◆RJとわたし(ゆしん)
なんか、、いざ書こうと思うと、、何を書いていいかさっぱり分からないです・・(笑)
あれだけ皆さんに、書いて!書いて!って言っておいて、「どーゆーことやねん!」ってお叱りの声が聞こえてきそうな・・。
や、でもほんと、思い出とかいっぱいあり過ぎると、どう書いていいか、全然分からないものですね。
とはいえ。
書かないと・・。
そうか。
多分、なんだかんだで、僕の音楽人生を振り返るのと同じ事になるんですよね、RJとの思い出を書くと。
これは、長文になってしまいそうな予感が・・。
ふわっと読み始めて下さった方、ご注意ください、、きっと、、、長い、、です、、。
もう、15年以上とかの付き合いになるんだと思います。
僕はもともと、今の「ゆしん」というピアノ弾き語りスタイルになる前は、「やまかし」というバンドをやっていました。
初めは、パーティーロックバンドで。
ライブの度に、お客さんみんなと反復横跳びをするような、、そんなバンドでした。
そこから、割と一般的な(?)ロックバンドっぽくなったり、二人ユニットになったり一人ユニット(?)になったり。。
色々と紆余曲折あったんですが、まだパーティーロックバンドだった時代です。RJとの出会いは。
当時、やまかしでベースを弾いてくれていた蜜柑のベースの師匠、うだっちさんがマスターと楽器講師仲間で。
その繋がりから、一回、出させて貰いました。
もはや、、記憶が全く定かではないんですが・・。
確か、、ドラム無しで出たんじゃないかなぁー・・いや、どうだったかなぁ・・?
でも、ドラムが居ても居なくても、とにかくその当時はその、反復横跳びするようなバンドだったので。
あの、めちゃ狭い場所(すんません!)で、強引に椅子とかテーブルとかをお客さんにどかして貰って、バク転したのは覚えてます(笑)
いや、ほんま迷惑なやつら・・でした・・。
その時はね、壁に、ゆかりのミュージシャンが出したシングルやアルバムを貼ったりしてたんですよ。
やまかしは、その2番目のとこに貼って貰ってました。
だから、まぁまぁ古い付き合いだと思うんですよねー、実際。
でも、未だに絶妙な距離感がある気がするんですよねー、僕とマスターの間には・・(笑)
なんか、一緒に遊んだ事とかないし、そういうのに誘われた事もないし。。
あ、凹むやつですね、これ、先に進みます。
「僕は、ミュージシャンなんですよ!」って。
どうやったら胸を張って言えるのか、よく分からなかったんです、音楽の活動みたいなのを始めたとき。
オーディションとかに出しまくっても、何も引っかからないし。
ライブを続けてみても、どんどんお客さんが増える訳でも無いし。
稼ぎはほとんどバイトで稼いで、練習やライブ・レコーディングにお金はバンバン消えていく。
ライブで出会ったアーティストさん、バンドを集めて大きなイベントをして。
なんか、盛り上がってる感じにしてみても、結局そこから何かが発展する訳ではなく。
バンドのメンバーも、そんな活動を長年続けることは出来ないので、やはり入れ替わりが激しかったですし。
とにもかくにも、悶々としていました。
RJに来て、初めてちゃんと出したアルバムを壁に貼って貰って、、という時は、まさにその悶々期、真っただ中でした。
何回か出させて頂いたり。
当時は、まだ心斎橋クラブクアトロっていう、老舗のライブハウスが存在していて。
そこで、やまかしがやっていたイベントに、マスター達にミュージシャンとして参加して貰ったり。
そんなこんなをしているうちに、バンドは解散しました。
27歳になるちょっと前でした。
当時は楽器が弾けなかったんですけど、弾き語りの相棒として、なぜかピアノを選んで。
・・で、どうにかこうにか、弾き語りのライブもRJでさせて頂いたり・・。
・・っていうときに。
マスターから、「RJでバイトせえへん?」ってお誘いを貰ったんですよね。
まだ、ピアノ弾き語りに転向して1年も経ってなかったと思います。
それが、当時はウルフルズでガッツリピアノを弾いて「5人目のメンバー」って呼ばれてはった、伊東ミキオさんのソロライブでした。
リハーサルからもう、ガン見でした、僕は。
ピアノを弾いて歌うって、こんなにパワフルなこと出来るんや!
・・っていう、衝撃。。
2デイズのライブが、予約開始2分ぐらいでソールドアウト。
パンッパンの客席で、でもその客席の熱気を押し返すような、圧倒的なピアノ弾き語り。
もう、2デイズの終わった打ち上げで、「関西でライブされるときは、スタッフさせてください!」って頭を下げてました。
そして、快諾頂いて、、いや、めちゃ嬉しかったです。
そんなミキオさんと、今はRJで2マンイベントをさせて貰ったり。
その繋がりもあって、ウルフルケイスケさんのライブで前座を、これまたRJでやらせて貰ったり。
大きな大きな出逢いも貰って、その発芽していく様を見守っても貰っているような、そんなイメージがあります。RJに対しては。
ミキオさんのスタッフさせて頂く流れについては、マスターがいっつもする話があるので。
もし、ご興味ある方いらっしゃったら、是非一度、マスターに聞いてみてください(笑)
ピアノ弾き語りになって。
その、ミキオさんに師事というのか、、ライブのスタッフをさせて頂いたりしていましたが。
まぁ、当然、ピアノなんて弾ける訳ないので・・。
RJでは、その弾き語りの場数を、踏ませて貰いました。
色んな方とも、コラボさせて頂いたり。。
そんな中、こんな事もありました。
RJと、とても関係が深い方の結婚式で歌わせてもらう・・みたいな機会があって。
実は、そこに常盤貴子さんが来るらしいぞ!!
