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武漢からのブログ メモno25

世界で猛威を振るう新型コロナウイルス肺炎。最初の発生地とされる中国湖北省の武漢市はすっかり世界中に名が知られることとなった。その武漢に、世界中にいる億単位の中国人から注目を集める女性作家がいる。彼女が毎晩深夜0時前後にSNSに投稿する武漢の様子が、多くの中国人の心をとらえているのだ。時に政府批判も含むため、当局から削除の憂き目に遭うことも度々だが、毎晩毎晩、投稿は止むことがない。その作家とは、どんな人物なのか。

●武漢在住の女性作家のSNS日記
「深夜0時、いつもワクワクして、日記を待っている。あなたの日記がまるで良薬のように、われわれの焦燥と苦悩を和らげてくれる」――。
毎晩、多くの中国全土や海外在住の中国人が注目し、真夜中の0時になると、たちまちアクセスが集中して多くのコメントであふれるSNSのアカウントページがある。そのアカウントページの名は「方方日記」。新型コロナウイルス肺炎で揺れる中国・武漢市に在住する女性作家の方方さんが投稿する日記(ブログ)形式のコラムである。なぜ、深夜0時にアクセスが集中するかといえば、その理由は明らかだ。 まず、方方さんが決まって深夜0時前後に投稿すること。 そしてもう1つの理由は、投稿の多くが、翌朝には中国の政府当局によって削除されてしまうからだ。 彼女のブログがなぜ、それほど注目されるのか。それはどんな「官製メディア」を見るよりも、現在の武漢や市民の生活の様子が手に取るようにわかるからだ。1月23日に武漢が封鎖されてから、彼女は毎日1本の日記を書き始めて、SNSのウィーチャットや微博(中国版ツイッター)に投稿を始めた。今現在まで36篇で合計約6万字以上の「方方日記」を投稿してきた。 その内容は多岐にわたる。 武漢が封鎖された後の市民の様子、武漢市民の日常のささいなこと、病院関係者の友人からの情報や自身の考え、政府への助言などなど…。特に、最初に感染がどんどん拡大していく中で、多くの人がどうしたらいいのかパニック状態に陥ったときには、投稿を通じて助けを求めた。 読者は雪だるま式に増え、現在その数は「億単位」と推測されている。1月末ごろから、武漢をはじめ中国全土と海外在住の多くの中国人が、「彼女の日記を読まなければ、寝られない」という状態である。
●中国の政府当局から。何度削除されても書き続ける理由
彼女は政府に対しても物怖じせずに発言する。このため、政府を支持する人からの脅迫や恫喝も多く、中国の政府当局からは何度も投稿を削除されている。そのうち彼女のアカウントも閉鎖される羽目になった。今はアメリカ在住の友人のアカウントを借りて発信し続けているが、その日の内容次第では、即削除されることが現在も続いている。それでも負けずに書き続け、毎晩0時前後に投稿している。そのため、彼女は「21世紀の魯迅」「マスコミ界の英雄」「女性の中の豪傑」「中国の文芸界において最も勇敢な人」などと称賛され、支持されている。 一体、彼女は、どんな人物なのだろうか。  実は「方方」は彼女のペンネームである。彼女の本名は汪芳という、中国の南京に生まれ、武漢育ちで、小説やエッセーを書く著名な作家だ。これまで武漢を舞台にたくさんの作品を書きあげてきた。方方さん。「方方」は彼女のペンネームである。彼女の本名は汪芳 (「方方日記」より日記を書くきっかけについて、彼女はこう綴っている。「当初は個人の記録として、この非常事態に襲われた武漢の普通の人々の身に起こったことや、喜怒哀楽を記述しようと思っていただけだった。ところが、書いているうちにたくさんの人に読まれ、共感され、重大な責任を感じるようになった」 時には当局から直ちに削除されることに対しては、「削除されても、私は書き続ける。その理由は、私は、なぜこれらのこまごまとした身近な出来事を書くのか、それはそのことを通じて、罪人たちに教えてやりたいからだ。多くの亡くなった人、そして今も感染している人々だけがこの災いの犠牲者なのではなく、われわれ生きている人間も、今回のこの人災に代価を払っているのだ」と語っている。
●多くの読者が/「真実の武漢」を知ることができた
実際、彼女の日記を通して、多くの読者が武漢で何が起こっているか、「真実の武漢」を知ることができたのである。日記が数えきれないほどの数にまで拡散され、大きな話題となっている現在。「方方日記」は、新型コロナウイルスで、厳しい状況に追いつめられた人々の心情の代弁者であり、時には心の慰めでもある存在となっているのだ。ゆえに、中国内では嵐のように大きな反響を巻き起こし、一種の社会現象にまで発展している。毎晩、日記が更新されると、30分もたたないうちに、閲覧する読者数は3000万を超え、コメント欄はまたたく間に数え切れないほどの反響であふれる。これらコメントも総じて長文であり、日記同様に質的にも読み応えがあるものだ。まさに、今の中国の人々の心情を読み取ることができる。「お願いだから、ペンを置かないで!書き続けてください、あなたの日記が必要です!」「日記が統治勢力に屈せず、我々庶民の味方となっていて、生きる力を与えてくれた!」多くの著名な専門家らもコメントを寄せる。「集団的な沈黙は一番怖い。一つの声しかない社会は健全な社会ではない」 「今回のコロナウイルス騒動で、すべてのメディアが1人の女性に負けた。大の男たちが沈黙を続けて情けない!」などなど…。

