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JRA-3Qを利用した、香川県内海における記録的大雨(1976年9月11日)の解析-3

1976年9月11日、香川県小豆島では記録的な大雨となりました。これまでの記事で、雨量の観測値や当時の天気図から気象や災害の状況を確認し、気象庁第3次長期再解析(以下、JRA-3Qと略)を利用して、等圧面天気図や地上天気図から大雨の要因を検討しました。

この大雨の日、台風が屋久島近海に停滞し、日本海西部から東北地方へのびる前線が強化しており、このような状況の中で四国付近では南海上から暖かく湿った空気が継続的に流れ込んでいることがわかりました。さらにこの暖かく湿った空気が、紀伊水道を通って鳴門海峡から小豆島の東部に流れ込みやすい風系が続いた可能性がうかがえます。

今回の記事でもJRA-3Qを利用し、鉛直断面図や850hPa面のQベクトル天気図を作成して前線強化等の特徴を考察します。小豆島のエマグラムや鉛直時系列図からも大雨となった要因をまとめます。これらの図の作成に利用したPythonのコードも提供します。

なお、JRA-3Qは1947年9月から現在までを対象とした気象庁が作成している長期再解析です。この記事作成で使用したデータは、文部科学省の補助事業により開発・運用されているデータ統合解析システム(DIAS)から取得しています。


JRA-3Q 鉛直断面図

鉛直方向の気象状況を把握するために、小豆島を通る南北方向の鉛直断面図を示します。図12と図13では等温度線を黄色、等温位線は黒色、等相当温位線は赤色、等風速線を青色で示し、カラーは図12は露点差を、図13は上昇流を示し、11日3,9,15,21時の図を切り替えています。ちょうど図の真ん中が小豆島付近です。また、左上には、500hPa面の等高度線と鉛直断面の位置を赤線の線分で示しています。

図12  小豆島を通る南北鉛直断面図
表示要素は本文を参照。

図12から、小豆島の北側にあたる北緯36から37度付近では、11日03時から15時にかけて下層の等温位線の間隔が狭くかつ傾きが垂直方向に傾く様子が見られ、前線が強化されていることがわかります。同じタイミングで前線の北側では北東風が強まり、15時から21時にはこの前線の南下傾向がみられます。前回の記事から地上の前線は水蒸気前線のような気温・水蒸気分布でしたが、この鉛直分布から900から950hPa面では等温位線の集中帯が明瞭で、下層では通常の前線構造をもっていたと推測できます。

図13  小豆島を通る南北鉛直断面図
表示要素は本文を参照。

図12,13から、小豆島付近(北緯34.5度付近)は地上から900hPaの鉛直方向の風向変化は東南東から南よりの風に変化しており、暖気移流となっています。小豆島付近の950hPa面高度付近の相当温位の時間変化をみると、11日9時から15時に351K以上の暖かい湿った空気が入りピークとなっていました。南東風により紀伊水道、鳴門海峡を通って暖かく湿った空気の流入により、大気の状態が不安定化しているようです。上昇流が顕著な位置は四国太平洋沿岸にあたる北緯33度から33.5度付近です。大雨となった小豆島付近では明瞭な上昇流域は見られないことから、JRA-3Qの解像度ではこの大雨を十分に表現できず、地形による上昇流が起こり不安定が顕在化するなどの効果で大雨となったことも十分考えられそうです。

JRA-3Q 850hPa面のQベクトル天気図

総観場の上昇流励起について確認するために、850hPa面のQベクトルに関連する図を作成します。図14では、JRA-3Qの11日3,9,15,21時のデータを使って、矢印はQベクトル、実線は高度(gpm)、破線は気温(度)、カラーはQベクトルの発散を示しています。

この期間は持続して、西日本ではカラーが赤でQベクトルが収束している地域にあり、上昇流の励起が続いていたと考えられます。この日本海側ではQベクトルが温度線と直交していること等から主に寒気移流の強まりで前線が強化されたことに伴う上昇流励起があり、また九州付近では温度線とQベクトルがほぼ並行となっていることから前線強化に伴うものではない上昇流励起があり、これら2つが重なって西日本付近では降水が強化されやすい場になっていたと言えそうです。

