見出し画像

アリエル・マルティネスと木下拓哉のキャッチャー守備を比較する

*2020/8/16 中日新聞プラスへの投稿分を転載

皆さん、こんにちは。今回は

「アリエル・マルティネスと木下拓哉のキャッチャー守備」

をテーマに考えたいと思います。

昨季(*2019年)はチームで唯一レギュラーが定まらなかったキャッチャーというポジションですが、今季(*2020年)は開幕前のルーキー・郡司裕也の猛アピールから熾烈な正捕手争いが幕を明けました。いざ開幕すると、昨季多くの試合でスタメンマスクを被った加藤匠馬木下拓哉の二人が併用で起用されましたが、潮目が大きく変わったのは7/1に発表されたアリエル・マルティネスの支配下登録です。

アリエルは打線の中軸を担っていたアルモンテの怪我もあり7/3に早速一軍登録されると、プロ初スタメンでいきなり3安打猛打賞の活躍。多少調子は落ちてきたとは言うものの、打率.296、OPS.782と貧打に喘ぐチームに欠かせない打者となりました。現在は残念ながら左手の怪我のため登録を抹消されていますが、球団発表によると軽症とのことなのでまたすぐに昇格してチームに貢献してくれるはずです。

チーム屈指の強打者が「キャッチャー」と言うポジションで台頭した今、改めて考えたいのは正捕手争いの行方です。打撃面では再昇格した郡司を含めても、アリエルがナンバーワンなのは言うまでもないでしょう。そうすると注目したいのは、現在チーム最多の21試合でスタメンマスクを被る木下と比較したときにアリエルのキャッチャー守備はどう評価したら良いか?と言う点です。

木下に次ぐ15試合でスタメンマスクを被るアリエルがキャッチャーとして十分評価されている・問題なく守れているのは明らかですが、改めて両者のキャッチャー守備を比較することで今後の正捕手争いの行方を占う一助にしたいと思います。

以下では、アリエルと木下のキャッチャー守備を以下の4点から考えてみたいと思います。

①スローイング
②ブロッキング
③配球
④フレーミング

1. スローイング: 盗塁阻止率リーグ2位と木下の強肩光る

スクリーンショット 2021-08-03 23.43.00

まずはじめに、スローイング=盗塁阻止について見ていきます。こちらはキャッチャー守備と聞くとまずはじめに頭に浮かぶポイントではないでしょうか。高い盗塁阻止率を維持することは単に走者をアウトにするだけでなく、簡単に走者にスタートを切らせない「抑止力」としても投手を助けることに繋がります。それでは以下で中日一軍捕手陣の盗塁阻止率を確認していきましょう。

▽2020 一軍中日捕手 盗塁阻止率 (8/13時点)
.476 (21-10) 木下拓哉
.188 (16-3) アリエル・マルティネス
.167 (6-1) 加藤匠馬
.000 (1-0) 郡司裕也

上記を見て頂ければ一目瞭然ですが、現状スローイングについては木下の圧勝と言えそうです。木下のマークしている盗塁阻止率.476は阪神・梅野隆太郎の.500に次ぐリーグ2位で、現時点ではリーグでも屈指の強肩であると言えるでしょう。

一方で、アリエルはここまで盗塁阻止率.188と苦しんでいます。ただ一軍昇格直後の7/4には巨人・吉川尚輝を抜群のスローイングでアウトにして見せ、その際のポップタイムは1.83秒と12球団のキャッチャーを見回しても屈指のタイムを記録していました (*ポップタイム=キャッチャーの捕球から送球までの時間を測ったもの)。

よって現在の低い盗塁阻止率はアリエルの「肩の強さ」に問題があると言うよりは、二塁送球時の制球の乱れや、ピンチの場面でピッチャーのリードに集中するあまり走者のケアが十分に出来なかった点に、改善の余地があるように思います。一軍での経験が浅いため、この点は場数を踏むことでより冷静にプレーできるようになるはずでしょう。アリエルの盗塁阻止については、引き続き注目していきたいと思います。


2. ブロッキング: 里崎氏も認めたアリエルの高い「壁性能」

スクリーンショット 2021-08-03 23.45.28

次にブロッキングについて見ていきます。ブロッキングとはボールを左右前後に大きく逸らさないことで、走者の進塁を防ぐ技術です。ブロッキング能力が優秀であれば投手も落ちる変化球を投げやすくなるなど、単に走者の進塁を防ぐだけでなく投手に思い切って腕を振って投げてもらうことにも繋がります。投手の能力を最大限に引き出すと言う意味で、ブロッキングはキャッチャーに求められる能力として最も重要だと言う見方もできるでしょう。

