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時の話【エッセイ・弦人茫洋12月号】

このマガジン「弦人茫洋」は、毎月一日に「長文であること」をテーマにして書いているエッセイです。あえて音楽以外の話題に触れることが多いです。バックナンバーはこのリンクからお読みいただけます。



12月。一年の総決算をする季節だ。

仕事がらみでは決算というと期末の3月にあたる場合が多いのだろうけど、3月を「年末」と感じることは少ない。もっと言うと、「年末」と「年度末」では言葉の持つ意味以外にニュアンスも全く違うから不思議なものだ。


今日、2021年12月1日。関東は大荒れの天気で、台風でも来たのかと思うほどの猛烈な雨風に見舞われている。南からの湿った風の影響というやつか、生あたたかく湿度の高い、実に不快な気候である。「年末」のイメージからは程遠い。

人類はこれまでにさまざまな技術や文化を発明してきたが、なかでも「暦」は天才的なひらめきだと思う。

暦がこの世界になかったら、目まぐるしく変化する気候についていけず体がもたないことだろう。こんな季節外れの気候では、初秋にタイムスリップしたのかと錯覚するかもしれない。

その一方で、「時間」とはそもそも連続的で不可分な存在である。11月30日23時59分と12月1日0時にどのような違いがあるのかを、暦を使わずに説明できる人ってどれくらい居るのだろうか?違いがないなら同じとみなすべきなのかもしれないが、1秒前の世界と現在は確実に違っているはずなのにそれを具体的に説明できないというのは興味深い現象のように思える。1秒の差に違いがないなら、その1秒を累積した1日とか1か月とか1年にも違いはないということになるので、物事は時間によって変化しないはずだというおかしな結末になる。


暦や時間を用いずに時の差異を説明する別な手段がある。

「音楽」である。


音の変化は聴覚で感じとれるものであり、「ド」と「ミ」が完全に同じ音に聴こえるという人は基本的にいないはず。

ある特定の音が「ド」から「ミ」に変化したことそのものが、時が流れたということになる。つまり音楽を聴く(or 奏でる)ということこそ、時を経験するということである。ストップウォッチで測りながらお気に入りのバンドの曲を再生する人がどこにいますか?ということ。

瞑想が「今を感じること」なら、音楽も一つの瞑想かもしれない。明日の予定や確定申告のことなんかを考えながら音楽を演奏することはできなくて、常に「今、ここ」の音に語り掛けながらギターを弾く。終わったら、それで終わり。後から振り返って反省はもちろんあるにしても、演奏している「今、ここ」はその場限りで二度と戻ってこない。

良いテイクというのは得てして記憶に残りにくいもので、気が付いたら演奏が終わっていたなんてことはよくある。その時何を考えてどんなフレーズを弾いたなんてことは何一つ覚えていなくて、ただ記憶に残っているのは「楽しかった」という感情とメンバーやお客さんの笑顔。流れていく時間の中で演奏中の1時間だけがゴッソリ「今、ここ」として凝固するから記憶に残りにくいのだろうか。そんなに理屈っぽく考えなくたって、楽しかったならそれでいいじゃんという気もするが。

いずれにしても独特な現象だと思う。




人類の発明でもう一つ好きなものがある。サンタクロースだ(・・・サンタクロースを「人類の発明」などと呼ぶ野暮については無視していただきたい)。

1年間いい子にしていたら欲しいものをくれるというサンタクロース。欲しいものは具体的に言っていいのに、その割には条件が「いい子にしていること」という定量評価できない指標なのはギブとテイクのバランスがおかしいのではないか、ということは、そこまで「いい子」にしていなくてもある程度のものはもらえるのではないか?と子供ながらに疑問に思っていた。なんて子供らしくない子供だったことだろう。


この疑問に対して成人した2021年の僕から回答すると、次のようになる。

「サンタクロースがくれるプレゼントは、子供に対してのお歳暮みたいなものである」

自分には子供がいないから、躾とか教育という観点でサンタクロースを語ることは難しい。その代わりにサンタクロースという文化の仕組みを観察していて思い至ったのが上記の回答だ。いい子にしていなかったから本当にプレゼントをもらえなかったという話をあまり聞かないのは、Aさんにはお世話になったけどBさんにはお世話になってないからBさんにはお歳暮を贈らないと言う大人が少ないのと似ている。今年も一年お疲れさまでしたという、ある種のねぎらいだと考えている。




2020年は大変な年になったけれど、2021年は多少落ち着いて外出も少しずつしやすくなってきた。ワクチンの効果だとか集団免疫がついたとかいろんな意見があるけれど、今の小康状態は2年越しにサンタクロースがくれたプレゼントだと考えるのも夢があって素敵だ。新しい変異株も出てきたようだけれど、そこはみんなで「いい子」にしていないと、サンタクロースはやってこないかもしれない。


子供だって、クリスマスを心待ちにして一年間という長い期間を待てる。





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