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リートリッドにささげる詩

僕は一日二十時間ぐらい寝ている
ほとんどを夢の中ですごす

夢でドアがノックされる
開くとそこには顔のない女性が立っている
僕は招き
コーヒーを淹れて出す
女性はおいしそうにそれを飲み それから立ち去る
彼女が座っていた椅子には白いたまごが残される

たまごを掌のうえに載せるとそれは輝く
ひびがはいって割れる
出てきたひよこを僕は飼う
でも百日たっても ひよこはまったく大きくならない
掌サイズのままだ

ドアの隙間から蛇が侵入してくる
それは老いた蛇だ
彼は「どっこいしょ」と言い テーブルの上に這いあがる
「この家は客人になにも出さないのか」と文句をつける
僕はあわてて台所をかけまわり
ベーコンとチーズとミルクを出す
でも蛇はそれらをきらって 口にしない
にわかに彼は ポイチョフという男について語る
長い物語に僕はききいる
ポイチョフの体験した すばらしい冒険や恋愛に 僕ははげしく感動する
蛇は立ち去る
僕はそこで ひよこを失っていることに気が付く
去り際
蛇の腹はふくらんでいた
おそらく そういうことだろう

僕は夜な夜な机に向かう
ポイチョフの伝記を書く
これを書き上げたら出版社に持っていくのだ
莫大な印税を手にする計画
大金持ちだ

でもどうしても重要な人物の名前がおもいだせずに 僕は苦悩する
魔女の名がおもいだせない
僕は身を折って煩悶する
椅子をこわし窓をたたきわって月に吠える
にわかに鼻血
そして暗転

僕は夢からさめる
正午
はげしい心臓の鼓動がある
僕は水を飲んでみずからを落ち着かせる
太陽がおそろしいほどに照りつけてきて まぶしい
覚醒の間だけが心やすらげるとき
数時間したらまた僕は寝なければならないから

リートリッド
その名がとつぜん頭に浮かび 僕ははっとする
でもそれはなんだろう
たぶん夢でさがしていた何かなのだが
僕は夢の内容がおもいだせずに 苦悩する
分からない
とても苦しい

記憶の喪失
消えて その代わり
残された何か
リートリッド