以下では、中日一軍捕手陣の捕逸数と、それぞれがマスクを被っていた際に発生した暴投数について見ていきます。暴投は「投手の責任ではないか?」と思われる方も多いかと思いますが、暴投の多くはキャッチャーが不用意にボールを前方や横方向に逸らしたもの、もしくは走者の好走塁によって記録されます。よって捕逸と被暴投、両方を詳細に確認することでどのプレーがキャッチャーのミスによって引き起こされたか判断する必要があります。

▽2020 一軍中日捕手 捕逸と被暴投 (8/13時点)
捕逸2 / 被暴投4 木下拓哉 (192イニング)
捕逸1 / 被暴投7 アリエル・マルティネス (133イニング)
捕逸0 / 被暴投1 加藤匠馬 (79イニング)
捕逸0 / 被暴投1 郡司裕也 (21イニング)

捕逸がここまでチームで最も多いのは木下でした。木下は今季開幕前時点で捕逸がキャリアでゼロとかなり高いブロッキング性能を誇っていましたが、今季はキャリアハイペースで試合に出場していることもあってか、ここまで2つの捕逸を記録しています。

7/9に記録した捕逸は、手元でワンバウンドするボールを、親指を下に向けたミットの向きで取りに行ったことで発生。

8/10に記録した捕逸は、左打者の高めに要求した釣り球が外側に逸れたものを捕り損ねたことで発生。

いずれも映像を見る限り捕れる範囲で発生した文字通りの「捕逸」であると言えます。さらに、7/3に大野雄大に記録された暴投についても、7/9に記録された捕逸と同様にミットの向きが逆だったことで発生しているため、個人的にはキャッチャー責であると考えます。

ただこの親指を下に向けたミットの向きで取りに行ったことで発生した捕逸と暴投は、後述するフレーミングを意識するが故に起こったミスだと考えられます。ストライクゾーン低めのボールを少しでもゾーン内に近づけて捕球するには、投球されたボールの軌道の下からすくい上げるようにしないといけないため、どうしても低めのボールにも肘を上げてミットの親指を下に向けた状態で捕球しにいく必要があります。よって低さの判断を誤ったとき、今回のような捕逸および暴投が発生するのだと思われます。

ただキャッチャーの手元で大きくバウンドするボールの処理の上手さは、昨季までの捕逸ゼロの実績や今季の被暴投の少なさからも明らかだと思います。よって木下に対しては、フレーミングとブロッキングを両立するような、高いレベルでのキャッチング技術の向上を要求したいと思っています。

・・・

次にアリエルの捕逸+被暴投数に目を向けてみます。
まず7/8に記録された捕逸は、左打者のアウトローに要求したボールに対して、投手が打者の足下へかなりの逆球を投げたことで発生しました。結果としてキャッチャーの後ろに大きく逸れる形になったため捕逸が記録されましたが、これはなかなか止めるのが難しいボールだったように思います。

さらにこれまで発生した7つの暴投についても、ベース付近で跳ねた変化球がアリエルの防具に当たり、その跳ね方がまずかったことで走者の進塁を許したものが大半でした。このような暴投については、ピッチャーとキャッチャーどちらの責任か明確に区別することは難しいと言えます。

このように結果としての捕逸と被暴投数の合計は多いように見えますが、これだけではアリエルのブロッキング能力について一概にどうとは言えません。ただかつての名捕手・里崎智也氏は、以下の記事にて技術的には「抜群だった」と評しています (以下引用)。

マルティネスは、太ももが水平だし、重心の位置もいい。あの形ならうまいだろうと見ていたが、実際、うまかった。この姿勢ができると、ブロッキングも前に腰を落とすだけでOKになるが、マルティネスは、それができていてブロッキングは抜群だった。

現時点では木下もアリエルも、ブロッキング性能については大きな問題はないと言って良いかと思います。


3. 配球: アリエルと木下で異なる梅津の「操縦法」

スクリーンショット 2021-08-03 23.48.58

次に配球について見ていきます。配球は投手にどのコースにどのボールを投げるかサインを出すスキルのことを指しますが、これまで取り上げた二つと比較して、結果ベースで能力の高さを議論するのが非常に困難だと考えます。理由は組み立てられた配球の成否を、キャッチャーの責任だけを切り出して評価することが実質不可能だからです。

如何にキャッチャーが要求したサインがデータに基づいた素晴らしいものであっても、相手打者に見抜かれた上でヒットにされることは往々にしてあります。またそもそもキャッチャーが要求したコースに100%正確に投げ切れるピッチャーはいません。逆もしかりで、例えキャッチャーが非常にリスキーな配球をしてしまったとしても、ピッチャーが投げたボールが素晴らしく打者を打ち取れた、もしくは打者が打ち損じてしまってはキャッチャーの責任論にまで発展することは殆どないでしょう。

