『ムービー・オージー』がフィラデルフィアから飛び出したという話 その3はこちら
前々回、前回と「「キャンプ・ムービー・ナイト」こそが『ムービー・オージー』の種となった」とか「このライブパフォーマンスこそが『ムービー・オージー』の始まり」などと書いたが、実は最初の『ムービー・オージー』の日付は記録が残っていない。 『ムービー・オージー』というタイトルが使われた年も1966年なのか67年なのかは不明のままだ。ネットや様々な資料では、一般的に1968年としている記述も多いが、それも不確かなので、ここでは1966年にダンテが『ファントム・クリープス』を上映した夜が『ムービー・オージー』の起源としておきたい。
さて、"映画"になる前の"ライブ版"『ムービー・オージー』は、大袈裟に誇張したり笑える映像を挟み込んだりする見せ方が観客に好評だったし、ダンテたちも気に入っていた。 その成功を受けて、別の作品での上映を計画したが、他に全編揃った連続活劇が入手できなかったため、普通の長編映画を使うことも検討するものの、ほとんどは上映時間が3時間に満たない作品だった。
それまでの約7時間という上映時間に近づけるために、ダンテとデイヴィソンが思いついたのは、複数の長編映画をレンタルし、1台目の映写機で「映画A」を上映し始め、映画が退屈なシーンになると手持ちの"ネタ"フィルムがまとめられた2台目の映写機に切り替えてしばらく上映を続け、その間に1台目の映写機には「映画B」をセットし、切り替えると別のストーリーが始まるというアイディアだった。 初期は8本の長編映画が使われていたため、最初の「映画A」の続きは場合によっては数時間後にしか上映されず、いくつものストーリーが同時進行するということになるわけだ。 主にデイヴィソンが長編映画を、ダンテが"ネタ"フィルムの映写機を担当していたが、"ライブ版"『ムービー・オージー』に比べると、常にフィルムのリールを変え続けなければならない程忙しく、上映にはかなり複雑な作業が必要になった。
『ファントム・クリープス』の合間に"ネタ"フィルムを流した最初の上映、アンディ・ウォーホルの『チェルシー・ガールズ』からの影響を受けて『ファントム・クリープス』の途中に"ネタ"フィルムを割り込ませた上映、そして複数の長編映画と"ネタ"フィルムをその場のノリで混在させていくライブパフォーマンス的な上映へ。徐々にスタイルを変えながら、さらに大掛かりな内容に発展していく。 推測になるが、おそらくこの辺りで『ムービー・オージー』というタイトルがつけられたと思われる。ただしそのタイトルも確定ではなく、『Son of The Movie Orgy』『The Movie Orgy2』『Escape to Movie Orgy』『The Movie Orgy(Part II)』『All Night Once in a Lifetime Atomic Movie Orgy』といったタイトルで開催されることもあった。
それまでも受けた"ネタ"は残し、笑いが取れなかったものは外され、さらに順番を入れ替えたり、新しく入手した映像を加えたりしていたが、毎回の上映は次回のためのプレビューのようなものになっていった。 ダンテはこれを、マルクス兄弟が映画用のストーリーやギャグをブラッシュアップするために行ったライブツアーに例えている。 ダンテとデイヴィソンは、常に新しい、面白い、あるいは奇妙な映像素材を見つけては、いつでも追加できるようにフィルムの束を準備していたし、全てのフィルムリールにどんな"ネタ"が入っているかのリストを作っていた。「そうしておいてシーンの間に流してジョークが作れると思いつけば、すぐ実行できるからね」
ところが、しばらくすると長編映画のレンタル料が高額になってしまったため、ダンテは入場料を取ることにした。 そして6本ほどの長編映画を丸ごと購入し、レンタルの時にはできなかった、フィルムを切り分けて長編映画に直接"ネタ"フィルムを繋ぎ合わせた上映に変更していく。常にフィルムのリールを変え続ける上映スタイルからは確実に手間が減り、質の向上にもつながった。偶然を積極的に利用していたライブパフォーマンス的な時代が終わり、『ムービー・オージー』は、いよいよ"映画"に近づいたと言えるだろう。 上映がはるかに簡単になった改良版『ムービー・オージー』は、ダンテにそれまで以上の編集での遊びの余地を与えることになった。 そして同時に著作権的な意味で「合法的な上映から違法上映へと一線を越えた」 とダンテは語っている。
上映の手間が簡単になったこともあったのか、それまで『ムービー・オージー』はダンテの通うフィラデルフィア・カレッジ・オブ・アートで時折上映されていただけだったが、1969年1月10日、デイヴィソンの通うニューヨーク大学のアイズナー・ルービン講堂で『ムービー・オージー』初の遠征上映が開催された。 1968年12月16日付の「ワシントン・スクエア・ジャーナル」(当時発行されていた学生新聞)には、ダンテとデイヴィソンが書いたプレスリリースを引用して次のように書かれていた。
<ローブ プログラム委員会は、刺激的なエンターテイメントを提供するという伝統に則り、1月10日午後7時から7時間の『ムービー・オージー』を開催すると発表した… プログラム関係者によれば「精神を腐らせるセルロイド・ヒステリーの体験」と表現し、「グレードZ」(全年齢に不適切) に指定されたこの夜には、何千人もの俳優が、無名の役柄で出演する… 入場料は75セント。 ─ポップコーンを持参し、バターを床に落とす場合はさらに料金がかかる>
ニューヨーク大学での上映も好評で、4ヶ月後の5月2日には『ムービー・オージー・ストライクス・バック』という別タイトルで再上映が行われている。
1969年5月2日にニューヨーク大学での開催を知らせるチラシ。 この遠征を皮切りに、ついに『ムービー・オージー』は各地へ広がっていくことになる。
