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再び、カルヴァンってこんな人

ドン・リチャード・リソ「性格のタイプ」1992年11月10日第一刷/1993年7月20日第二刷/春秋社 より
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〈関係の三つ組〉の中の三つの性格のタイプは、攻撃と、抑圧の結果生じる自己発展の停止とに対し、共通の問題をもつ。 これらのタイプのそれぞれは攻撃的な衝動をもっており、それは完全に抑圧されるか(タイプ9・内向的感覚型)、理想的な仕事に昇華されるか(タイプ1・外向的思考型)、力強く表現される(タイプ8・外向的直観型)。また、この三つのタイプのそれぞれは、自我のある面を抑圧しており、その結果、その性格に特有の効果をもたらしている。一般的にこの三つのタイプは、

自分たちに悪いところがあるとは考えない

深刻な問題はすべて自分の外部の環境の中に存在すると彼らは考える。その環境を、支配しようとし(タイプ8・外向的直観型)、和合を見つけようとし(タイプ9・内向的感覚型)、改善しようとする(タイプ1・外向的思考型)。さらに、これらのタイプは、抑圧のおかげで、自分たちの行動がもたらす結果について不安を感じることを免れている。したがって、彼らは比較的心の葛藤や自己疑問に妨げられずに生きることに専念できる。要するに、 こうした気質はこれらのタイプには快いも のであるが、

この気質のおかげで、それ以外のタイプに対しては人生を非常にむずかしいものにしてしまう


世界史の窓:世界史用語解説 授業と学習のヒントhttps://www.y-history.net/appendix/wh0903-033.html  より
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■カルヴァン
ルターの聖書主義、ツヴィングリの福音主義などの影響を受け、1540年代にスイスのジュネーヴで宗教改革を実践、改革派を指導した。その教えはフランス、オランダ、イギリスなどに広がり、特にその信条の「予定説」はプロテスタントの理論となり、さらにヨーロッパ資本主義社会に影響を与えたと言われている。
■カルヴァンの予定説
カルヴァンの思想は、ルターの聖書中心主義とともに、スイスの宗教改革者ツヴィングリの福音主義を発展させ、またエラスムスの人文主義の影響を受けていたが、その最も独自性の強い主張は予定説といわれる宗教理論であった。予定説とは、すべての物事は神の業(わざ)であるという考えを突き詰め、人の救済も(その人の信仰の努力ではなく)神によって予(あらかじ)め定められている、という信条であり、人は神からあたえられた現世の職業を含めたすべてに対して誠実に生きることを説いたものであった。このカルヴァンの思想は、西ヨーロッパの商工業者に広がり、資本主義社会の形成の背景となったと言われている。→マックス=ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』
■ジュネーヴでの神政政治
カルヴァンは、エラスムスなどユマニスム(ヒューマニズム)の影響を受けて、はじめは反対派に対しても寛容な姿勢であったが、1541年にジュネーヴで権力を握り、厳格な神権政治を実行していくうちに、次第に非寛容の姿勢が強くなった。カトリック教会を厳しく弾劾しただけではなく、たとえば

ミシェル=セルヴェという神学者が、三位一体説を批判する説を発表すると、異端説であるとして弾圧してセルヴェを宗教裁判にかけ、処刑

してしまった。また人文学者に対しても

神を冒涜する言説については激しい非難を加え、ラブレーの著作なども禁書

にした。それだけではなくカルヴァンは

市民生活にも厳しい規律を求め、違反者を次々と捕らえて裁判にかけ

恐怖政治として恐れられた。カルヴァンによって犯罪として告発された事件には次のような事例があった。

放浪者に占いをしてもらった事件、ダンスをした事件、25歳の男と結婚しようとした70歳の女性の事件、ローマ教皇を立派な人だと言った事件、礼拝中に騒いだ事件、説教中に笑った事件、カルヴァンを風刺した歌を歌った事件

など。<渡辺一夫『フランス・ルネサンスの人々』 岩波文庫 p.270>
カルヴァンがジュネーヴでの最後の仕事となったのは大学創設であった。1559年、テオドール=ベースを学長として迎えて創建された「ジュネーヴ学院」は、ヨーロッパ各地から若者を集め、福音主義の兵士として鍛え上げて送り出し、ヨーロッパのキリスト教改革派の原動力となった。

■誰も知らないカルヴァンの墓
カルヴァンは胃弱、偏頭痛、神経痛、結石、肺結核など多くの病気を抱え込んでいた。「絶えざる死にも似ている」病気と戦いながら、信仰上の敵との論争に明け暮れた生涯であった。愚弄と憎しみをもって立ちむかってくる信仰上の敵に対しては、己の使命とは相容れない者として追求し、徹底して冷酷に立ちむかった。その反面、かれを慕って集まってくる人々に心を慰められることもあったが、つねに怒りと自責が交錯し、決して円満柔和ではなかった。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』福祉国家論 より
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■自由主義的福祉レジーム
アングロサクソン・モデルとも呼ばれる。アメリカ、イギリス、カナダ、スイス、オーストラリア、日本などがある。市場による所得比例(業績評価モデル)と政府による最低保障(残余的モデル)の組み合わせが特徴。

ベヴァリッジ報告書では以下を「5つの悪」

とし、国家による社会保険制度を整備することでこれに対抗し、それが不可能な場合に備えて公的扶助を設けるとした。

窮乏(want) 疾病(disease) 無知(ignorance) 不潔(squalor) 怠惰(idleness)

政府による社会保障給付は底辺層に対する社会的スティグマ(一般と異なるとされることから差別や偏見の対象として使われる属性、及びにそれに伴う負のイメージのこと)をともなった選別主義的なもの、もしくは中流階級のニーズに応えられない低水準

なものである。よって、社会保障は主に個人が民間保険などから調達し、政府は福祉ビジネスの環境を整えることが役目となっている。また、労働政策は労働者の社会保障が最低限である。従って雇用の流動性は高い。そのため所得格差が拡大するが、グローバリズムへの適応力が高いといわれる。

■保守主義的福祉レジーム
大陸ヨーロッパ・モデル(コンチネンタルモデル)とも呼ばれる。ドイツ、フランス、ベルギーなどである。職域組合や企業福祉などによる所得比例(業績評価モデル)と政府による最低保障(残余的モデル)の組み合わせが特徴。社会保障は補完性原理を基調とし、家族を中心とする血縁、コーポラティズム、国家主義を強要する。労働者の保護は労働組合の恩恵が及ぶ限りにおいて高度である。そのためインサイダー(端的には正社員の男性)とアウトサイダーの社会的分断(デュアリズム)が生じ、概して失業率が高い。また、職業と福利厚生が一体化していることとあいまって、雇用の流動性を阻害するといわれる。このレジームに固執する限り、グローバリズムの前には袋小路になり経済パフォーマンスが低下するとされる。

■家族主義的福祉レジーム
南欧=東アジアモデルとも言われる。イタリアが代表的。ほかにスペイン、ポルトガル、ギリシャ、日本、大韓民国、台湾である。福祉施策は貧弱で福祉ビジネスも未発達なため、高齢者、失業、子育てなどについて家族が責任を持つべきとする家族主義が特徴。家族に過度な負担をかけるため少子化の弊害が深刻化するとの意見がある。

■日本の福祉国家像
日本の福祉レジームについて、厚生労働白書では「エスピン=アンデルセンは、日本の現状の福祉システムは、保守主義を中心としながらも自由主義的なシステムを混合して構成されている」と述べられている(福祉の供給主体)。

日本の経済政策をめぐる議論の中で、福祉国家像が明示的に議論に上ることは少ない。



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