現場レベルでは毎試合ごとに振り返りをした上で配球の是非について個別に議論し、データも用いて日々配球の改善に取り組んでいることかと思いますが、いちファンの視点でそれぞれの選手の配球の良し悪しを結果ベースで定量的に評価するのはかなり難しいように思います。


そこで今回は、アリエルと木下両者の配球傾向について見ていきたいと思います。結果でその良し悪しを判断するのではなく、「両者がどのボールを選択しているか?」と言う傾向を掴むことで配球に対する意図や考え方を考察しようと言う試みです。配球の分析には「投手視点」「打者視点」「状況視点」と3つの視点から掘り下げることが可能ですが、今回はマクロに傾向を掴むため「投手視点」での分析としています。

より配球の傾向を掴みやすくするため、アリエルと木下、両者とバッテリーを組んだ梅津晃大の7登板にフォーカスして見ていきたいと思います。梅津は今季アリエルと3試合、木下と4試合バッテリーを組んでいます。

スクリーンショット 2020-08-13 18.03.48

アリエルと木下、両者の配球傾向を見るに一番の違いとして挙げられるのはスライダー・カットボール系の使い方です。両者のストレート、フォークの投球割合に大きな差がないのに対して、アリエルはスライダーとカットボールをほぼ同程度の割合で要求しているのに対し、木下はカットボールを殆ど使わず、スライダーを多く要求していることが分かります。

アリエルは投球の軸となるストレートと空振りを狙うスライダーとフォークの「中間球」であるカットボールのような速い変化球を、バランスよく配球しようとする意図が感じられます。

一方で木下は、ストレートと空振りを狙うスライダーとフォークのコンビネーションで打者を抑えようとする意図が感じられます。

両者のこの傾向は梅津に限った話ではなく、恐らく他の投手に対しても同様の傾向が見られるはずです。例えば前回の記事である「2戦2勝の救世主!松葉貴大の好投を振り返る」では松葉の2登板について振り返りましたが、アリエルがリードした7/15と木下がリードした7/22の登板では上記のような傾向がはっきり見て取れます。

最近のトレンドとしてカットボールやツーシームと言った、ストレートと似た軌道・球速帯である「中間球」を活用することで球数少なく、効率的にカウント・アウトを稼ぐことの重要性が盛んに叫ばれています。スライダーやフォークと言った変化球は変化量が大きいため空振りを奪う目的としては機能しますが、ボールになる確率も高くカウント球として使うのが難しいのがその理由です。またカーブやスライダーと言ったボールはリリースした後にストレートと比較して軌道が大きく膨らむため、打者は見逃しやすい&甘く来たボールは反応で打たれやすいと言うリスクも挙げられます。

SNS等で中間球を上手く使うアリエルのリードが称賛され、ストレートと曲がりの大きい変化球の二択になりがちな木下のリードが批判されがちなのは、上記トレンドが理由だと思われます。

スクリーンショット 2020-08-13 18.32.46

次に左右別の投球割合を見ていきます。こちらは前述の通りスライダー・カットボール系の使い方に違いはあれど、左右別の投球割合に大きな違いはないように思います。

対右打者に対しては、打者から逃げるボールであるスライダー・カットボール系の割合を増やす傾向にあります。一方で対左打者に対しては、ストレートとフォークの割合が高まる傾向にあります。

「打者から逃げる変化をするボールを増やし、打者に向かっていくボールを減らす」と言う基本的なセオリーに則った配球を、両者とも実行していると言えるでしょう。

スクリーンショット 2020-08-13 18.42.23

最後に状況別の投球割合について見ていきます。梅津の投球イニングを序盤 (1-3回)、中盤 (4-6回)、終盤 (7回以降)と3つに分けた「イニング別」と、打順の巡りごとに投球割合を確認してみました。

アリエルの投球割合を見てみると、イニングや打順を追うごとに特に投球割合に変化が見られることはありませんでした。全ての持ち球を試合序盤からバランスよく活用している傾向が見られ、実際に試合を見ていても配球に偏りが見られる印象は特にないかと思います。

一方で木下の方は、序盤はストレートを多く使い、試合が進むにつれて変化球の割合を増やしていくような「一試合単位で見た組み立て」を意識していることが読み取れます。実際に木下がリードする試合を見ていると、初回はストレート一本で抑えにかかるような、極端な配球傾向を感じた方も多いのではないでしょうか。梅津登板試合においても、例えば6/28の広島戦では先頭のピレラ、菊池涼介、西川龍馬の打者3人に対し7球すべてストレートを投じ、あっという間に一死一三塁のピンチを招いたことがありました。