みたいな事で。
もう、僕もほとんど30歳でしたし。
マスターも、一緒に出る方も、みんないい大人。。
なんですけど。
いやもう、その結婚式でやる曲の練習中なんて、全員が中学生でした。
キャッキャッ!言うてました。
「いや、これぐらいの年齢になってくると汗の匂いとか気になるから、ちゃんと着替えは持っていかないと!」
・・みたいな、ノリは中学生、話題はおっさんズ。。
その、花嫁さんのお友達というか、超親友だったそうなんですよ、常盤貴子さん。
マスター達と、会場に花嫁さんのお友達がいっぱい入ってくるのをぼんやり眺めてて。
あの、常盤貴子さんが出てきたときの我々のリアクションはもう。。
ぼやーっと見てて。
出てきはって。
我々、一気に直立!
もう、目はくぎ付け。
通り過ぎていくまでの、永遠にも感じられるほんの数秒。
・・で、マスターと、目があう、、そこで二人とも、自分たちの息が止まっていたことに気づき、息を吐く・・という・・・(笑)
で。
なんだかんだ言ってるうちに、なんとなく、音楽だけで男一人が生きていく・・ぐらいは出来るようになっていったんですね。
ライブをいっぱいして、手作りのCDを買って貰って。
差し入れを頂いて、それを食べて。。
どうにかこうにか、やっていけ始めたんですけれど。
そんなとき、母親が倒れまして。
経緯は割愛しますが、物凄く葛藤して・・。
ただ一番は、やっぱり自分の歌っている歌は、ここで「自分だけやりたい事やるんです!歌うたいだけやるんです!」・・では、無いよな・・と思った事。
自分の歌に背中向けちゃうようなこと、出来へんよな・・と思ったのが、大きな決め手で。
音楽一本の生活を辞めて、税理士試験の勉強とバイト・・という生活になりました。
そこから、税理士事務所に就職し、税理士にもなりました。
それでも、自分の本職は歌うたいなので。という事で。
RJにもちょくちょく出させて頂いていたんですが。。
結局。
「僕はミュージシャンなんですよ!」
・・が、胸張って言えなかったんですよね。
32歳で初めての就職活動をしましたし、社会人1年生の32歳だから・・(笑)
もう、とにかく必死で働かないといけないし、試験勉強もあるし。
ライブを、2~3カ月に一度やるっていう生活だったんですけれど。
どうも、胸を張れなくて。
それはただただ、自分の気持ちの問題だから、胸を張って「歌うたいです!」って言えばそれだけで良かったんですが。
とにかく出来なくて。
マスターと相談させて貰って、始めたのが「ゆしんの夜」です。
RJでさせて頂いている、マンスリーイベント。
6~7年させて頂いていますが、なんと初回はマスターが網膜剥離で欠席という、いわくつきのイベントスタートでした(笑)
当初3年半は、毎月リクエストを頂いて、翌月確実にそのリクエストに全部お応えします。というスタイルで。
それから1年は毎月新曲を創ります。というスタイルで。
今は、リクエストにお応え月と新曲月を交互に繰り返すスタイルで、やっています。
途中から、イベント終了後、23時からはマスター・Rieさんと、ゆしんツイキャス・まかないトークを同時配信するようにもなって。。
今に至ります。
・・ね?
なんか、「RJ無くして、ゆしん無し!」ですよね。
今は胸を張って「歌うたいです。ミュージシャンです。」って言えるんですが。
なんか、それも全部、RJのおかげ・・というか、RJと一緒に作ってきたなーと思います。
きっと。
付き合いの長い方って、みなさんいっぱい、RJと出来上がった人生があるんだと思います。
そして、付き合いの短い方にも、その人生にほんのちょっと、彩りを添えるRJって場所があるんだと思います。
「RJとわたし」には、今、ほんと色んな方が文章を寄せてくれていて。
読ませて頂くたびに、その想いがどんどん確信へと変わります。
是非、ほんと、色んな方の「RJとわたし」が読みたい。
きっと、それを互いに読みあうだけでも、今の僕らには大きな力になります。
書いてくださっている方・これから書いて下さる方・そして読んで下さっている方・配信を聴いて下さっている方・・みなさん、本当にありがとうございます。
マスターとRieさん、そしてそれはちーふの時代から、RJには不思議な温かみがあって、僕は好きです。
でも今回、その温かみには、RJの周りにいる色んな方のぬくもりが入ってるんだなーって感じました。
誰かがそこで歌っていて、演奏していて、飲んで、食べて、笑ったり騒いだり、、そういうのが、あのRJ空間の温かみになってるんだなーって、物凄く感じました。
この点に関してだけは、コロナに感謝してもいい。
僕の「RJとわたし」は、お陰様でここからまた、楽しくなりそうだから。
RJか僕。
どっちかが倒れるまで、よろしくお願いします。
・・ただ、、ほんと、、絶妙な距離感だけは、、ぬぐえないんですよねぇ、、マスターと、、、そして、Rieさんと、、、(笑)
ゆしん
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