窓の女(ダイナミック・ウィンドウ)

「すみません。ラッキーストライクください」
「ごめんよ。うちはうまい棒と消しゴムの店だよ。何味がいい?」
 ランドセルを背負った少年は何も買わずに帰っていった。

「はい、いらっしゃい」
 青年は酷く調子が悪そうだ。
「夕べから熱っぽくて……」
「食前に1錠、朝夕2回2週間分出しとくよお大事に」
 薬を受け取ると青年はせき込みながら帰って行った。

「いらっしゃい」
 次々と客が押し寄せる。この街の窓はここしかないのか。
 女は酷く寒そうで唇が紫がかっていた。
「大根と厚揚げと牛すじください」
「辛子はつけとくかい。ありがとうね」
 客によっては出せぬものはない。

「はい、いらっしゃい」
 窓の前にスーツケースが止まった。
「福岡まで大人1枚お願いします」
「ご旅行ですか。うまい棒共通クーポン付ねお気をつけて」

「いらっしゃい」
 次は帽子の紳士だ。
「ラークマイルド2トン」
「とりあえず今日はこれだけにして」
 紳士は箱を受け取るとすぐに封を開けて窓口で火をつけた。
「明日アマゾンから届きますよ。健康に注意してね」


 昨日は本当に忙しかった。
 今日は誰か来るだろうか。来るかもしれない。来ないかもしれない。すべて間に合っているのかもしれない。忘れられてしまったのかもしれない。
 昨日……。
 あれは本当に昨日のことだったろうか。
 それにしては自分は随分年を取ったとおばあさんは思う。
 人通りの絶えた道から目を離し手元のタブレットをのぞき込んだ。
「火星に生命体発見か」
 ニュースはまだ更新されていない。


#ショートショート

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?