1 使用者責任における被用者からの逆求償の可否(最高裁令和2年2月28日第二小法廷判決)
【結論】
従業員が勤務中に第三者に損害を加えて、その損害を自ら賠償した場合、従業員は損害の公平な分担という見地から相当と認められる額を会社に求償することができる。
【関連条文】
民法715条
1 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
【主要登場人物】
①会社Y
②従業員X
③被害者
④被害者の遺族
【事案の概要】
① Y社のトラック運転手として勤務していたXは、会社の業務としてトラックを運転中に交通事故を起こし、その結果、被害者が死亡した。
② 被害者の遺族は、Y社の従業員であるXを相手方として損害賠償請求訴訟を提起した。
③ 約1400万円の請求認容判決が確定し、Xは判決に従って賠償金全額を被害者の遺族に支払った(厳密にいうと弁済供託をした)。
④ Xは、被害者の遺族に支払った賠償金について、Y社に対して求償を求めて訴訟を提起した(本件訴訟)。
⑤ 第一審はXの請求を認容した。しかし、控訴審は逆求償に関する明文の規定がないなどとして第一審判決を取り消してXの請求を棄却した。これを受けて、Xは上告受理を申し立てた。
【判決要旨】
破棄差戻し(求償可能額につき審理を尽くさせるため)。
民法715条1項が規定する使用者責任は、使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや、自己の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増大させていることに着目し、損害の公平な分担という見地から、その事業の執行について被用者が第三者に加えた損害を使用者に負担させることとしたものである。
このような使用者責任の趣旨からすれば、使用者は、その事業の執行により損害を被った第三者に対する関係において損害賠償義務を負うのみならず、被用者との関係においても、損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解すべきである。
また、使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防又は損失の分担についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対して求償することができると解すべきところ(最判昭51年7月8日民集30巻7号689頁)、上記の場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで、使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でない。
以上によれば、被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え、その損害を賠償した場合には、被用者は、上記諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について、使用者に対して求償することができるものと解すべきである。
【ノート】
1 使用者責任の内容
民法715条1項は、従業員が勤務中に第三者に加えた損害について会社に賠償責任を負わせている。いわゆる「使用者責任」といわれる規定であり、会社は従業員の活動によって利益を得ているのであるからそこから生じる責任も会社に負担させることが公平であるという報償責任の考えを背景としている。
同項ただし書は、従業員の選任監督に過失がなかったことを立証すれば会社は使用者としての賠償責任を免れるとしているものの、近年の判例学説はこの立証を容易には認めない傾向にある。特に大企業の場合はほとんど無過失責任のようになっている。
もっとも、あくまでも第1次的責任は不法行為をした従業員自身と考えられているため、会社は被害者への賠償後には従業員に対して求償することができる(同条3項)。
2 逆求償とは
このように会社側からの求償については明文の規定がある一方で、本件のように従業員側が賠償金を支払った場合の従業員から会社への求償、いわゆる「逆求償」に関する規定はない。
それゆえ本件の控訴審判決は、明文の規定がないことを主な理由として、従業員からの逆求償を否定した。
3 昭和51年最判とのバランス
(1)昭和51年最判
逆求償の可否を判断するにあたっては、最高裁昭和51年7月8日第一小法廷判決民集30巻7号689頁(以下「昭和51年最判」という。)とのバランスを考慮する必要がある。
昭和51年最判は、会社と従業員の損害の公平な分担という見地から、信義則を根拠として、会社から従業員への求償の範囲が制限される場合があるとしている。
つまり、会社は、被害者に支払った賠償金の全額を従業員に求償できるわけではなく、その負担部分を超えて支払った部分だけを求償することができるのである(例えば、損害額が1000万円で、会社と従業員の負担割合が8:2だとすると、会社は被害者に1000万円を賠償後に従業員に対して200万円を求償することができる。)。
(2)不合理な結論の回避
この昭和51年最判との関係上、控訴審判決のように一律に逆求償を否定してしまうと、会社が先に賠償した場合と従業員が先に賠償した場合とで両者の負担額が異なることになり(簡潔にいうと先に賠償したほうが負担額が大きくなる)、あまりにもアンバランスで不合理な結論となってしまう。
いわば「先に賠償したら損をする」というこの結論は、損害賠償に迅速に対応しないほうがよいという不当なインセンティブを加害者側に与えてしまいかねないものであり、社会的にみても到底看過できない。
本件最高裁判決はこの点を重視して、すなわち昭和51年最判とのバランスを重視して、特に明確な理論的根拠は示さないままではあるが、従業員からの逆求償を肯定した。
なお、逆求償の場合における会社と従業員の負担割合は、昭和51年最判と同様の基準(事業の性格、規模、従業員の業務内容等の総合考慮)で判断するとしている。
5 重要な先例的価値
本判決は、明文の規定がない従業員からの逆求償を、最高裁として初めて正面から認めた点で重要な先例的価値がある。
実際には従業員が自ら先に賠償することはそれほど多くないことから実務上はあまり大きな影響を及ぼすものではないかもしれないが、理論的には興味深い分野であるため、司法試験等で出題される可能性は高いと思われる。
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