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リサイクルニックネーム

「そんな簡単な方法で夢が叶うなら自分も!」

世間は空前絶後超絶怒涛のニックネームブームとなっていた。
その人気の秘密は「夢が叶う」から。
ある人は「大富豪」というニックネームをつけ、巨万の富を手に入れた。
ある人は「クレオパトラ」というニックネームをつけ、どんな男性も跪いてしまう美貌を手に入れた。
夢を叶えた人はただ自分に「ニックネーム」を付けただけで人生が好転して行った。

僕の名前は門村 健(かどむら たけし)今年で26歳になる。
仕事は営業職。もともと両親が共働きでおじいちゃんっ子だった僕はおじいちゃんや将棋仲間のご年配の方と話す機会が多く、小さい頃から聞くのも話すのも得意だと思っていた。そんな僕は人とコミュニケーションとりながら目標に向かってく仕事が自分にむいていると思い、営業職を選んだ。営業成績は・・・まあそこそこだ。平日、いつも通り客先に向かい商品説明をしていた僕は帰り際、お客様からあることを聞いた。「最近ニックネームをつけるのがブームらしいね」なんでも、ニックネームをつけるだけで夢が叶うらしい。かなり胡散臭い。それ、本当ですか?というような思いが顔に出てしまっていたのか「まっ!帰ったら調べてみなさいよ」と雑談を早々に切り上げられ、そのまま家に直帰した。

「えっ!?結構流行ってんじゃん!」
両親との食事やお風呂を済ませ、二階にある自分の部屋でゴロゴロしていた僕はお客様から聞いたニックネームについて調べていた。まずは「ニックネーム登録所」というサイトで自分で決めたニックネームを登録するらしい。以前、ニックネームを自由につけすぎて同じニックネームが乱立し、「クレオパトラさーん」と呼ぶと複数人の人が反応して混乱したため「ニックネーム登録所」を介して一意、つまり世界で1つだけでのニックネームを使用するようになったそうだ。現在の登録数は3,000万人。日本の人口が1億2,000万人くらいなのでおよそ4人に1人がニックネームを登録している計算になる。

「これはちょっとまずいな・・・」
完全に流行に乗り遅れている。営業として流行りのニュースなどアンテナをはっていたが、まさかニックネームが流行っているとは思いもよらなかった。教えてくれたお客様に感謝しつつ、ものは試しだ!と思い、自分も登録してみようと思いどんなニックネームにしようか考えていたら「えっ!あの堀江貴文さんがホリエモンで登録してる!」「あれ!タモリの愛称で有名な森田 一義さんも登録してるのか・・・」ニックネームで呼ばれていた有名人も「ニックネーム登録所」に登録してて興奮してきた。「僕もニックネームをつけたらあんなビックネームになるかもしれない・・・!」という野心がむくむくと芽生え始めてきた。「どんなニックネームにしようか」と考えてるそんなとき、ふと10年前に亡くなったおじいちゃんの顔が思い浮かんだ。

「そういえばおじいちゃんが亡くなってから何年も将棋してないな・・・よし!将棋にちなんだニックネームをつけてみよう!」
そう思った僕はとりあえず将棋の駒の名前を打ち込んで行った。
「まず頂点を極めた男って意味で王!・・・ダメか、縦横無尽に好きなところに行く飛車!・・・ダメだな、意外な動きを見せる桂馬!・・・これもダメか・・・」ニックネームが使用できるか検索してみたがどれもダメだった。なんせ3,000万人が登録してるからな。「ちょっと捻ってみるか。呼ばれるのがちょっと恥ずかしいけど俺に売れないものはない!偉大な営業王!、、、ダメだな。英語にしてみるか。グレイトビジネスキング!、、、あぶねーダメだった。こんなもん付けたときには後輩の大林に絶対笑われるわ。じゃあ、縮めてグレイトとか・・・」なんかもう将棋関係なくなってきたが・・・グレイトは使えるみたいだった。

