小品「黒煙」

 朝から激しい雨が降り続いていた。それなのに、都心環状線で爆発事故が起きた。ガソリンを輸送していたタンク車が横転したのだった。明け方の薄闇の中の、虹色の溶けこんだ水たまりの奥の方から、ぼんやりとした火柱が上がり、一瞬の後に、周りのすべてのものどもを吹き飛ばしていった。雨は降り続いていた。
 道路に広がったガソリンに火がともり、黒々とした煙が雨雲の中へ吸い込まれていった。雨が煙を洗い流しているようにも思えた。不思議に幻想的な風景だった。
 朝から激しい雨が降り続いていて、都心環状線で爆発事故が起きたが、そういったこととは全く無関係に世界は存在していた。祖母が目を覚まし、布団を畳んだ。花々の刺繍の施されたカーテンを左から右へ開けたが、まだ外は深夜のように暗かった。祖母は朝食の支度をしようと台所までやってきたが、ふと小さな胸騒ぎを感じ、勝手口から首だけ出して空を見た。
 月は出ていなかった。数滴の雨粒が祖母の皮膚をうった。空は暗黒に満ちていたが、遠くの雨粒が、さらに遠くの街の光を反射して、祖母は幾つかの星が見えたような気がした。

#散文

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