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トーツンクーにささげる詩

霧につつまれた町
トーツンクーを僕はたずねる

そこにはもうひとりの僕がいる
いつもは影法師の役におさまっているそいつも
トーツンクーではバーの椅子に腰かけて 酒をのんでいる
自由になって
おいしい料理に舌鼓をうつ

バーの壁には ひびわれた鏡がかかっている
血で汚れたそれを覗きこむと 中から
もうひとりの僕が出てくる
僕らは「やあ」と挨拶してわかれる
鏡像は売春宿へ
僕はホテルの自室でひとやすみ

とても眠い

僕はつれてきた猫の首をなでる
ヘミングウェイの『二つの心臓の大きな川』を読み
シャワーを浴びる
裸でジンジャーエールを飲み
クーパー・テンプル・クロースの『ブラインド・パイロット』をくりかえし聴く
思えば僕はこれまでの人生でなにもしてこなかった
すべてをやりすごし
ただぼんやりと暮らしてきた

就寝する

扉がはげしくノックされて僕は目をさます
外には警察のひとたちがずらりと並んでいる
ぼくは僕の影と僕の鏡像の罪で投獄される
影は無銭飲食と強盗
鏡像は娼婦を絞め殺した

「おかしいですよ。
もし僕の兄や弟がひとを殺してもそれは僕の罪ということにはならない。
それなのに、どうして僕の影や鏡像が罪をおかしたからといって、僕が牢屋にぶちこまれないといけないんですか?」

警察のひとたちは鼻で笑う
裁判もなく僕への罰はきまる
僕は町でいちばん高い塔のてっぺんに閉じ込められて
ずっと放っておかれる
水もあたえられず
パンがやってくることもない

それから一年あまりが経ち
僕の体はすっかり変質してしまった
他のだれかのものに
多分トーツンクーをたずねてくる新しい客のために
おそらく その人の影として僕は生きることになる
じっさい どことなく僕の腕や脚は 印象がうすくなってしまった
影らしく
顔もきっと別人になっているだろう

孤独

とつぜん 扉がノックなしに開けられる
そこで僕はおもいきって やってくる人物に言葉をなげかけるのだ

「僕はここにいる間ずっと考え続けていた。
僕の本当の罪とはなんだろうか、と。
たぶん僕は、自分が真実やりたいことに責任をもたなかった。
僕は僕自身をあまりにも軽んじていた。
目をつむり、臆病になって、
ただ自分自身の心から逃げ続けていたんだ。
だから僕は――」

僕の体は 暗く平坦になって 床に這う
そして明日やってくる客のために
影の役を任じられる