図14  850hPa面のQベクトル天気図
図の説明は本文を参照

JRA-3Q 小豆島付近のエマグラム、鉛直分布時系列図

JRA-3Qから作成した鉛直断面図から小豆島付近では11日9時から15時に暖かく湿った空気が流入していることがわかりました。小豆島付近のエマグラム(図15)、温位エマグラム(図16)を使って確認していきます。

図15 JRA-3Q北緯34.651度東経134.25度GPVのエマグラム
気温を赤実線、露点温度を緑実線で示す。
(赤破線:乾燥断熱線、紫破線:湿潤断熱線、緑破線:等混合比線)

925hPaより下層の気温は11日9時から15時にかけて高くなり、21時は気温が低下しています。初回の記事の図1で示した通り、アメダス内海では21時の1時間雨量が95mmとなっています。21時は500hPaの以下の高度では温度と露点温度の差が3度程度あり、ある程度乾いています。この状況は、豪雨時の湿度がかなり高い状態、あるいは豪雨直前の下層がかなり湿っている場合の典型的な鉛直プロファイルとは異なっています。

図16の温位エマグラムから、15時に1000hPa面では相当温位が350K以上となっていて、大気の安定度が最も低下していることがわかります。

下層風の動向を見ると15時から21時の変化が大きく、それまで南東風は975hPa付近のみでしたが、21時ではおよそ850hPaから950hPaの気層が南東風に変化しました。この風向変化は、図12の鉛直断面図の推移から日本海沿岸の前線の南下に伴うものと推定できそうです。この鉛直方向の風向変化から21時前までは暖気移流は下層の一部のみでしたが、21時には暖気移流の層に厚みが増したと考えられます。

JRA-3Qの解析では、この南東風となっている層をそれほど湿らせてはいませんが、台風周辺や熱帯を起源とする空気が流れ込んできたのであれば、この解析以上に湿っていた可能性もあるのではと思います。もしそうであれば、21時に内海に猛烈な雨が降ったことも、わかりやすく(安易に?)説明できそうです。

図16 JRA-3Q北緯34.651度・東経134.25度GPVの温位エマグラム
相当温位を緑破線、飽和相当温位をピンク破線、気温を赤実線、露点温度を緑実線で示す。
(緑点線:等混合比)
図17 JRA-3Q北緯34.651度・東経134.25度の鉛直分布時系列図
期間は11日3時から21時
カラーは3種類あり、露点差と鉛直速度、発散です。
等温度線を黄色、等温位線は黒色、等相当温位線は赤色で示しています。

図17に小豆島付近のJRA-3Qによる鉛直分布時系列図を示します。11日3時から15時までは下層から中層にかけて上昇流が卓越していましたが、21時は600hPa面より下の層では鉛直流は弱い解析となっています。この状況も、21時に猛烈な雨が降る様な状況とは異なることから、この豪雨はメソスケールの現象でJRA-3Qでは十分に表現できず、さらに環境場としても適切に解析できていない可能性もありそうです。

まとめ

1976年9月11日に小豆島では日降水量が700mmを超える大雨となりました。JRA-3Qによると、次の通りの大雨の総観場やJRA-3Qの特徴がわかりました。
台風が屋久島近海に停滞した
・日本海西部から東北地方へのびる前線が強化し、西日本では上昇流が励起
・四国付近では南海上から暖かく湿った空気が継続的に流れ込んだ
・この暖かく湿った空気が、紀伊水道を通って鳴門海峡から小豆島の東部に流れ込みやすい風系が続いた可能性がある
・前線は地上では水蒸気前線の特徴となっているが、下層は通常の前線の様に温度傾度が大きい構造となっている
・11日21時に小豆島では猛烈な雨が降ったが、JRA3Qではこの環境場を適切に解析できていない可能性がある

過去の大雨事例について、総観場の要因を調査するにはJRA-3Qの活用は適していることがわかりました。ただし、メソスケールの現象や環境場については十分に表現できていない場合もありそうです。アメダスなどの観測データを合わせて利用して調査をすることが大切と感じました。将来、メソスケール現象を表現できる再解析資料が作成されることを期待します。

今回の記事で示した図を作成するJupyter Notebookのコードを下に提供します。コードの説明は省略します。これまでの記事やコード中のコメントを参考にしてください。ご質問があれば、コメントいただければ可能な範囲で対応いたします。
なお、コードで想定しているデータの配置は、./Data 以下をDIASと同じとしています。

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