三角関数を使った三平方の定理の証明

このニュースを見て、検索したら、redditで、2009年のOn the Possibility of Trigonometric Proofs of the Pythagorean Theoremという論文が紹介されていた。

 

内容は、$${\cos(x)^2 + \sin(x)^2 = 1}$$を三平方の定理を使わずに証明するという話。簡単に議論をまとめると、以下の通り。

(1)最初に、$${\cos(x),\sin(x)}$$を普通に定義する。特に変わったことはしてないが、注意点として、定義に直角三角形の性質を利用しているので、この方法で定義すると、三角関数の定義域は$${0 \lt x \lt \dfrac{\pi}{2}}$$になる。

 

(2)次に"差法定理"を幾何学的に証明する。

$${\cos(y - x) = \cos(y)\cos(x) + \sin(y) \sin(x)}$$

$${\sin(y - x) = \sin(y)\cos(x) - \cos(y) \sin(x)}$$

これも、どうってことはないので省略。勿論、$${0 \lt x \lt y \lt \dfrac{\pi}{2}}$$でなければらない。

$${\cos}$$の差法定理は、$${x=y}$$としてよければ

$${\cos(x)^2 + \sin(x)^2 = \cos(0)}$$

であるが、定義域の問題があって、そのままでは使えない。

 

(3)しかし、次のように工夫すると、"三平方の定理"が得られる。$${0 \lt x \lt y \lt \dfrac{\pi}{2}}$$とすると、

$${\cos(x) = \cos(y -(y-x)) = \cos(y)\cos(y-x) + \sin(y)\sin(y-x) \\ =  \cos(y) \left( \cos(y)\cos(x)+\sin(y)\sin(x) \right) + \sin(y) \left(\sin(y)\cos(x)-\cos(y)\sin(x) \right) \\ = \cos(x) \left(\cos(y)^2 + \sin(y)^2 \right) }$$

$${\cos(x) \gt 0}$$であるから、$${\cos(y)^2 + \sin(y)^2 = 1}$$となる。

 $${\sin(x)=\sin(y-(y-x))}$$でやっても、同じように証明できる。


この証明は一瞬不思議な感じがした。何故、加法定理ではなく、差法定理なのだろう。

少し考えると、この証明は、以下のように説明できる。$${0 \lt x \lt \dfrac{\pi}{2}}$$に対して、行列

$${R(x) = \left( \begin{matrix} \cos(x) & -\sin(x) \\ \sin(x) & \cos(x) \end{matrix} \right)}$$

を定義する(これは、勿論、二次元の回転行列)。この行列を使うと、差法定理は

$${R(y-x)=R(y) R(x)^{t}}$$

と書ける。もう一つ重要なことは、三角関数の知識なしに成立する

$${R(u)R(v) = R(v)R(u)}$$

で、以上を使って、さっきと同じ議論をやると

$${R(x) = R(y-(y-x)) = R(y)R(y-x)^{t} = R(y) (R(y)R(x)^{t})^{t} = R(y) R(x) R(y)^{t} = R(x) (R(y) R(y)^{t}) }$$

となる。

従って、$${R(y)R(y)^{t}}$$が恒等行列となるが

$${ R(y)R(y)^{t} = \left( \begin{matrix} \cos(y)^2 + \sin(y)^2 & 0 \\ 0 & \cos(y)^2 + \sin(y)^2 \end{matrix} \right) }$$

なので、$${\cos(y)^2 + \sin(y)^2 = 1}$$が分かる。

また、特に、

$${R(y-x)=R(y) R(x)^{t} = R(y) R(x)^{-1}}$$

となる。

 

行列で書いても文字数が減っただけという気がしなくもないけど、行列$${A}$$が$${A A^{t} = I}$$を満たすという条件は、内積を保つという条件($${ (A \mathbf{x}) \cdot (A \mathbf{y}) = \mathbf{x} \cdot \mathbf{y} }$$)と同値なので、意味がある。内積を保つ変換は、直交変換と呼ばれ、回転以外に、鏡映も含むが、何次元であっても、$${A A^{t} = I}$$という条件で定義される。

"差法定理"には、直交変換であるという条件が隠れていたので、加法定理より強く、三平方の定理の証明に使えたということになる。

加法定理は(定義域のことを一旦忘れると)

$${R(x+y) = R(x)R(y) }$$

だが、

$${\tilde{R}(x) = \left( \begin{matrix} e^{x} & 0 \\ 0 & e^{x} \end{matrix} \right)}$$

などでも満たされてしまう。

どうってこともない話だが、"差法定理"と加法定理の違いが、やや面白い。

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