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漫画を描いて10年目に思う事

どうもリユです。せっかくnoteを始めたのに完全に放置気味になってしまい、すみません。

さて、今年の10月で僕がpixivに投稿した漫画『なごばし』が9周年、掲載10年目に突入します。

初めて『なごばし』を投稿した日から、毎日のように漫画のストーリーとか、キャラとか絵を考える日々が続き、何かあると「あ、これ漫画のネタになりそう」という生活を続けてきましたが、ここ最近はスランプ気味でなかなか前向きに漫画を描けていないので、少しその話しも交えながら話したいと思います。

今回は少しネガティブな内容を含むnoteになると思います。

ここまで漫画を描き続けてきた理由

初めての漫画は『なごばし』ではありませんでした。

元々、僕は漫画を描いたことも読んだこともない少年だったのですが、叔父からいらなくなったペンタブレットをもらってから絵を描くようになりました。中学1年生の時に、当時はまだ個人ブログに足跡とかつけていた時代(当時やっていた人には懐かしい文化だと思いますがw)に、友人数人でブログを作ろうという話しになって、それぞれがブログを作成して遊んでいたのですが、その時に折角だからと漫画日記のような物を描くようになったのが、漫画を描き始めたキッカケです。

最初は4コマ漫画オンリーで仲間内で楽しむために漫画を描いており、次第に不特定多数の人にも見てもらえるようになり、漫画を描く事がどんどん楽しくなったのを覚えています。

高校生になり、好きだったクルマを漫画にしようと思いpixivで連載し始めたのが『なごばし』でした。

当初は自分の画力不足もあり、閲覧数は10とか20とかでしたが、とにかく毎日漫画を描くのが楽しくて仕方なかった記憶があります。初めてのストーリー漫画という事もあり、キャラの成長を描くというのは特に自分が初めて経験する分野だったのでなんでもネタにしました。

ある時期からクルマを描く絵師さんの漫画キャラとのコラボやファンアートを描いてもらう事が増えて、交流を通して作品を作るという事への魅力にもハマっていき、高校を卒業するころには大勢のファンが付いてくれていたことが、ここまで描き続けてこれた一番の要因だったと思います。

描くモチベーションがなくなったのは何故?

僕はここ数カ月、特に6、7月あたりから、更新頻度も落ち、何より描く事へのモチベーションが無くなってしまったように感じています。

免許取得や就職などを経て、正直やりたかったことはやり切ったようにも思えます。主戦場をツイッターに切り替えてからも、最低月に1度の更新をするようにしてきましたが、ココにきて少しモチベーションがダウンしている現状。自分はもう漫画を描かなくなるのかなとも思いつつ、惰性で描くようになってしまったことは否めません。

かつて、コラボしてくれた絵師さんの中には、やはり生活状況や事情によって引退された方も多数いましたが、ついに自分にもその時が来たのかもしれないと、そんな悩みを抱えています。

モチベーションダウンの要因はわかりやすいものです。

「新鮮さが失われてしまったから」

この一つに尽きるでしょう。

今年に入ってから、特に『なごばし』という作品に対して、自分ができることはもう無いのではないかと思い始め、過去に思いついたネタを消化する期間に入っているのは事実で、ほかの絵師さんとの交流や、読者とのコミュニケーションを怠った結果だと受け止めています。

自分の世界じゃなくなった『なごばし』

創作者ならありふれた問題ですが、周りの目を気にしないで作品を作る事が、絵描きの魅力だと思います。しかし、それも名声と共に難しくなっていきます。主戦場をツイッターに移したときに感じたのは

絵を発信する人がつぶやきで人格も発信してしまうということ。

それまではもう一つの自分として存在していた夢見リユという存在が、少しずつ、リアルの自分と同化してきたのがツイッターで起こった自分の変化でした。

ネットの世界は今までの自分の経歴など、すべてフラットな状況で始めることができるのが魅力だったのに、ツイッターなどのSNSが台頭してきてから、ネットとリアルの自分が同一人物であることを自覚して行動する必要が出てきます。

バカッターなどと言われる輩は論外としても、やっぱりリアルで言えない事とかも言えてしまうのがネットの強みでしたが、そこにリアルの自分が紐づいてくると発言には気を付ける必要がありますよね。

そうして「自分」と「夢見リユ」と「なごばし」がすべて紐づくと、『なごばし』という作品の在り方にも影響は出てきます。

ある種、クローズドな環境での作品がグローバルに舞台を移してしまった代償は、自分の好き勝手に発表するリスクではないでしょうか。

また、昨今の情勢を受けて、『なごばし』はセンシティブな内容やコンプライアンスに違反した描写を意図的に避ける方針にしてしまい、それが作品の味というか、面白さを損なう原因になっています。

周りの目を気にして、"受け入れられる物"を"無難に"生み出し続けることは、社会人的な息苦しさであり、ストレスであることに気づけずにいた自分の落ち度でしょう。

RT数やいいねを追い求めただけの作品は次第につまらない、インスタントに笑えるとか共感できる「消費される作品」となっていたのです。

10年目の節目に

『なごばし』という作品10年目。この区切りに僕は、やりたかった事の最終消化フェーズに突入します。

今年の目標は同人誌、つまり紙媒体での『なごばし』の刊行です。これは、ブログで絵を描き始めた時から今まで、ずっと実現せずにいた夢でもあったのですが、このモチベーションが無い状況で、最後の最後に描き続けた自分のために、作品を見てくれた皆さんのためにできることは何だろうかと思い、執筆を始めた『なごばし 同人プロジェクト』を得て、10年目の方向は決まるように思います。

無料でタイムラインに流れて消費される作品ではなく、形に残り、金銭のやり取りの上で誰かの手元に渡る作品が面白くなるか、もう面白い漫画ではないのかで、この作品を続けるかを判断しようと思っています。

プライベートや仕事の関係で今年中の刊行ができるかは不明ですが、今年中、少なくとも年度内で販売にこぎつければいいなと思っています。

そこで最終回となるのかどうか。10年目はある意味、『なごばし』の真価が問われる年となりそうです。

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追伸

前回の記事よりも執筆時間は大幅に減ったように思うが、今回の記事の執筆時間は正直、カウントしないものと思う。

なぜなら、このような感情に任せた乱文は所詮、脊椎反射的に発しただけの言葉で吟味されていないからである。また、職業柄、編集されていない文章に価値は無いというのが自分の持論である。

ただし、一度感情を文章として起こすと、自分の悩みや考え方を整理することができるのは間違いない。読者にとって有意義な読み物となるようには努力するが、これからもこのように感情任せな乱文を書くときは、一晩おいてしっかり再編集、再編成をしたうえで公開するように留意したい。

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