「意外といけたな、でも埋まっちゃうかもしれないからさっさと登録しておこう」
ニックネーム登録所を見始めて、あーでもないこーでもないと考えていたらもう2時間が経っていた。そろそろ寝ないと・・・と思って、歴史に名を残すような偉大な男になるぜ!というなんとも抽象的な意味を込めてグレイトというニックネームをサクッと登録していたら。気付かなかったことがあった。

「連絡先に登録している方にニックネームつけたことを知らせますか?」にチェックが入ってる状態で登録したことに・・・「なんでこんなところにデフォルトでチェックが入ってるんだよー!罰ゲームじゃないんだから!」と叫ぶのは明日の朝、母親に「おはよう!グレイト!」と呼ばれた後だった。

「おはよう!グレイト!」
僕は悪夢を見ているのだろうか。昨日ニックネームをつけた後、遅くなってしまったので「明日からグレイトかーどんな風に変わっていくのかな〜」とワクワクした気持ちだったが、仕事で疲れていたのでさっさと寝てしまった。朝起きたときにはすっかりニックネームをつけたことなんて忘れてしまったが、布団を整理して「今日の朝ごはんは何かな〜」と呑気なことを考えながら1階に降りるため階段を降りて行ったが、それが地獄への入り口だとはまだ思っていなかった。母親の思春期の息子がお洒落し始めた時のあのニヤニヤ顔から発せられた言葉が地獄のスタートだった。

「なんで知ってんの!?」
母親からグレイトと呼ばれたことで気が動転し、「超能力が目覚めたか!?」と思ったが「なんかメール届いてたわよ〜」と母は自分のスマートフォンの画面を見せてくれた。見たくないようで見なければならない文章にはこう書かれていた。

件名:【ニックネーム登録所】門村 健(かどむら たけし)さんがニックネームを決めました。
本文:〜省略〜 門村 健(かどむら たけし)さんが「グレイト」というニックネームで呼んでほしいそうです。次会った時は「おはよう!グレイト!」と気さくに呼んであげましょう♪

「呼んであげましょう♪じゃねーよ!」
僕は母のスマホを床に叩きつけたい気持ちになったが、あとが怖いので強く握りしめるくらいにしておいた。自分の所持品に危険を感じたのか母は僕の手からスマホをゴリラのような力で抜き取ると「ニックネーム登録所ってこの前ニュースでやってたわね。あんたグレイトになりたいの?」と面白そうなおもちゃを見つけた子どものような顔で聞いてきた。・・・これは話さないと逆に長引くなと思い、ニックネームをグレイトに決めた顛末を母に話した。

「あなたにはおじいちゃんがつけてくれた健(たけし)って、それこそ偉大な名前があるじゃない!」
僕の話を聞き終わった母が「あんた馬鹿じゃないの?」と言うような顔でこちらを見ながら言ってきた。正直おじいちゃんには悪いが健(たけし)と言う名前があまり好きではない。学生の頃は健(けん)と呼ばれることが多く、病院や会社などでも名前の呼び間違いが多かったからだ。何回「あっ健と書いてたけしって読むんですよ」と言ったかわからない。「ってもうこんな時間じゃん!会社に遅刻する!」とバタバタし始めた僕をよそ目に「偉大な男にはまだ遠いわね」と説明をさせるだけさせておいて罵ってきた母の言葉だったが、その言葉がなぜか胸に響いた。「そうか、グレイトだったらこんな時も母を納得させるような言葉を出せていたのかな?」と通勤中の電車に揺られながら考えていた。