●「官製マスコミ」では/表には出ない悲劇も綴った
1月から2月の下旬まで武漢は大変緊張した状況にあり、たくさんの人が感染しても病院に入れず、自宅で亡くなった。透析が必要な人など持病を持っている人が治療を受けられず、苦しみながら亡くなった。一家全員が感染し、全員死亡という悲惨なケースも少なくない。他にも下記のような悲劇がたくさん書かれていた。「両親がともに施設に隔離されている間に、ダウン症の子どもが餓死した」 「1人の若い女の子が病院でなくなった母親と最後まで対面できなくて、遺体を乗せて走っている車を追いかけて『お母さん!』と泣きながら叫び続けた」などなど…。   人々のやり場のない怒り、家族を失う悲しみや絶望など、これらは「官製マスコミ」では決して表には出ない。彼女は自身の知り合いにも、このような悲劇が起きたことを日記に綴った。 一方で、悲しいことだけではなく、武漢の人々の生活ぶりも記録されている。 例えば、2月29日の日記には、こう記述されている。「外出ができないため、武漢人の日常的な食材などの買い物は、インターネットで買って、住宅(団地)の入り口まで届けてもらう。各家庭はプラスチックの桶(おけ)とひもを用意し、ひもを使って桶を地上まで下す。社区(町内会)のスタッフが食材を入れて、その家の人がひもを引いて桶を上げるのだ。最初は難しくて慣れなかったが、人と人が接触せずに済む良い方法だ」
●文明国家であるかどうかの基準は/弱者に接する態度である
武漢の市民の生活を支える地元政府関係者、警察、ボランティア、そして全国から支援に駆けつけた人々の、命を懸けての活動と辛労に対しても、感謝の気持ちを記述している。「政府関係者、警察官、ボランティアの皆さん、感染されるリスクを負いながらも第一線で頑張っている。警察はパトカーで患者を病院に搬送している。救急車が足らないからだ。そして、彼らは、病院や隔離場所、各幹線道路で24時間の警備もしなければならないので多忙だ。そのため、多くの警察官が職務を遂行しているうちに感染してしまう。われわれを支える人々に感謝の気持ちでいっぱいだ」 現在、新型コロナウイルスによる感染のピークが過ぎて、武漢の状況もだんだんと落ち着いてきた。そんな中、中国政府は「一連の強硬措置が奏功した」という“勝利”を誇り、中央集権の優位性をアピールしている。中国の各マスメディアは相次いで政府に同調し、「国の偉大さと功績」をたたえる報道一色となっている。そうした中でも、彼女は冷静に下記のように語っている。「われわれの涙はまだ乾いていない。どうして武漢の人々がこのような羽目に陥ったのか、責任を追及しなければならない」 「このごろの武漢人は言葉の数が少なく疲弊しきっている様子であり、これから国が心理カウンセリングを行うべきだ」 現在、筆者も夜中まで日記の更新を待ち続ける読者の一人となった(日本では時差のため夜中の1時過ぎとなる)。心に一番残る日記の一節を紹介して、この記事を終えたい。 「一つの国が文明国家であるかどうか基準は、高層ビルが多いとか、クルマが疾走しているとか、武器が進んでいるとか、軍隊が強いとか、科学技術が発達しているとか、芸術が多彩とか、さらに、派手なイベントができるとか、花火が豪華絢爛とか、おカネの力で世界を豪遊し、世界中のものを買いあさるとか、決してそうしたことがすべてではない。基準はただ一つしかない、それは弱者に接する態度である」

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