吉川英治新人賞ノミネート

こんにちは、robin1101と申します。

今回は、先週発表された「吉川英治文学新人賞」ノミネート作品を紹介します。

「吉川英治文学新人賞」は公益財団法人吉川英治国民文化振興会が主催し、講談社が後援する1980年から創設された文学賞です。新人賞ですが、中堅以上の作家が候補者・受賞者の多くを占めています。

そもそも吉川英治さんという人は、『宮本武蔵』や『三国志』など歴史をテーマにした小説を多く書いていて、戦前戦後を通して幅広いファンから人気を博した日本を代表する小説家です。その吉川さんが1962年に受賞した毎日芸術大賞の賞金を毎日新聞社に寄託し、新人作家育成のための「吉川英治賞」(後に「吉川英治文学賞」へと移管された)が創設されたのが始まりです。

ちなみに「吉川英治文学賞」には、

宮部みゆき『名もなき毒』
東野圭吾『祈りの幕が下りる時』

があります。


「吉川英治文学新人賞」には、

呉勝浩 『スワン』
薬丸岳 『Aではない君と』
辻村深月 『ツナグ』
池井戸潤 『鉄の骨』

などなど多くの作品が受賞されています。


さて、今回ノミネートされた作品は、

芦沢央『汚れた手をそこで拭かない』
加藤シゲアキ『オルタネート』
武田綾乃『愛されなくても別に』
辻堂ゆめ『十の輪をくぐる』
寺地はるな『水を縫う』
野崎まど『タイタン』

です。未読の作品もありますが、参考になればと思います。

芦沢央『汚れた手をそこで拭かない』

平穏に夏休みを終えたい小学校教諭、認知症の妻を傷つけたくない夫。
元不倫相手を見返したい料理研究家……始まりは、ささやかな秘密。
気付かぬうちにじわりじわりと「お金」の魔の手はやってきて、
見逃したはずの小さな綻びは、彼ら自身を絡め取り、蝕んでいく。
取り扱い注意! 研ぎ澄まされたミステリ5篇からなる、傑作独立短編集。

この作品は読んだことはありませんが、芦沢さんの作品は、ゾワッと背筋が凍るような気持ちにさせてくれます。また、ミステリーでもあり、ホラーな要素もありと怖いけれども、続きが読みたくなるような思いにさせてくれるので、この作品もそういった気持ちにさせてくれるのでは?と思います。

加藤シゲアキ『オルタネート』

高校生限定のマッチングアプリ「オルタネート」が必須となった現代。東京のとある高校を舞台に、若者たちの運命が、鮮やかに加速していく。
全国配信の料理コンテストで巻き起こった〈悲劇〉の後遺症に思い悩む蓉(いるる)。母との軋轢により、〈絶対真実の愛〉を求め続ける「オルタネート」信奉者の凪津(なづ)。高校を中退し、〈亡霊の街〉から逃れるように、音楽家の集うシェアハウスへと潜り込んだ尚志(なおし)。恋とは、友情とは、家族とは。そして、人と“繋がる"とは何か。デジタルな世界と未分化な感情が織りなす物語の果てに、三人を待ち受ける未来とは一体――。
“あの頃"の煌めき、そして新たな旅立ちを端正かつエモーショナルな筆致で紡ぐ、新時代の青春小説。

全国の高校生限定のマッチングアプリ「オルタネート」。恋愛相手を探すだけでなく、友達を探したり、情報共有としても活用されている。
ある高校を舞台に「オルタネート」によって繋がれた人達が、恋愛や友情、情熱など何かに熱中していく姿が描かれた青春小説です。

何よりも最初に読み始めて思ったことは、“今“ならではの作品だなと思いました。蓉(いるる)や凪津(なづ)といった登場人物が出たり、マッチングアプリといったアイテムを使って全国の高校生と繋がるという昔とは違った高校生像が描いていました。

物語の構成としては、三人の登場人物を軸にそれぞれの物語が同時進行し、章ごとに視点が変わっていきます。

料理コンテストやマッチングアプリ、音楽にそれぞれ苦悩しながらも、懸命に頑張る姿が描かれています。
最初は、微妙なところで繋がっていますが、後半に差し掛かると、3つの物語がシンクロしていき、良い具合に調和されていきます。