「おざーす!グレイト先輩!」
こいつにもメールが届いてたか。面倒なやつに会社に向かう道で出会ってしまった。部下の大林だった。大林は僕の3個下の23歳、大学もサークルも同じだったのでよく遊んでいた。まあ悪い奴ではないが、お調子者なところが玉に瑕だ。今も僕の母からお前は生まれてきたのか?と言いたくなるような、母親とそっくりの面白そうなおもちゃを見つけた子どものような顔で僕に挨拶してきた。そういえば僕の家に遊びにきた時も母とすぐに打ち解けてたっけ。こういった人に好かれるところは評価しているがまだまだ若いところが抜けない。いつもだったら「おざーす!じゃなくておはようございますだろ!」と言いたいところだが。

「こんなときグレイトならどうするか・・・」
前も大林が「〜っすよね〜」「マジっすか〜!」とか言ってるのを「〜ですよね」「本当ですか!」だろ!と注意したが今もこんな感じだと言うことは僕の指導力が低いんだろう・・・まずは自分から規範を見せよう。と思い、「おはようございます。大林くん。今日も元気だね。」と洗濯用洗剤のC Mが来るくらい爽やかに(自分なりにだが)挨拶してみた。少し照れながらだったが大林はいつもと違う僕の挨拶を見てキョトンとしていた。「あれ?なんか間違ったかな?いや動揺は相手に伝わる!」と肩で風を切るように堂々と会社に向かって歩き出した。「うん。なんか偉大な男っぽい」と内心自分を評価。そしたら「今のグレイトですね!」と後ろからニヤニヤしながら着いてきた大林も同じ気持ちのようだった。「ところでなんでグレイトにしたんですか?」という言葉が出てきて「これから何回、ニックネームをグレイトにした理由を説明しなければならないんだろう・・・」と自分の未来を想像したら家に帰りたくなってきた。でも帰ったら帰ったでまた母に何を言われるか分からないから真面目に仕事しよう。

「ふー・・・もう一仕事するか〜。ってあれ?」
ニックネームが流行っていることを教えてくれたお客様との商談が無事終わった。その後やはりと言うか、なんでニックネームをグレイトにしたのか聞かれ、今日で5回目の説明をした後「残った事務処理を片付けて今日は帰ろうかな」と思い、定時後の19:00に会社に戻ったら僕の隣の席にいつも定時でささっと帰っていた大林がまだ居た。周りの社員はほとんど帰宅したのか大林だけがポツンと1人、いつものヘラヘラした感じではなく何やら思いつめた表情でパソコンに向かっていた。「大林、お疲れ様。何かあったか?」僕は大林を焦らせないように落ち着いた口調で肩に手を置いて聞いてみた。「あっグレイト先輩・・・実は・・・」どうやら商談中の態度についてお客様から指摘を受けてしまい、部長に怒られ反省文を書いていたようだった。

「こんなときグレイトならどうするか・・・」
「言葉使いについては前から僕が何回も言ってたでしょ!」・・・いや違うな。大林の今にも泣きそうなしょんぼりとした表情や反省文を定時後になっても書いてるってことは自分なりに反省してるってことだろう。そんな大林に対して叱責を重ねるのは泣きっ面に蜂だ。部長は部下の育成についてよく考えてくれるような愛情深い方だ。しかし小柄だが鏡のように磨き上げたスキンヘッドのその見た目は怒るとお腹を空かせた肉食獣を目の前にしているかのような迫力があった。自分も新人の頃はよく怒られてたな。と昔を思い出し・・・そうだ!「僕も昔は部長によく怒られてたよ。実はこんなミスがあってね」・・・いや違うな。自分の過去のミスを披露したところで一時、心が休まるかもしれないが、大林の成長には繋がらないと考えた。ここは「部長はなんで大林に対して怒ったと思う?」と大林の考えをじっくりと聞くことにした。反省している面もあるが、なんで今時、反省文書かなきゃいけないんだよ!と憤ってる面もあるだろう。そう言った感情はやっぱり出すに限る。僕は大林が出してくれた心境に対して「うんうん」と否定せずにただ受け止めていった。20:00になり、自分のデスクから見える外の景色は真っ暗。大林も自分の心境を出したことで落ち着いてきたのか「ありがとうございました。」と僕に礼を伝えると反省文の続きを書き始めた。僕もその隣で今日の商談についての事務手続きを進めた。退社は21:00くらいになるかなーと考えていたら「グレイト先輩はなんで部長が怒ったと思いますか?」と大林が反省文を書き終わったのか体をこっちに向けて真面目な顔で聞いてきた。