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参考資料 ●編 中子真治.(1984年)『グレムリン100%』学習研究社. ●ÁLVARO PITA.(2021年)『JOE DANTE EN EL LÍMITE DE LA REALIDAD -EDICIÓN REVISADA Y AMPLIADA-』APPLEHEAD TEAM. ●Collin Souter.「Joe Dante on The Movie Orgy」. Movie reviews and ratings by Film Critic Roger Ebert. <https://www.rogerebert.com/interviews/joe-dante-on-the-movie-orgy>(最終閲覧日:2024年8月1日) ●Simon Abrams.「Like Going to Church: Joe Dante on "The Movie Orgy"」. Movie reviews and ratings by Film Critic Roger Ebert. <https://www.rogerebert.com/interviews/like-going-to-church-joe-dante-on-the-movie-orgy>(最終閲覧日:2024年8月1日) ●「Joe Dante」. Filmmuseum. <https://www.filmmuseum.at/en/film_program/scope?schienen_id=1374654433683>(最終閲覧日:2024年8月1日) ●Dennis Cozzalio.「JOE DANTE, YOUR MOVIE ORGY M.C.」SERGIO LEONE AND THE INFIELD FLY RULE. <https://sergioleoneifr.blogspot.com/2008/04/joe-dante-your-movie-orgy-mc.html>(最終閲覧日:2024年8月1日) ●Dennis Cozzalio.「“These things are part of my DNA”: JOE DANTE AND THE RETURN OF DANTE’S INFERNO」SERGIO LEONE AND THE INFIELD FLY RULE. < http://sergioleoneifr.blogspot.com/2009/08/these-things-are-part-of-my-dna-joe.html>(最終閲覧日:2024年8月1日) ●Michael Flintop・Stefan Jung.(2014年)『Joe Dante: Spielplatz der Anarchie』Bertz + Fischer. ●Frank Falisi.「Basic Instinct: Getting Lost in Joe Dante's "The Movie Orgy"」MUBI: Watch and Discover Movies.<https://mubi.com/en/notebook/posts/basic-instinct-getting-lost-in-joe-dante-s-the-movie-orgy>(最終閲覧日:2024年8月2日) ●Howard Prouty.「THE MOVIE ORGY」 Il Cinema Ritrovato.<https://festival.ilcinemaritrovato.it/en/film/the-movie-orgy/>(最終閲覧日:2024年8月2日) ●mrbeaks.「Joe Dante And Mr. Beaks Tumble Down THE HOLE (In 3-D)! Also Discussed: "Dante's Inferno" At The New Beverly!」Ain’t It Cool News: The best in movie, TV, DVD, and comic book news.<http://legacy.aintitcool.com/node/41944>(最終閲覧日:2024年8月2日) ●mrbeaks.「Mr. Beaks And Joe Dante Talk TRAILERS FROM HELL: VOLUME TWO, T.N.T. JACKSON And Much More!」Ain’t It Cool News: The best in movie, TV, DVD, and comic book news.<https://legacy.aintitcool.com/node/50685>(最終閲覧日:2024年8月2日) ●Natalia Keogan.「“Self-Aware Doesn’t Work for Us”: Joe Dante on The Movie Orgy, Matinee at 30 and William Castle’s The Tingler」Filmmaker Magazine.<https://filmmakermagazine.com/120737-interview-joe-dante-the-movie-orgy-matinee-the-tingler-2023/>(最終閲覧日:2024年8月2日) ●David Ruane Neary.(2015年)「‘It’s just one abomination after another’ A Preservation History of Joe Dante’s The Movie Orgy」