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憧れの人

小澤征爾さんご逝去の報。
中学校の音楽の時間に先生が「小澤征爾は若いころ「宣伝するから」と言ってHONDAのオートバイを借りて世界一周に出かけて、云々」とお話された。何かが衝撃だった、今でも覚えてる数少ない先生の話の記憶である。
私が中学生の頃には既にセカイのオザワだった。

私は音楽畑出身である。小中高と吹奏楽で高校の後半は指揮棒を振っていた。20才前後ではバンドを組んでいたがその後はカラオケで唄う程度で50才を過ぎた頃、30数年前に小澤さんが自身の若いころを書いた本を初めて読んだ。とてつもない感覚が心を揺さぶった「ああ、オレはこの人にずっと憧れてきたんだ」と腑に落ちた。

初めてアメリカ本土に降り立ったのは55才の時、その後BOSTONで英語学校に入ることにした。BOSTONを紹介してくれたのは学校調査を担当したうちのメンバー、小澤さんが長く居たBOSTONになったのは人生の偶然だろう。

ウィーン国立歌劇場にて

ウィーンにも行くことになった。ハンガリーで国際ロボコンをやることになり、私はウィーンに降りてからハンガリーに向かった。小澤さんがウィーン国立歌劇場に行くことになった時の記事は今も覚えている。「小澤はオペラだけやってない」と。

伝統、チャレンジ、笑顔、スタンドカラー セカイのオザワ。

本によると借りたのはHONDAではなかったらしい。40年くらいそう思ってた、HONDAもその時からの憧れだな。

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てっぺん
https://note.com/robocon/n/n3379341dfe40


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