「もったいないからだろ」
「は?」僕の発した言葉に対して説明を求めるような間の抜けた顔になった大林に対して言葉を続けた。「大林は人に好かれる才能がある。それは鍛えてもなかなか伸ばせるものじゃない。それは部長も評価していた。そんな大林がお客様に態度で指摘を受けたことに部長は期待していた分、ちょっと悲しくなって怒ったんじゃないかな?・・・って泣くなよ」大林は顔をくちゃくちゃにしてズビズビと鼻をすすりながら泣き出してしまった。まずい・・・遅い時間になって気が抜けてきたのか「こんなときグレイトならどうするか・・・」と考えるのを忘れてた。選択ミスしたかもしれない。とオロオロしてる僕に対して落ち着いてきた大林が「グレイト先輩ありがとうございます!俺、明日また部長にもお客様にも誠心誠意謝ってきます!」とすっきりした顔で伝えてきてくれた。大林の反応を見る限り今の発言はグレイトだったようだ。「俺、そろそろ帰りますけどグレイト先輩はどうしますか?」残った事務処理は明日やればいいかと思い「僕も一緒に帰ろうかな」飲みに誘おうかと思ったが明日も仕事があるし、何より大学の時から知ってる後輩の成長した姿が見れて満足した僕は大林と大学時代のしょうもない話をしながら家に帰った。

「グレイト、プロジェクトリーダーを君に任せたい」
もうグレイト呼びも会社内、また日頃お世話になっているお客様にも定着してきたある日、部長に同じフロアにあるミーティングルームに僕1人が呼ばれた。「あれ?久しぶりに何やったかな?」と少し不安になったが、次回のうちの会社としては大型といえる案件について会社に与える重要性や、社会的な貢献度など部長お得意の抑揚のある説明で「このプロジェクトが成功したら面白いことになりそうだ!」と運動会のリレー前のような興奮を感じていた。その説明が終わった部長からの一言がプロジェクトリーダーを僕に任せたい。とのことだった。「いやいや、まだ自分には早いですよ!」と反射的に口から出そうになったが、そうだそうだ。いつものあれだ。

「こんなときグレイトならどうするか・・・」
部長は僕の実績やお客様からの評価を知っている。客観的に見ても部長、またはうちの部のエース的ポジションで僕が新人だった時の育成係として部長からの信頼も厚い森本先輩が適任だろう。ただ部長が2人だけで説明してくれたのは何か理由があるのかもしれない。そういえばニックネームをグレイトにしてから社内やお客様からの評価や仕事をしている時の充実感が上がった気がする。今、先日の大林のように僕も一皮むけるタイミングだと思って部長はこのプロジェクトのリーダーに抜擢してくれたのかもしれない。断る理由がどこにある!言え!グレイト!言うんだ!

「現在抱えている案件の状態を考えて、僕では厳しいと思います。森本先輩をリーダーに立てて、僕はメンバーとして力添えした方がプロジェクトが成功する可能性が高いのではないでしょうか?」
とても長く感じた数秒だったが「わかった。森本には俺から説明しておく。時間とってくれてありがとうな」と部長は立ちながら言っていたのでどんな表情をしていたかわからなかった。ポンと肩に置いてくれた手からお前だったらできると思ったが・・・という部長の悲しみが伝わった気がして僕は立てなくなってしまった。ガチャン・・・というミーティングルームの扉が部長の信頼を裏切ってしまったかのようないつもと違う重い音が聞こえた時、僕は涙が溢れて止まらなかった。

