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【短編】ゆめにっし

 ええ,前任校での話なんですがね.
 当時は私,週番の生徒には,学級日誌に好きなことを書かせるという方針だったんですよ.
 そうそう,あの自由記述のスペースにね.
 ○○先生なんかは真面目だから,あそこにはちゃんと今日学校であった出来事と,それに対する反省とかを書かせてらっしゃるじゃないですか.
 いえいえ,それが悪いってんじゃないですよ? 勿論.私が言えた義理じゃありませんし.ただ以前の私は,ああいうところで生徒の生の声を聞くのが好きだったんですよ.好きな小説とかゲームの話をしてくれたり,大切な兄弟やペットの話をしてくれたり…….それに対して私も何かを書いて返すと,それに対する返答がもらえたりしてね.1週間で週番の子とどれだけ話を広げられるかなんてことを,1人で勝手に頑張ったりして.ははは.

 で,どうして今はそれをやってないのかって話なんですけど.
 その学校では,毎週2人の生徒が週番を担当してたんです.で,私は,日誌を2人でどう分担するかっていうのは,生徒たちの好きにさせてたんですよ.スペースを分割して毎日2人とも書くもよし,1日ずつ交互に書いてもよし……てな具合で.

 で,ここからが本題なんですけど,

 その週は,最初の3日分の日誌を,仮名ですけどAさんが書いて,残りの2日分をBさんが書くっていう感じだったんですね.
 ……そうですね。Bさんの方が楽な役回りです.じゃんけんでもして決めたんでしょうか.
 まあとにかく,AさんもBさんもその年2回目の週番で,前はこんなことを書いてくれたけど今回は何を書いてくれるんだろう,なんて,少し楽しみにしてたんですよ.

 んで,月火水の3日間,Aさんは主に夢の話を書いてくれたんです.自分はこんな変な夢を見たことがあるとか,明晰夢……見ながらにして夢だとわかってるやつですね.それを何回見たことがあるとか,そんな話題です.
 ええ,ですから本当に,なんでも自由に書いて良かったんです.
 
 そしてAさんの担当分の日誌は何事もなく終わって,木曜日です.
 ……これはよく覚えてるんですが,Bさんの日誌はこう始まったんです.


「Aさんが夢の話をしていて勇気をもらったので、ルール違反かもしれないが、私も夢について書こうと思う。」
 

 ルール,っていうのは何のことかよくわからなかったんですけど,まあAさんと,同じ週に同じテーマについては書かないようにしよう,みたいな取り決めをしてたのかな,なんて考えて.

 で,それに続く文章を読んで,思わず背筋が寒くなったんですよ.

 流石に全ての文を暗記してるわけじゃないんですが,大体の内容は…….つまりですね,Bさんは小さい頃から,夢に自分が出てくると必ずその自分,つまり夢の中のBさんが無惨に死んでしまうんだ,というんです.

 これ,ちょっと怖くなりませんか.
 勿論他人の夢の事情なんて殆どわかりませんから,そういう事情を抱えてる人……夢の中で必ず死んでしまう人というのも,中にはいるのかもしれません.でも,多感な時期の子どもがそんなことを書いてきたら,少なからず心身の不調を疑いたくなりませんか? それどころか,何なら遠回しに希死念慮を伝えてきている可能性とかだってあるわけですよ.
 だから私は不安になって,何ならカウンセラーの先生に相談した方が良いかもしれない,なんて思いながら.でも確か自分が死んでしまう夢って,夢占いでは吉兆を表すんだよな,なんてことを思い出して.
 ……ええ,そうらしいんです.昔少し調べたことがあって.まあ夢占い自体,どこまで信じられるのかって話なんですが.
 んで,とにかく何かポジティブなことを返信した方が良いよな,って考えて,

「夢占いにおいては、夢の中で亡くなることは吉兆だそうです。Bさんはもしかしたら、とても幸運な人なのかもしれませんね。」

 みたいなことをね,返信欄に書いたんですよ.今となっては,もっと違うことを書けばよかったと思うんですけどね.
 そして金曜日.私は結構緊張してたんですが,Bさんの様子にいつもと変わった点は無く,元気そうでした.1日が終わる頃になると,私も昨日の日誌は単なる世間話で,希死念慮だの何だのは単なる杞憂だったか,と安心しはじめていたんです.

 が,

 これもはっきり覚えています.金曜日の日誌に,Bさんはこう書いてきたんです.


「そうなんですね.」
「というと,今になって思えば,あれは死んでいるということではなかったんですね.」
「納得します.」


 私の返信に対して書いてきているのは間違いありませんでした.
 それで,私はすっかり怖くなって,暫くしてから,生徒には学級日誌に通り一遍のことしか書かせないようにしたんです.学校に関係のないことは書くなと言ってね.まあ,恐らくは対応が遅かったんじゃないかと,今になって悔やんでいるんですが.

 ……はい? ええ,そうですね.この話はこれで終わりです.

 え,Bさんですか? その後も元気に学校生活を送っていましたよ.私がこちらに異動してきてからの事情は知りませんけど.



「……ちゃんと聞いていたつもりだったんですが、わかりませんでした。結局、先生はなぜ日誌の形式を変えてしまったんですか? Bさんが書いてきた文章も、確かに不思議な内容ではありますが、恐怖を感じるほどではないと思います。Bさんが元気なら、なおさら心配することはないでしょう。先生は一体何を怖がっているんですか?」


 
 わかりませんか.そうですねぇ…….
 では,木曜日の日誌のBさんの文字と,金曜日の日誌のBさんの文字の筆跡が全く異なっていて,
 それ以来,Bさんは金曜日の筆跡でしか物を書かなくなってしまったと言ったら,

 私の感じた恐怖が伝わりますかね?




                      

                      (この文章は作り話です.)
 


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