個人的には、加藤作品の中では一番好きでした。
今までの作品でも心の葛藤や嫉妬といった“闇“の部分が際立って描くことが印象深かったのですが、今回は高校生たちの青春っぽさ、何かに熱中している描写も相まって、陰湿さがあまり際立っていませんでした。むしろ、青春小説としての醍醐味を味わうことができました。言葉の表現も以前よりも豊富に散りばめられている印象で、全然アイドルよりも小説家の作品として楽しめました。

一番好きだったのは、料理コンテスト大会のパートでした。
難しいテーマに立ち向かう高校生の奮闘や恋愛の甘酸っぱさ、テーマに沿った料理の完成作品が面白く、夢中で読んでいました。

他にも何かに熱中するが、そこで待ち受ける苦悩、それに負けずに奮闘する姿が、丁寧に描かれていて、世界観に惹き込まれました。

マッチングアプリで繋がる人と人との繋がり。AIで導かれる最適の恋人、機械に頼らずフィーリングで選ぶ恋人。はたまた友人も。色々な方法がありますが、スタート地点にしかすぎません。そこから、どうしていくのか。判断は自分にしかできません。高校生に限らず、色んな世代にも当てはまるかと思います。登場人物達の恋愛模様は、読んでいて甘酸っぱくもあり、ほろ苦さもあり、青春だなと感じさせてくれました。

武田綾乃『愛されなくても別に』

時間も金も、家族も友人も贅沢品だ。
「響け! ユーフォニアム」シリーズ著者が、息詰まる「現代」に風穴を開ける会心作!
遊ぶ時間? そんなのない。遊ぶ金? そんなの、もっとない。学費のため、家に月八万を入れるため、日夜バイトに明け暮れる大学生・宮田陽彩。浪費家の母を抱え、友達もおらず、ただひたすら精神をすり減らす――そんな宮田の日常は、傍若無人な同級生・江永雅と出会ったことで一変する!
愛情は、すべてを帳消しにできる魔法なんかじゃない――。
息詰まる「現代」に風穴を開ける、「響け! ユーフォニアム」シリーズ著者の会心作!

この作品も読んだことはないのですが、武田さんは「響け!ユーフォニアム」「どうぞ愛をお叫びください」「君と漕ぐ」など多くの青春小説を書いています。

青春ならではの瑞々しさだけでなく、リアルさが生々しいところもある印象でした。



辻堂ゆめ『十の輪をくぐる』

スミダスポーツで働く泰介は、認知症を患う80歳の母・万津子を自宅で介護しながら、妻と、バレーボール部でエースとして活躍する高校2年生の娘とともに暮らしている。あるとき、万津子がテレビのオリンピック特集を見て「私は・・・・・・東洋の魔女」「泰介には、秘密」と呟いた。泰介は、九州から東京へ出てきた母の過去を何も知らないことに気づく。
51年前――。紡績工場で女工として働いていた万津子は、19歳で三井鉱山の職員と結婚。夫の暴力と子育ての難しさに悩んでいたが、幼い息子が起こしたある事件をきっかけに、家や近隣での居場所を失う。そんな彼女が、故郷を捨て、上京したのはなぜだったのか。
泰介は万津子の部屋で見つけた新聞記事を頼りに、母の「秘密」を探り始める。それは同時に、泰介が日頃感じている「生きづらさ」にもつながっていて――。
1964年と2020年、東京五輪の時代を生きる親子の姿を三代にわたって描いた感動作!

いつの時代も女性の精神は強いということを感じさせてくれました。

物語の構成は、現在パートと過去パートの2つが交互に行き来しながら、隠れていた真実が明らかになっていきます。

現在パート;主人公・泰介はスミダスポーツで働く58歳。ある日、オリンピック関連cmを見た時、認知症を患っている母が意味不明な言葉を。「私は・・・東洋の魔女」。
その後も謎の言葉を多く発します。どういう意味かわからないまま、過去パートへと切り替わります。

過去パート;こちらの主人公は、泰介の母・万津子。昔の東京オリンピックの時代、どのようにして夫と出会い、出産し、どう生き抜いていったのかを描いています。現在パートで発した謎の言葉の答えが、このパートに詰まっています。

