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アフターコロナを上手く生きられない人に「佐野元春 名盤ライブ SWEET16」

唐突ですが、皆さんは「アフターコロナ」のいまを元気に過ごしておられますか?

去る5月8日より、新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置付けが5類感染症になりました。定義の上では一応、ほぼ平時に戻ったカタチとなった訳で、テレビなどのメディアもすっかり何も無かったかのような雰囲気となっています。

ところが、私は個人的に、どうもスッキリしません。
元より天邪鬼な性格という事もありますが、今頃になって、
この3年間の世の中の大騒ぎはいったい何だったんだろう?
と、ぼんやり考え込んでしまう事が多くなりました。

コロナ感染者が増え続けていた頃は、「マスク」「東京オリンピック」「ワクチン」などをめぐってメディアも一般人も論争(口喧嘩?)を繰り広げたり、政治家や有名人の一挙手一投足を観察して批判したりと、朝から晩までそれは騒がしい毎日でした。

有名な人も無名な人も、本当にたくさんの人が亡くなりました。
それらの人々の中には適切な治療を受けられず救われなかった命もありました。

飲食や娯楽関連など、多くの事業が経営に行き詰まり、倒産や撤退を余儀なくされました。

子供達も、修学旅行や運動会、学園祭など多くの貴重な催事を諦めなくてはなりませんでした。
メンタルを病んで学校に行けなくなってしまった子供も少なくありません。

そういった事柄を思い返すと、私は
「コロナは終わった。自分は生き残った。さぁ元のように頑張ろう」
などと素直に切り替えられず、もやもやした疲労感がずっと残ったままです。



前々回から試みに「アーティストの仕事から学ぶ」というシリーズを書き始めまして、前回は佐野元春さんについて書かせていただきました。

その原稿を書き進めていた最中の6月28日に、佐野さんの新しい映像作品「名盤ライブSWEET16」が発売されました。
昨年22年11月に横浜と大阪で開催された、92年発表の傑作アルバムを曲順通り・当時のアレンジ通りに再現したライブが収録されています。

名盤ライブ「SWEET16」(Blu-ray)

このライブの開催が発表された時、私は
「あーそうか。当時リアルタイムで聞いていたオールドファンに向けた、同窓会的なライブなのかな」
「自分もまさにリアルタイムで聴いていたし思い入れもあるアルバムだけど、ちょっとチケット代も高いし、参加は見送ろうかな…」
位の印象しか持ちませんでした。

ところが、今回Blu-rayで鑑賞した結果、ライブに参加しなかった事を激しく後悔しました。

この名盤ライブにはノスタルジーでのんびりした雰囲気は微塵もありません。
「SWEET16」の楽曲群が、発表から30年経った2023年のいま、まるで「アフターコロナ」のもやもやを生きる人々の感情を射抜いたかのような作品でもあることに驚きました。

ライブはアルバムと同じく「ミスター・アウトサイド」で幕を開けます。

ミスター・アウトサイド
償いの季節さ

大きなバラのブーケに包まれて
古い世界は回り続ける
朝目が覚めて光の中
悲しい気持ちが消えてゆく
それは君だった

ミスター・アウトサイド
後戻りはできない

(M-1 ミスター・アウトサイド)

また、ライブの中盤ではミドルテンポでこんな2曲が演奏されます。

街あかりの消えた夏の午後
見捨てられた子供達の群れ
退屈な夜が訪れる
罠に気づくのはむずかしい
街路にさざめくバイオレンス
まばたきをしているひまもない
少しづつ命がかくれてく
今夜はまともじゃいられない

(M-5 廃墟の街)

Cry
いつの日にか
悲しみが消えて
Cry
広い空に
高く飛べるなら
I'll try I'll try
幸せだぜ
涙が溢れてくる

君のせいじゃない

(M-7 君のせいじゃない)

そして、この名盤ライブでは、上記のような内省的な曲ばかりでなく、未来に向かう背中をそっと後押しするようなアグレッシブな曲も演奏されています。

いつも
いつもそばにいるよ
言葉だけじゃ伝えきれない
星はどこまでも空高く
またたきをくり返している

いつも
いつもそばにいるよ
新しく始めるんだぜ

(M-9 ハッピーエンド)

光りに溢れて 夜明けが近づく
僕は一日中 空を眺めていた
擦り切れた希望にとりとめない世界で
Say Goodby and kiss me

夢を見た 幻かもしれない
君は一日中 バラを集めていた
残された理想が見当たらない世界で
Say Goodby and kiss me

また明日 また明日 逢えるなら
また明日 また明日 君と行く
Smile for me

(M-12 また明日... )


もちろん、これらは「ただの歌詞」の一部分を切り取っただけの、しょせん言葉の断片に過ぎません。
曲が書かれた91年頃は、いまとは時代背景はまったく異なりますので、当時の佐野さんが感じていた事や、曲に込めた意味やニュアンスも異なる事は十分理解しています。

それでも私には、これらの楽曲はこの2023年にこそ聴かれるべきものとして、まるで初めから用意されていたように思えてなりませんでした。

「アフターコロナのもやっとした気分と繋げて、アンタが勝手に解釈しているだけでしょ?」
と言われれば、確かにそうかもしれません。

この名盤ライブの表題曲「SWEET 16」では、このように歌われています。

日曜日は少しだけ涙をこらえて
彼女のために野バラの蜜を集めるよ
世界地図を広げて
行きたい場所に印をつけたら
すぐに出かけるぜ

Wow Wow 夢見てる SWEET 16
虹をまき散らして
Dance Dance 夜明けまで
I'm gonna be with you

少なくとも私個人は、すっかりグレーヘアーになって、より思慮深い雰囲気をまとった現在の佐野元春さんがこれらの曲を演奏する様を観て、
肩に背負っていた重荷が少しだけ軽くなったのも事実でした。

言葉の断片と普遍的なメロディーで構成されているからこそ、図らずも時空を超えた説得力を持ってしまうところが、ポップ・ミュージックの面白さなのかもしれません。

「名盤ライブSWEET16」は、私と同じようにもやもやとしたままアフターコロナの今を生きている方々に是非見ていただきたいライブ作品だという事を、お伝えしたいと思った次第です。


※こちらはSony Music (Japan)がオフィシャル公開している、この名盤ライブのオープニング「ミスター・アウトサイド」の映像。


(おわり)

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