕まえて処刑するということが書いてあった。その方法というのは、雪が降る頃、地中に龍がいる場所は雪が消えて積もらないのでそこを見定めて檜の材木を地中深くまで打ち込むというもので、こうすれば竜損の心配はないと書いてあった」
 とのことだった。私はその書物を読んだことがないが、珍しい方法なのでここに記す。

原文

 御府内繁花にて人気盛んなれば、昇竜など見しといふも邂逅の事也。国々にてはかゝる事度々ありし事也。予が佐州に居りし時は、昇竜といふ様子を見侍りし。又佐州には竜損ととなへ、風雨之損之外、田畑の損じ、家作の損じを書出し候事時々有りしが、越後・越前なども又竜損の事を唱ふる由、山崎宗篤へ咄しければ、宗篤、「此頃清朝より渡来之書の内、刑銭新語といへる書を見しが、専ら軽(経)済の事を書きたるものにて、右の内に竜の動静にて田畑を損ざし、家屋を破る事あり。依之竜を捕へ刑する事あり。其手法は、雪の降りし頃、蟄竜ある所は其所斗雪消て積らず、其所を見定めて檜の材木を土中へ深く打込みぬれば、竜損のうれいなしと、右書に見ゆる」よし語りぬ。予彼書は見ざれ共、一事の奇法に付、爰にしるしぬ。

出典

『耳袋 巻之十』天明2年‐文化11年(1737‐1815年)刊(『耳嚢 下』、岩波文庫、1991年)

備考

地中や石の中に潜む龍が暴風雨を引き起こしながら天に昇るという話は「潜竜上天の事」や「石中蟄竜之事」などよく見られる話である。しかし、龍の昇天を防ぐ方法について言及されているのは、『耳袋』ではこの「竜を捕るといふ説の事」のみである。


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