「カナメくんは泣く泣く手放した」

「カナメくんは泣く泣く手放した」

 カナメくんは泣く泣く手放した。カナメくんは泣く泣く手放すのだから、受け取る人には大変な感謝をしてもらいたかった。だってカナメくんは、場合によっては手放さなくたっていいのではないかという風に思っていた。もちろん手放す以外に、方法はないんだけれど、受け取り側の態度とか、表情とか、そういうもの、そういう様々な要素が、たしかな正しさで用意されているかどうかが何より重要で、それらが万一、不備を抱えていた場合には断固として手放さないつもりであった。けれどもどれだけカナメくんが手放さないつもりでいても、結局は手放さなければならないことには変わりなかった。それをカナメくんは知っていたのかどうかは分からない。どれだけ自分だけのルールを決めようとも、誰が受け取りに来たとしても、いずれにせよカナメくんは泣く泣く手放す。つまりカナメくんには選択肢がなかった。そんなことは露知らず、カナメくんは最後まで場合によっては手放さなくてよいと考えていた。カナメくんにとって、手放さなくてもよい、というのは祈りのようでもあった。手放さなければならない、と、手放さなくてもよい、というニュアンスの違いは、近い未来を生きるためには必須であった。場合によっては手放さなくてもよいと考えていたカナメくんは、つまるところ泣く泣く手放した。要するにカナメくんは、最後には泣く泣く手放すことも致し方ないと自分で判断したのであった。手放さなくたってよいと思っていたけれど、手放すことにしたのであった。だからカナメくんは泣く泣く手放した。ただ、手放すほかはなかったのだとは思っていない。思わないようにしている。そう思うことだけが、本当にそれだけが、カナメくんにとって唯一の救いであった。

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