「全然グレイトじゃない・・・」
勇気が出なかった。もし失敗したらと考えてしまった。部長の期待を裏切ってしまった。いろいろな感情の波に溺れそうになった僕は母のある言葉を思い出した。「偉大な男にはまだ遠いわね」と言う言葉を。何がグレイトだ!こんなんじゃ以前の自分と同じ、いやそれ以下だ!溢れてきた感情を止めることができず僕はただ1人、ミーティングルームで泣いていた。1時間してもミーティングルームから帰ってこない僕を心配して森本先輩が見にきてくれたが「すみません・・・すみません・・・」とか細い声で繰り返し誰かに謝って、泣き崩れてる僕を見てさすがにこれは大変だ。と思ったのか「あとは俺がやっとくから」と優しく言ってくれた。自分の残りの仕事や早退の手続き、1人じゃ帰れそうになかったからタクシーの手配をし、運転手に僕の住所まで伝えていたことを次に出勤した時、興奮していた大林から「やっぱり森本先輩ってすごいですね!」とランチのカレーライスを食べながら説明を聞いていた。

「う・・・頭痛い・・・」
早退した日、いつもと違う時間にいつもと違う様子で帰ってきた僕を母はただ黙って受け入れてくれた。大林から「大丈夫ですか!?こっちは任せてくださいね!」という頼もしくも不甲斐ない気持ちになったチャットに返信する気力もなかったのでスーツを脱ぎ散らかし、そのまま自分の部屋で寝てしまった。朝7:00。軽快な音楽が自分のスマホから流れる。閉じたカーテンからは少し外の明かりが漏れており、時折チュンチュンと小鳥のさえずりが聞こえる。そんな爽やかな朝とは大違いで僕の頭はズキズキと痛みが走った。昨日散々泣いたからだろうか・・・だが昨日早退したし、みんなに迷惑かけたから今日は出ないと。と思っていたらスマホがブーッと震えた。森本先輩からだった。「おはよう。体調大丈夫?」「ちょっと頭が痛みますが出勤します」「これは午前休だね。昨日有給何日残ってるか確認したけど余ってたから今日は午後から来な。もし午後もしんどそうだったら無理して来ないこと。健康第一だよ」もう森本先輩に一生ついていこうと思った。

「おはよう。大丈夫?」
自分の部屋の扉を開けながら、母がいつもの元気な声とは違って、気遣ってくれるような優しい声がした。「ちょっと頭痛い。でもさっき会社の先輩から連絡がきて午前中は休んで午後行くことになった」「そう・・・」と少しの沈黙が続いた。母がベッドに近寄り僕の足を踏まないように腰掛けると「最近のグレイトさんはどうですか?」と今あまり話したくない内容を口にしてきた。僕は素直に昨日あったことを母に打ち明けた。僕が大林にしたように母も口を挟まずただ黙って聞いてくれた。僕の話が終わると母は「そっか」と一言だけポツリと。今度は母がおじいちゃんの話をし始めた。おじいちゃんは元々体が弱かったこと。家に居ることが多かったこと。おじいちゃんの学校の友達が野球じゃなくて家でもできる将棋を勧めてくれたこと。将棋の世界では割と名前が通っていること。その友達の名前は武(たけし)さんという名前だったこと。僕の知らないおじいちゃんの話をしてくれた。

