何味の麻婆豆腐??

 私は駈落ち婚。若かれし頃に"夜逃げ"ならぬ"昼逃げ"をして結婚した。
お金がなくて苦しいながらも二人だけの生活はただただ愛に溢れ、人生の幸せはあの時に使い果たしたと思えるほどだ。あの頃、調理系の学校に通い始めていた私だったが料理が得意だったわけではない。特に進むべき道が見えていない時に、調理系に進んで料理の腕を磨くことが幸せな結婚への近道だとの安易な考えから進路を決めた。
 毎日食事を作るのは特に苦ではなかった。若い体には栄養のバランスや彩など関係なく、お腹が満ちれば全てが許されたものだ。ある日、「麻婆豆腐が食べたい」というリクエストを受けて二つ返事で引き受けた。思い返しても実家で麻婆豆腐を食べた記憶はない。三菜一汁の和食の家で育ったはずなのに、どうしても豆腐を好きになれなかったからだ。皆さんは田舎の豆腐をご存知だろうか? いわゆる木綿豆腐で本当に硬くて型崩れなどしないがなめらかさのかけらもないボソボソ豆腐。お味噌汁に入れても白和にしても好きになれなかった豆腐。その豆腐を主に麻婆豆腐という中華の一品にして提供するなんて考えたこともなかったが、リクエストされてお受けできない返事をするのは悔しい。当時はまだインターネットもなかったけど、麻婆豆腐はテレビCMで見たことがある。永○園さんの基礎調味料の力をお借りしたらきっと最高の麻婆豆腐になるはずだ。近くのスーパーで永○園さんの基礎調味料の箱を手に取る。ふむふむ。豆腐があればすぐできるという記載されているではないか。気乗りはしないものの豆腐コーナーに立ち寄ってあのボソボソ田舎豆腐も2つ購入し、愛の夕食を前に台所に立った。
 いつ見ても好きになれないボソボソ田舎豆腐をさらりと洗ってキッチンペーパーに包みしっかりと水切り。ただでさえボソボソ豆腐なのに水気を取る必要性があるのかどうか考えものだが、ここは習った通りに。永○園さんの指示書には「お好みの形で一口大に」と記載されていたので菱形に切ってみた。山積みになった2丁のボソボソ田舎豆腐があればゴールはもう目の前。底の深いフライパンに永○園の基礎調味料を入れてぐつぐつしたら豆腐を入れ木べらでさっと混ぜるだけ、なんせボソボソ豆腐は超硬めの木綿豆腐なので型崩れなど気にする必要はない。調味料と豆腐が絡んだら、最後にとろみ用調味料を混ぜるだけで出来上がり。超簡単にリクエスト通りの麻婆豆腐が出来上がった。二人分食器が並ぶ食卓の真ん中に、山盛りの麻婆豆腐が陣取る。調味料のいい香りが部屋中に漂い、ほかほかご飯の湯気が食欲を誘う。きっと美味しいに違いない。だって永○園の基礎調味料を使ったし、調理は指示書通りにやった。きっとあの時の私は自信満々で、美味しい笑顔が帰ってくると期待を寄せた顔をしていただろう。しかし・・
「いただきます!!」
勢いよく頬張った一口目には何の反応もない。素というより無の表情のまま。確認の二口目が運ばれてやっと一言返ってきた。
「これ何味だっけ?」
豆腐と基礎調味料を信じ切っていた自信満々の私が返せた言葉はただ一つ
「麻婆豆腐味??」
そう返して慌てて永○園さんの基礎調味料に記載された指示書を確認してみると
『ネギやひき肉、豆板醤、などをプラスするとさらにおいしさが増します』
というような文句が記載されており、後入れの辛味調味料がポロリと姿を現した。ここまできてやっと味見をした私の口の中では薄くスパイスを感じる程度に味のついたボソボソ豆腐が存在を主張していた。
 子供が生まれてから、私は和食にこだわることなく色々な食べ物を子供たちと楽しむことにした。時にはファーストフードやコンビニ食なども食べる。あの日の薄味のボソボソ麻婆豆腐は全く美味しくなかったがあれからなん度も挑戦し、今では永○園さんの力を借りることなく自分でも納得のいく麻婆豆腐を作れるようになった。これまでたくさんの料理を食卓にあげてきたが、あの薄味のボソボソ麻婆豆腐だけは一生忘れられない幸せな失敗の一つだ。


#料理はたのしい

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