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みちのく津軽ジャーニーラン266km完走記 その3 愛し愛される主催者

戦術の前の戦略


レースは、7月16日17時~18日20時までの51時間で行われる。14時半~15時半が選手受付、15時半~が事前説明会、17時出走となる。

繰り返し述べてきた通り、俺たちサムライ魂はD級妖怪だ。普通の人間たちが踏み込んでこない領域のチャレンジはしてきたと思うが、それでもA級やS級妖怪が集うこのレースで完走を狙うには、明らかに実力が不足している。妖怪度合いは、ふくらはぎに出る。顔や上半身は大した気を放っていなくても、ふくらはぎを見た瞬間に心折られるほどの覇王色の気を放っている、というのはA級とS級によく見られる現象だ。反対に、例えば俺は見た目からはまぁまぁな覇気が出ていると自分でも思うが、ふくらはぎはアンガールズ田中の腕のように細い。普段の努力は、ふくらはぎに出る。

実力に劣る俺たちは、しかしどうしても今回のみちのく津軽266kmを完走したかった。従い、走力で劣る分は戦略で補うことにした。266km51時間を戦う上で、最も手ごわい敵は何か?眠気である。この眠気だけはどうにもならず、過去幾度か経験した夜越えのレースでも、大抵は膝を屈してきた。眠気を倒すにはどうすれば良いか?事前によく寝ておくことだ。俺たちは、17時出走だからと弘前に当日入りするようなことはせず、余裕を持って前泊することにした。また、レースギリギリまでとにかく寝ることを自らに課し、ホテルは12時チェックアウトに1時間延長をブレンドし、さらにもう1時間の延長をして万難を排した。

具体的には、13時40分まで寝て、14時に昼食(ソウルフードのびっくりドンキー)を爆食、15時20分頃に選手登録。15時半からの事前説明会に臨むに至った。レースで疲労が込んでくると、10分15分の仮眠を求めて、脳が錯乱することがある。やりすぎに思えても、ここまで直前まで寝ていたことは、結果的に俺たちのレースの成否を分けたと思う。


事前説明会

司会のお姉さんこと、「ゆうゆ」 いつも彼女から事前説明会は始まる

15時半から、事前説明会が始まった。まずは司会のお姉さんこと「ゆうゆ」が仕切って場を盛り上げ、大会主催者であるNPO法人スポーツエイド・ジャパンの館山会長につないでいく。参加者にとってはおなじみの光景だ。

スポーツエイド・ジャパンの館山会長。詳しい統計を取ったことはないが、恐らく日本のマラソン大会の長の中で、参加者たちから最も深く敬愛されている方だと思う。また会長からも、地元を愛し、大会を愛し、参加者を愛していることが伝わってくる。

NPO法人スポーツエイド・ジャパン 館山会長  撮影:Shizu Koshikawa

その館山会長のお話が始まった。参加者一同、息をのむ瞬間である。通常、マラソン大会の説明会なんぞ、誰も聞いていない。トライアスロンのような危険と隣り合わせの大会だとしても、要点だけ聞いてあとはスルー、という場合も多い。しかし、このスポーツエイドの大会に関しては、全参加者が全くおしゃべりすることなく、館山会長のお話に深く耳を傾けている。

なぜか?館山会長のお話には、2つの大きな特徴がある。

1,長い
館山会長のお話はいつも長い。8時がレースのスタートなのに、館山会長の話が終わったのが8時5分、そこから参加者は慌ててトイレにいき、8時10分頃出走・・・というパターンもざらにある。しかし当然、関門時間が変わるわけではない。従い、参加者は話の内容というよりは話の流れに注目している人が多い。今この時間でこの話をしているということは、果たしてスタートまでに終わるのか、おい終わるのかい、終わらないのかい、どっちなんだーい!という中山きんに君のような叫びを心の中で挙げている人もきっと多いと思う。幸い、最近は運営側も慣れてきて、司会のお姉さん「ゆうゆ」が、適当なところで話を切ってくれるようになった。これから気持ちよく本題に入ろうとしたがゆうゆにばっさり斬られたときの館山会長のしょげた御顔を拝見するのも、この説明会の魅力の一つである。

2,ほとんど聞こえない
館山会長のスピーチのスタイルを米国消費財会社の商品名風に表すとすると、「ウルトラウィスパー」。マイクを使っていても、ほとんど聞こえない。「皆さんこんにちは!」から始まり、そのあとほとんど聞こえなくなり、数十分後、「それでは説明会を終わります」で締まる。そんな説明会を俺は何度も受けてきた。数年前に唯一聞こえたのが、「リタイヤしても助けませーん。自分で戻ってきてくださーい。あ、死なれるとこちらが迷惑するので死なないでくださいねー」とホスピタリティ満載のことをおっしゃっていた。

以上の理由から、参加者は隣の人間と小声で話すこともなく、全集中で館山会長のお話に耳を傾けているのである。大声で話さずとも、無駄話をする参加者を注意しなくとも、その場にいる全員にこれだけの集中力を要求する館山会長の手腕は、並みではない。

ちなみに俺はこれを「ラーメン二郎商法」と呼んでいる。ラーメン二郎のように、顧客が中毒状態になるほどのブランドが確立できていれば、商品・サービスのプラス面だけではなく、マイナス面ですら顧客を喜ばせることにつながる。ラーメン二郎の場合、その卓越した味(評価は分かれる)というプラス面に対し、「行列が長い」、「注文方法が二郎初心者に異様に厳しい」、「店舗が汚い」、「親父の親指が入った状態で丼が出てくる」、「食べてすぐ腹をくだす」、「健康には絶対に悪い」、「二郎好きなヤツは大体香るデブ」などのマイナス面がある。しかし顧客は、そんなラーメン二郎の足りないところにも、言いようのない魅力を感じている。

スポーツエイド・ジャパンの大会も同じだ。主催側の人数も参加者の人数も限られた小規模な大会が多いため、畢竟、東京マラソンなどの大規模モノと比較すると、無いものづくしとなる。しかし、本ブログでこれから解説していくように、参加者はスポーツエイド・ジャパンの開催するレースに魅せられたコアファン、よりはっきり言えば中毒者が大半であり、エイドが少ないことも、関門が厳しいことも、補給が全くできない区間があることも、距離が異様に長いことも、会長の話が長いことも、会長の話が聞こえないことも、すべて魅力と捉えているのである。

15時半から始まった事前説明会は、当初は17時を過ぎるまで続くと思われていた。しかしまさかの16時半に終了。17時に終わって17時15分までトイレに籠ってすべてを出し切り、ビハインド15分を背負いながら序盤に追い上げて遅れを回収する、という想定をしていた俺は、少し拍子抜けした気分だった。

スポーツエイド・ジャパンは、運営側の総力を挙げて、館山会長のスピーチ時間をコントロールする術を、ついに身に着けたようだった。16時55分までトイレに籠り、卍解。準備は整った。俺は、俺たちは、すべてを出し尽くしてこのレースの勝利を獲りにいく。

ついに、レースが始まる。266km、51時間の戦いだ。俺は、全身で震えを感じていた。そうそう、昨日クーラーガンガンの部屋で裸で3時間寝ちゃって、風邪を引いてたんだった。

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退かぬ、媚びぬ、省みぬ!
我が生涯に一片の悔いなし!

羅王


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