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「俺、心臓病なんだよ」
 私は、ハッとした。
「小さい頃から入退院繰り返してて。いつまで生きられるかわかんねぇんだ」
 私は、かける言葉がなく、黙り込んだ。

「あはは」
 彼は、大声で笑い出した。
「やっぱり、あんた。馬鹿だ」
「馬鹿ってなによ」
「信じただろう?俺のはなし」
「嘘だっていうこと?」
「目に見えるものだけが真実でもねぇし、人が語ること全てが本当のこととは限らない。あんた、もうちょっとズルく生きた方がいいと思うよ」
 そう言って私の頭を2回、ポンポンと叩く。私の方が1つ年上だというのに、彼は、私をいつも子ども扱いする。

ー いい大学に入りなさい。

 親にそう言われた訳ではない。ただ、二人の兄も、両親も、みんな優秀だと言われるような人生を歩んでいる。私は、大学受験に失敗し、今は塾に通う毎日だ。

ー あの子は、誰に似たのかしら。

 直接的な言葉をかけられなくても、私はいつしか後に続くかっこの言葉を想像するようになった。好きでこうなった訳ではない。ただ、毎日が重く、私の未来は鎖で繋がれているような気がしていた。

 彼と出会ったのは、塾をサボってふらふらと街を歩き回っていた時だった。昼間からゲームに夢中になっている彼を見た時、目に入ったのは、紺色のブレザーだった。それは、私が通うはずだった高校の制服だった。私は、高校受験も失敗した。進学校の制服を着る彼と、その場所はとても不似合いに思えた。

「悪いけど、それ、拾ってくれない?」
「え?」
 ゲームから手を離さず、彼は一瞬で合図をした。
「今、いいところなんだ」
 辺りを見渡すと、鞄の中身が散らばっている。椅子から転げ落ちたのだろう。私は、言われるがまま拾い上げた。
「あ、クソ!」
 ゲームに負けた苛立ちを隠せないのか、ゲーム機を叩く音がした。
「助かった、悪いな」
 伸びた前髪からのぞく目は、どこか寂しそうに見え、私と同じような匂いがした。

 悠人、という名前を知ったは、それからしばらくしてからだ。その名前も偽名かもしれない。それでもいい。私は、塾をサボって、ゲームセンターに通うようになった。隣でただ、互いにゲームをする。それだけなのに、私は居心地のよさからか、いつも安心した気持ちになった。

「学校はいいの?」

 一度だけ、そう聞いたことがある。その時、悠人がはじめてゲームの手を止めた。

ー このまま死ぬのかな、俺。

 悠人は、そう言ったあと、冗談だと笑った。
 
 それからしばらくして、悠人がゲームセンターに顔を出さなくなった。不思議に思った私は、思い切って店員に声をかけた。

「知らないのですか。彼、亡くなったんです。お気の毒に。確か今日、あそこの葬儀場で通夜が…」

 私は、駆け出していた。悠人は、あの時、私に本当のことを話したのだ。私は、彼の嘘を見抜けなかった。

「名前は、嘘じゃなかったんだ」 
 遺影の彼は、笑っている。彼があの日、言った言葉に嘘はなかった。
「馬鹿は、そっちだよ」
 悠人は、なぜ私に本当のことを話したのだろうか。

ー 人が語ること全てが真実じゃない。

 分かったフリをして、私は、大人の仲間入りをしたつもりだった。きっと、悠人はそれを見抜いていたのかもしれない。

「ごめんね。ありがとう」

 空を見上げる。ふっと風が吹いた。まるで、悠人が強く生きろと言っているかのようだった。

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