「おじいちゃんはいつでも健康で、そして誰かの暗い世界を明るく照らしてくれるような人になってほしいと思って、あなたに健(たけし)って名前をつけたのよ。」
知らなかった。自分の名前にそんなエピソードがあるなんて。「この話はあなたに何回も聞かせたわよ。まだ小さかったけどね」と母が付け足した。「グレイトっていうニックネームでどうやら頑張ってたみたいだけど、メソメソ泣いて頭痛いよー!って言ってたら健(たけし)っていう偉大な名前が今度は泣くわよ!」言い終わると同時に母がシャキッとせんか!というようにまだベッドの上にいた僕の太ももをパーンッと叩いた。頭痛よりも痛かったがジンジン残る感覚はなんだか暖かい。母に叱咤激励された僕はなんだか具合もよくなってきたので午後から会社に行けるくらいに体調が回復してきた。いつもだったら照れ臭くて言えなかったけど、「こんなときグレイトならどうするか・・・」と考えたら素直に「ありがとう。母さん」と言葉にしていた。そしたら思春期の息子がお洒落し始めた時のあのニヤニヤ顔になりながら「いつもそのくらい素直だといいんだけどね!ほら!さっさと起きてご飯食べなさい!」と僕の布団を引っぺがして、さっさと1階に降りてしまった。でもその階段を降りる足音はどこか機嫌が良さそうだった。

「おはようございます!グレイト先輩!」
午後出社したら僕のことを見つけた大林がダッシュで向かってきて社内に響くような大きな声で挨拶してきた。なんかまた頭が痛くなってきた気がする。その大林の声を聞いて森本先輩も近寄ってきた。「大丈夫?」「はい。昨日はありがとうございました」と挨拶を交わすと大林が興奮気味に「今度大型のプロジェクトが始まるんですけど、リーダーは森本先輩で、」あっやっぱりあのプロジェクト森本先輩になったんだ。ふと部長の席を見ると外出中なのか席にいなかった。一言伝えたかったんだけど忙しいもんな。と思っていたら「なんと!サブリーダーはグレイト先輩なんですよ!」・・・は?と状況が読めなかった。「ちなみに僕もメンバーに選ばれたんですよ!」と大林が興奮気味に言っていたがそれは置いといて、状況の説明を催促するように森本先輩の顔を見たら「ああ、部長に新規プロジェクトの話があった時、サブリーダーはグレイトじゃないとやりません。って言ったらあっさりOK出たよ。部長ちょっと嬉しそうだったなあ」と、さも当たり前かのようにいつもの飄々とした感じでサラッと伝えてきてさらに混乱しかけた。「もう決定事項だから!」と森本先輩が元気に満面の笑みで言ってきたので「昨日に引き続きありがとうございます。森本先輩の力になれるようサブリーダー全力で頑張ります!」と言ったら「昨日の借りはプロジェクト中にたっぷり返してもらうからね」と面白そうなおもちゃを見つけた子どものような顔をしていた。しかしその目はどこか笑ってなくて恐怖を感じたが「でも健康が一番だよ」といつものように優しく微笑んで自分の席に戻っていった。

その後、森本先輩の元で馬車馬のように働いた僕や大林、他のメンバーの頑張りが繋がったのかプロジェクトは無事成功に終わった。

「会社の屋上で夕日を見ながら缶コーヒーを飲みませんか?」
プロジェクトの後処理も落ち着いてきた定時間際、大林が馬鹿みたいなことを真面目な顔で言ってきたので新手のギャグかな?と思ったが、どうやら本気だったみたいだ。大林はこういった花火を見ながら告白をしたり、夜景の見えるお洒落なレストランでプロポーズするようなコテコテのものがそう言えば好きだった。「はいよ」と答えた僕は自分のパソコンを閉じ、大林の同じ戦場で戦った今では頼もしく思える背中を追った。大林が自販機の近くに立ったがコーヒーを買う気配が無い。「はーわかった。わかった。」と言いながら僕は財布から小銭を数枚取り出し自販機に入れた。「あとは俺に任せてください」といつも飲んでいる缶コーヒーを2回ピッピッと押した大林は缶コーヒーを拾うと「どうぞ」と一本僕に差し出してきた。「ありがとう」と条件反射で伝えたが「お前はボタンを押しただけだろ!」という前に大林は屋上に走っていった。途中清掃のおばちゃんに「走らない!」と怒られてる姿は先日までプロジェクトで頼もしく活躍してくれた後輩ではなく、やっぱり大学生時代の悪ふざけをしている後輩に見えた。

