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赤いハイヒールの女

 女はやけに堂々としていた。こういったタイプは、ちと脅した所でビクともしない。楠ケ谷修治は、どうするものかと考え込んでいた。

「もう終わり?」

 女の目はどこか甘えるような瞳の動きを見せた。楠ケ谷の様子をまるで嘲笑うかのようだ。目の前に座る女は、元教師とは思えぬほどの色気を漂わせている。木下洋子、36歳。彼女には殺人の容疑がかかっている。

「楠ケ谷さん」

 部下の龍田亮哉が、楠ケ谷に合図をする。俺に任せて下さい、龍田の表情は、老いぼれた楠ケ谷の顔よりいきいきとしていた。

「被害者の水島冬子とお前が一緒にいるところを見た人間がいるんだぞ」

 龍田の言葉に洋子の眉が一瞬だけ動いたように見えた。目撃者がいる、この情報はまだはっきりとした裏がとれていない。そういった情報をもっている者に、今、他の刑事達が、別の部屋で必死になって尋問している。

「それで?」

 試すかのように、洋子は龍田に顔を近づけた。龍田はゴクリと生唾を飲み込む。

「お前がやったんだろう!」

 龍田の大きな声に、洋子はケラケラと笑った。

「そこの刑事さん、こんな若い人に任せて大丈夫?さっきからこの人、あなたの顔色ばかりうかがっているわよ」

 洋子のいう通りだ。楠ケ谷は、溜息をついた。

「第一、何度も話している通り、私は何もしていないわ。何も」

 洋子は、立ち上がる。制止しようとする龍田の腕を楠ケ谷が掴んだ。

「しかし」

「今日はこれまでだ」

 洋子は、赤いハイヒールの音を鳴らして去っていく。

「くそっ。どう考えてもあいつしかいないのに」

 龍田は苛立ちを隠せないように、足を揺らしていた。 
 取り調べ室を出ると、携帯電話が鳴った。

「何だ」

「取り調べ、なんかしゃべったか」

 声の主は、記者の倉田栄司だ。どこで嗅ぎつけたのか、木下洋子の取り調べをする時間を把握している。俺以外に情報源がいるな、楠ケ谷はそう思っていた。

「あってもお前にはしゃべらねぇぞ」

 倉田は笑っていた。

「いやぁ、被害者の水島冬子、誰に聞いても悪い噂の一つでてこねぇ。こいつは、面白そうだ。顔も美人とくれば、これは売れるぜ」

 下世話な高笑いに、楠ケ谷は返事もせずに電話を切った。

「下品な野郎だ」

 廊下には窓の外から太陽の光が射しこんでいる。ここを女が悠々と歩いたのかと思うと、あのハイヒールの音が、脳を揺さぶるようだった。

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