38歳、藝大受験してみた。③
昔から運命論者なところがあるというか、迷ったときは「これはやれってことだね」あるいは「やるなってことか」と思わされる何かしらの啓示がないと決められない、他力本願な性格だ。そうだ、音大に行こうと思い立って最初に見た東京芸大のアドミッションポリシーに「やるなってこと」と思わされていたら、その時点で断念していたことだろう。そうやって軽率にいろんなことを思いつき、そして軽率に諦めてきた人生だ。だがアドミッションポリシーを読んだとき、私は不遜にもこう思った。
どうしよう、呼ばれてる…!
曰く、楽理科(実演家ではなく研究者を育てる科)の求める人物像は「幅広い資料を検証する語学能力,独自の視点・問題点を発見する独創力,批判的に歴史・社会・文化を考察する思考力と論理性,様々な音楽に感動する柔軟な心を備え,将来何らかの形で音楽研究・ 実践・教育に携わる志を持つ人材」。これが、今はともかく去年の今頃の私的には、これ私のことじゃん!という感じだったのだ。そこから、受験に必要なことを具体的に調べる作業が始まった。
本当はもちろん、社会人枠があれば理想的だったのだが、残念ながらないことはすぐに分かった。ということはまず、センター試験から受けなくてはならない。センター試験、なんて懐かしい響き…!高校時代に受けた記憶はあるが、なにしろ20年ぶりのことなので、自分がどれくらいできるものなのか皆目見当がつかず、手っ取り早く模試を受けてみることにした。ググってみたら、ちょうど東進ハイスクールのセンター模試が直近であり、3000円くらいで結果分析までしてくれるらしい。
37歳、予備校を訪れるの巻である。
職業柄、二十歳前後の役者やアイドルを取材することは少なくないので、若者に混じったときに自分がどれほど浮くかは分かっているつもりだった。あまり目立っても悪いとの思いから、若作りというわけではないが、カジュアルな服装で、化粧っけもなくして受けに行った。だが、認識が間違っていた。会場が近づくにつれて目に入る17歳の高校生たちは、「若者」ではなく「子ども」だったのだ。ニキビ面の少年たちに混ざったおばさんは、何をどうしたって浮いていた。
そのまま帰ろうかとも思ったが、8時開始の試験のために久々に早起きをするのが結構キツかったので、その努力を無駄にしたくない一心でとりあえず着席。だが、いたたまれない。恥ずかしい。少年少女の前で精一杯大人然としようと努めていたであろう、試験官の大学生バイト君たちを大分ビビらせてしまい、申し訳ない気持ちもあった。いやもちろんそんなつもりはなかったのだが、社会人を15年もやっていると、ちょっと質問するだけで若者がびびるだけの威圧感が備わってしまうものなのだ。
帰りたい。後悔し続けた長丁場。
英語(筆記&リスニング)、国語(現代文&古文&漢文)、世界史、倫理・政治経済の計4科目を受け終わった頃には、既に日が暮れていた。久しぶりに頭を使い続けて、びっくりするほどヘトヘトになっていた。今もそこそこ使う機会のある英語や現代文はともかく、古文や漢文はひたすら懐かしいだけだけだったし、世界史に至っては懐かしさすら覚えなかった。総じて、さんざんな思いをしたという印象に終わった最初の試金石。その結果については、次回詳述することとする。
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