作者の辻堂さんは、「あの日の交換日記」での伏線の回収が素晴らしかった印象でした。この作品でも謎の言葉が後々に大きなキーワードとなって、母の一代記を大きく盛り上げてくれます。
謎の言葉だけでなく、他にも様々な出来事や行動が後に意外なところで意外な真実として解決してくるので、それがわかった瞬間、妙な納得感が湧きました。その伏線の回収の仕方が粋だなと思いました。わかった後の続きの物語は、ガラリと今までの印象が変わってくるので、違った視点で楽しむことができました。
それらをわかっての最後は、感動を誘い、家族の在り方やバレーボールが紡ぐ親子愛を感じずにはいられませんでした。
夢を捨てた人、夢を諦めた人、夢を叶えようとする人、どんな状況だろうとも、拍手をあげたいなと思いました。

一応、帯には「三世代の大河小説」と表記されていますが、四世代としても読み取れました。万津子、泰介の妻、娘だけでなく、万津子の母も「女は強し」のごとく描かれているように感じました。ここでは、嫌味たらしい女として描いていますが、昭和を生き抜いた女の象徴でも解釈できました。その状況下で生きる万津子の半生が、壮絶で辛いわとも思いました。
ここまで壮絶というわけではありませんが、自分の母親にも感謝したくなりました。ここまで育ててくれてありがとうと。


寺地はるな『水を縫う』

松岡清澄、高校一年生。一歳の頃に父と母が離婚し、祖母と、市役所勤めの母と、結婚を控えた姉の水青との四人暮らし。
学校で手芸好きをからかわれ、周囲から浮いている清澄は、かわいいものや華やかな場が苦手な姉のため、ウェディングドレスを手作りすると宣言するが――「みなも」
いつまでも父親になれない夫と離婚し、必死に生きてきたけれど、息子の清澄は扱いづらくなるばかり。そんな時、母が教えてくれた、子育てに大切な「失敗する権利」とは――「愛の泉」ほか全六章。
世の中の〈普通〉を踏み越えていく、清々しい家族小説。

この作品も読んだことはありませんが、他の作品で寺地さんの文章は、人との距離感が近すぎず遠すぎない、ちょうど良いところから登場人物を見ている印象でした。どこかドライな気持ちで、登場人物同士では、あまり他人に関与したくないという印象も、文章から伝わる感じがしました。

野崎まど『タイタン』

至高のAI『タイタン』により、社会が平和に保たれた未来。
人類は≪仕事≫から解放され、自由を謳歌していた。
しかし、心理学を趣味とする内匠成果【ないしょうせいか】のもとを訪れた、
世界でほんの一握りの≪就労者≫ナレインが彼女に告げる。
「貴方に≪仕事≫を頼みたい」
彼女に託された≪仕事≫は、突如として機能不全に陥った
タイタンのカウンセリングだった――。

今までの本にはなかった読書体験を味わった気がしました。
主となるテーマは、「仕事とは何か?」ですが、進めれば進む程、想像よりも遥かに超えた壮大なストーリーでした。

最初は、AIとのカウンセリングによるシリアスドラマかと思いきや、その後ロードムービー、アクション劇になったりとSFの雰囲気を漂わせながらも色とりどりの品を楽しめることができました。個人的には、ロードムービーまでは、丁寧な文章だった分、アクション劇になると、展開が荒々しい印象を受けました。その反面、SFならではの醍醐味を味わえました。
もしも何十年か後にこの本をもう一度読むならば、解釈が違うかもしれません。というのも巨大化したAIが、なかなか想像しにくいという印象がありました。全長や歩行するならば、踏んだときの衝撃波とは?など、今ならではの思考で想像すると、色々な疑問があるので、なかなか難しいなと思いました。150年以上の未来の設定なので、もしかしたら私たちの思考は変わっているかもしれません。
そう考えると、後世に残したい作品でした。

壮大なストーリーだった分、結論は意外とあっさりした感じがしました。しかし、シンプルだった分、深いなと思いました。人間にも通じる部分もあり、考えさせられました。

近未来、ほぼ全てAIが仕事をする時代。本の中では、それが当たり前となっています。便利があるが故に人間は幸せなのか。本編では書かれていませんが、もしかしたらAIではできない空白の部分で仕事することで、幸福を得ているかもしれません。全てAI任せの生活は、個人的には嫌かなと思いました。

この作品では、文章だけでなく、図や写真も用いられていて、斬新でした。特に最後が写真で締めくくられるので、色んな想像を掻き立てられました。一筋縄では終わらない作品で、とても面白かったです。


受賞作は3月2日に発表されます。どの作品が受賞されるのか楽しみです。

最後まで、読んでいただきありがとうございました。

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