屋上につながる重い扉を開けると、見えなくなりかけているオレンジ色の太陽が暖かく僕たちを迎えてくれた。自分の胸まである高さのしっかりした柵に近づくと下に見えるビルや家の鏡が反射してキラキラと輝いていた景色は夕日と重なってどこか幻想的に見えた。「グレイト先輩のニックネームのグレイト、俺にくれませんか?」いい景色だなーと思って、柵に寄りかかりながら缶コーヒーを飲んでいると大林が決意を込めた表情で僕にそう伝えてきた。

「いいよ」
「かるっ!」大林は予想外の返答だったのか驚いた顔をこちらに向けてきた。「もっとお前にはまだ早い!とかまずは俺を倒してからにしろ!とか言われると思ってました!」なんだそりゃと思いながらもどこか不思議と大林にだったらグレイトのニックネームあげてもいいかな?と思っている僕はやっぱり大林のことを評価してるんだろう。それから大林にニックネーム登録所の操作の仕方を教わった。「ニックネーム登録所」に半年ぶりにログインした僕は「あぁ、ここからグレイトってニックネームを決めだんだな」と今までの思い出を振り返ろうとしたが「グレイト先輩!次はここです。ホラ!大林って居るのでそのユーザにプレゼントボタンを押したら終わりですから!」と興奮している大林に急かされてそんなノスタルジックな気分にはなれなかった。

「というか、なんでグレイト?」
ロマンチストな大林ならもっとシャープなニックネームを想像していたが、「ここ半年間のグレイト先輩の成長を見て、俺もニックネームつけるならグレイトだな!と思って!プロジェクトが終わったら言おうと思ってました!俺にとってグレイト先輩は偉大な存在になったので夢が叶ったじゃないですか!よかったですね!だからもうくれてもいいですよね!?」圧の凄い、独自の解釈が進みすぎてる、受験期間が終わったから告白する中学生かよと心の中でツッコミを入れていたが、確かにプロジェクト中、森本先輩にこき使われていた時に言われてたら切れていただろう。大林もかなり大変そうだったが気を使ってくれていたんだろう。ちょっと気になる言い方だが、そうか夢が叶ったのか。夢を叶えたニックネームはそのまま使い続けるのではなく、また同じ夢を持った人に渡すのがルールらしい。まるで限りある資源を有効に使っていくリサイクルみたいだなと思った。僕は改めてスマホの画面に向き合い、プレゼントボタンを押した。

さよならグレイト。今までありがとう。そしてこんにちはグレイト。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!今日からグレイトだ!燃えてきたぞおおおおおおおおお!!!俺、先輩のことさっさと超えるんでよろしくお願いしますね!」
と幻想的な景色をぶち壊すかのような大林の大きな声と失礼な発言がおかしくて、おかしくてお腹を抱えながら笑っていたら、大林もつられて声を出して笑っていた。なんで大林も笑い始めたのか意味が分からなくて腹筋が痛くなるほど2人で笑った。

「そういえば先輩!グレイトの次のニックネームは何を付けるんですか?」
「そうだなあ・・・今日から僕は・・・」

僕はもうニックネームはつけない。

これから「ニックネーム登録所」も使わないだろう。

なぜなら、もうすでに僕はニックネームをつけなくても、おじいちゃんからもらったとても偉大な名前があることに気づいたから。

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「そう言えばチェック外した?」
「え?なんですかそれ?」

件名:【ニックネーム登録所】大林さんがニックネームを決めました。
本文:〜省略〜 大林(おおばやし)さんが「グレイト」というニックネームで呼んでほしいそうです。次会った時は「おはよう!グレイト!」と気さくに呼んであげましょう♪

「おはよう!グレイト!」
「今の時間だとこんにちはじゃないですか?」

こいつは大物になるかもしれない。

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眠れない夜に

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