一般的に投手の球速は回を追うごとに落ちていくため、序盤に活きのいいストレートを多く使って打者を圧倒し、球威が落ちてくる中盤以降に変化球を増やしていく意図があるのだと推察されます。アリエルが序盤からすべての持ち球をフルに活用した攻め方の引き出しが多い配球をするのに対し、木下は序盤、中盤、終盤など試合展開ごとに決まった攻め方を好むと言えるでしょうか。

・・・

以上、長くなりましたがアリエルと木下の配球傾向の違いについて見ていきました。基本的に配球は投手、打者、その時点での状況など複数の視点からミクロに考察することでバッテリーの意図をより深く考察できることは間違いないですが、捕手それぞれの配球の意図や考え方をマクロの視点で考察するのもまた面白いことだと思います。

追記: 木下拓哉捕手の配球について、2021年シーズンではチーム単位で「ストレートを減らす」傾向があることがわかりました。詳しくは以下の記事をご覧ください。


4. フレーミング: リーグ上位レベルは間違いない木下のキャッチングに注目

スクリーンショット 2021-08-03 23.55.12

最後にフレーミングについて考えます。フレーミングとは「審判がストライクとコールする確率を上げるような方法で、キャッチャーが投球を受ける技術」と定義され、近年ではキャッチャーのスキルの中では最も重要性が高いと注目されています。

残念ながらNPBにおいてフレーミングによる価値を定量化したデータがないためここで紹介することはできませんが、個人的には木下のフレーミング技術はかなり高いと感じています。特に低めのフレーミングは抜群で、どの球種でもストライクゾーンギリギリのボールをすくい上げて多くのストライク判定を毎試合のように獲得しています。

アリエルもフレーミングに対する意識は随所に見られますが、現状木下ほどの技術はないように思います。ただフレーミングの技術は、最近では高校生や大学生でもMLBの一流選手のプレー動画などを参考にプレーの質を高められる領域だと思いますので、身近に抜群の技術を備えたライバルがいる環境においては、アリエルの技術向上もそう難しくはないかもしれません。

追記:2020年シーズン終了後に発表された"1.02 Fielding Awards 2020"捕手部門では、木下拓哉捕手が見事受賞者となりました。上記の予想通りフレーミング評価は大差をつけてNPBでトップと評されています。


5. まとめと今後の起用法

以上、アリエルと木下のキャッチャー守備について考えてみました。まとめると下記の通りとなります↓

スローイングはリーグ2位の盗塁阻止率を誇る木下に軍配。アリエルは強肩だが制球に課題があるか
ブロッキングはアリエルと木下、両者とも大きな問題はない。アリエルのブロッキング能力は里崎氏から太鼓判、木下はフレーミングとの高いレベルでの両立を目指したい
配球はスライダー・カットボール系の使い方に大きな違いが表れる。アリエルは序盤から偏りなく球種を使い、木下は序盤は特にストレートを多く使う
フレーミングは公開されたデータがないため定量的に両者の違いを測れないが、木下が高い技術を持っているのは間違いないはず。アリエルも悪くはないが、今後さらなる技術向上に期待

最後に今後の起用法については、アリエルの一軍復帰後はまた木下、郡司も含めた併用にまずは落ち着くと予想されます。アルモンテが復帰したため一軍登録枠の関係はありますが、得点力に大きな弱点を抱えるチームのためゴンサレスヤリエル・ロドリゲスなど外国人投手を登録抹消・ベンチ外にしてでも野手3人起用を暫定的にでも採用する可能性は高いでしょう。

キャッチャーの中での機会配分については、基本的にはこれまで通り木下が大野雄大、柳裕也、その他投手をアリエルと郡司で分けていくような形になると思います。ただアリエル、郡司が打力でかなりアピールしていることを考えると、彼らがキャッチャーを殆ど破綻なく守れている以上は今後打力優先で大野雄、柳登板時にもスタメンマスクを任せるような起用があっても良いように思います。特に左右のエースである大野雄、柳だと尚更キャッチャーが誰であれ安定したパフォーマンスを発揮できるようにあってほしいと願います。

もちろん、木下が開幕当初の調子を取り戻し、さらにこれまで見せてきたようなパンチ力のある打撃でアリエル、郡司に見劣りしない活躍を見せてくれれば言うことはないですが。


以上、ロバートさんでした。
ありがとうございました!


データ参考:


この記事が参加している募集

野球が好き

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?