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思いきやカレー屋さん

 思いきやカレー屋にメニューは1つかしない。
「カレーください」
「あいよー!」
 威勢のいい店主の声が返ってくる。
 出てきたのは本だった。
(読みなさい)
 不本意ながら運命を受け入れて読み進める。フィクションか。お気楽で気まぐれな荒唐無稽。読んでいる内にあくびが出て筋書きを見失い、気づくと真っ暗になっていた。
 
チャカチャンチャンチャン♪

 看板にメニューは1つだけ。ワンコインのカレーだ。
「カレーください」
「あいよー!」
 威勢のいい店は気持ちがいい。
 出てきたのは厚底シューズだ。
(走りなさい)
 僕は暖簾を潜ってランナーになった。運命に導かれるように国道を走った。同じようなシューズを履いたランナーと幾度となくすれ違う。今までは気づくことがなかった。街にはこれほどのランナーがあふれているなんて。急に走り出したので腿の辺りが少し痛くなった。走った分だけお腹も空いた。カレーが食べたい。

チャカチャンチャンチャン♪

「カレーください」
「あいよー!」
 出てきたのはノートだ。
(書きなさい)
 今日はカレー屋さんに行きました。
 カレーを注文したけど、カレーは食べれませんでした。
 明日に期待です。

チャカチャンチャンチャン♪
 
 思いきやカレー屋に通い詰めていた。
 味の方は未知数だったが、店主の愛想はいつもいい。
「カレーください」
「あいよー!」
 カレーかと思いきや、出てきたのは犬だ。
(つれていきなさい)
 わんわんと犬の威勢に押し出されるように店を出た。犬に先導されて街を歩いた。歩くにつれて犬は落ち着きを取り戻したようだった。途中で何匹かの見知らぬ犬に吠えかかった。何度か顔見知りのおばちゃんに頭を撫でさせた。カレーの匂いがすると足を止めてあくびをした。街をまわって帰ってくると店はもう閉まっていた。隠し扉を潜って犬は家に帰って行った。

チャカチャンチャンチャン♪

 どこででもカレーは食べられる。
 だけど、僕はここと決めたらしつこいほどに通ってしまう。
「カレーください」
「あいよー!」
 店主の返事は耳慣れて威勢がいい。
 出てきたのは枕だ。
(やすみなさい)
 人間はロボットとは違う。ずっと動き詰めることはできない。働いた分だけ休まなければならないし、眠らなければならないのだ。運命を受け入れて僕は眠った。眠りの国ではいつかの散歩道を歩いた。昔お世話になった人の顔と人格を組み合わせた何人かの人と出会った。敬語を使い時に異国の言葉を交ぜた。「今日はカレーか」と父がきいた。神社に行って僕は記憶を整理した。

チャカチャンチャンチャン♪

「カレーください」
「あいよー!」
 出てきたのはビーフストロガノフだ。
「いただきます」
(美味しいけれど、ちょっと違う)
 思いが揺れながら味覚を惑わせていた。
 だが、不満を口にするのはまだ早い。
 カレーはもうすぐ煮詰まりつつあった。

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